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姉弟喧嘩

「ほっほっほう。飛竜を所望するというのか。そなたは飛竜を所有できるのは国王のみという法があるのを知らないのかい?」

 ここはあくまでも無邪気な子どもで押し通そう。

「それは、騎士団に所属する飛竜は国王の所有物だからです。でも、繁殖の飼育は騎士団でおこなわれていないではないですか。飛竜を育てる一族は王家の直接支配下にあるのですか?引退後の飛竜は管理しているのですか?」

 この件の下調べはすんでいる。

 飛竜を育てる一族は王国建国前からの独立自治領として存在しているのだ。

 規模は小さいが辺境伯領と同じくらい歴史が長く、ガンガイル王国に属しているが、法律も独自のものが多く、領内では貴族の身分が通用しない特殊な領なのだ。

 王国の属国なので税として飛竜を王家に献上しているが、飛竜が育つには時間がかかるので、通常は税として麦や金銭を納める普通の領地と変わらないのだ。

 飛竜を育てる一族にはボリスの親族がお嫁に入っているので、飛竜の育成の事情は聞いてあるのだ。

 飛竜騎士団部隊には飛竜が足りない。

 イシマールさんが負傷した戦いで、多くの同僚騎士が死んでしまった。

 契約の切れた飛竜のほとんどが、逃亡したのだ。

 飛竜が王家への信頼を無くし、再契約者を斡旋される前に飛び去ってしまったのだ。

 飛竜を育てる一族には責任はない。

 彼らは人と暮らせる穏やかな飛竜を王家に献上しただけで仕事は終了しているのだ。

 後は手懐けられなかった王家の責任だ。

 イシマールさんの飛竜が逃げなかったのは、王国内にイシマールさんが生きているので、契約を解除しても諦められなかったのだ。

 “……もういちど、会いたかった”

 飛竜はイシマールさんに会いたいがために城にとどまっていただけだったのだ。

「飛竜は育ててはいない。引退後の飛竜は死に場を求めて山に帰る」

 やはり陛下は御存じない。

「飛竜の平均寿命は?山に帰った後の生態は?」

「貴様、無礼な!」

 王太子殿下が立ち上がって一喝した。

「礼儀知らずなのは誰ですか!魔術具の話は叙勲式で持ち出さない約束を反故にして、子どもの横に保護者がいない時にやらかしたのは…」

「やめんか!ああ。予の失態を晒すでない……」

 やっぱり姉弟喧嘩になっているじゃないか。

 辺境伯領主夫人はぼくと陛下の間に割って入ると、人差し指を陛下の鼻先につきつけて言った。

「あなたがたがそろって碌でもないから、飛竜が逃げて帰ってきません。新しい飛竜は育っていないから騎士団の編成にも影響があります。素直にそう言えばいいのにカッコつけているんじゃありませんよ!」

 身も蓋もないことをストレートに言っちゃうんだ。

「たかだか辺境伯領主夫人は黙っていてください」

「「黙っているのはお前の方だ」」

 国王陛下と辺境伯領主夫人の声が被る。

 ハルトおじさんがぼくに座って見物でもしていよう、と言った。

 会場内は防音の魔法陣が敷かれているから気にしなくていいらしい。

「だから、息子の教育はしっかりしなさいと言っていたでしょう。現実が見えていない王太子など、国家の癌ですよ」

「いや、王族教育の課程は終えているから、現実を理解しているはずだ。王太子の地位を返上したいのだろう……」

 陛下は真っすぐ王太子を見た後、王妃を見た。

 王妃は口角をやや上げた穏やかな微笑を浮かべているが、明らかに顔面蒼白だ。

 王太子は余裕の笑みをたたえていたが、旗色が悪いのに気がつき真顔になった。

「姉上、辺境伯領主、ラインハルト殿下、この三人が揃っている事態に何も気がつかないなら、お前には王位継承権を返上してもらわなくてはいけない」

 なんなんだ!

 飛竜を下賜してもらう話が、どうしてこうなるんだ?

 叙勲されたみんなで振り返ると、こうなる可能性があったことを大人は全員気がついていたようで、平然と座っていた。

 騎士団長夫妻だけは表情が固い。

「嫁がれた伯母上は王位継承権を放棄されていないのですね」

「あたりまえだ。姉上が王位継承権を放棄しないことが、予の立太子の条件だったのだ」

 子ども席の真後ろで、従者のように片膝をついたハルトおじさんが説明してくれた。

 これはぼくたちに聞かせるというより、王太子に聞かせるためなのだろう。

 辺境伯領主の初恋は王座をかけた恋と図らずともなってしまったのだ。


 まずは登場人物の紹介。


 *王家

 眉目秀麗な長女、第一子、王女(現辺境伯領主夫人)

 取り立てて可もなく不可もない平凡長男、第二子、王子(現国王)

 可憐にして繊細な気質の次女、第三子、王女(帝国皇帝側室)

 期待されず伸び伸びと育った第四子、王子(ハルトおじさんの父)


 *辺境伯領

 現辺境伯領主

 現辺境伯領主妹(ハルトおじさんの母)


 *帝国

 当時皇太子(病死)

 当時第二皇子(現皇帝)


 あらすじ。

 出来過ぎ長女が、帝国の正妃になり、ガンガイル王国の地位向上を目指していたのに、現辺境伯領主の長女への一目ぼれで王家の筋書きが狂う。

 気弱な次女を帝国に差し出すことにするが、次女は側室にとどまり、帝国での影響力を無くす。

 …気弱なことを心配して王位継承権を返上して嫁いだせいで側室どまりになったことは無視されている。

 生まれ順だけで王太子になりそうなボンクラ長男(現国王)の地位を確立させるため、王位継承権を放棄せず嫁いだ長女、次男、辺境伯領主が補佐を約束して立太子したのだ。

 …本来なら、次女と結婚した辺境伯領主が騎士団長となって現国王を補佐するはずだった。


「王妃の実家に王族教育を邪魔されてだね……」

「私ではありません。側室の陰謀です」

「妻の実家を抑えることもできないのに、側室までもつなんて、お馬鹿さんね」

「派閥のバランスのために父上が勧めたのです」

「派閥は瓦解したのだから、この先は気にしなくていいわ」

 陛下は口論でもあたふたするだけだ。


 なんでこの人を国王にしたのだろう。

「長男だからでしょう」

 ウィルに心の声を読まれた。

「その言い方不敬じゃない?」

 マークが心配そうに小声で言った。

「主語は言っていないからね。うちの兄上を思い出しただけだよ」

 ウィルはいつもの冷笑を浮かべている。


 王族がうだうだ揉めているのに、辺境伯領主は静観している。

「この三人が揃っている意味がまだ妃殿下と王太子殿下は、わかっていらっしゃらないようですわね」

 ハルトおじさんが涼やかに悪そうな笑顔をした。

「王位継承権保持者三名の申請で、王家の威信を取り戻すため、王位継承権の順位変更を検討する特別委員会の設立を求めることが出来るんだよ」

「「!!」」

 王妃と王太子は無言になった。

「近年これを申請された記録はないが、姉上が王位継承権を放棄せずに王位継承権を持つ辺境伯領主に嫁いだ時点で、予は辺境伯領主の傀儡と言ってよい状況なのだ」

「人聞きの悪い言い方をして、責任逃れをしようとするのは子どものころから変わらないのね」

「執務の大半を父上に押し付けておいて、辺境伯領主の傀儡というのでしたら、あまりにうちの父上を馬鹿にしていますね。明日から仕事を放棄しましょうか?」

 もしかして国王の仕事って、笑顔で民衆に手を振って、出来上がった書類に判を押して、たくさん子どもを作るだけなのか!

「今ものすごく不敬なことを考えていただろう?」

 ボリスにも心を読まれた、というか、ぼくが顔に出過ぎなんだろう。

「王位継承権の順位が変わるとハルトおじさんが国王になったりするのかな」

「言い出しっぺの三人の順位は変えられない。誰かを推薦するだけだよ」

 辺境伯領主がぼそっと説明してくれた。

「ああ、そういうことですね。不死鳥の貴公子を国王に持ち上げるために、あんな派手な魔術具で仕掛けをしたのですねぇ!」

 王妃が見当違いなことを金切り声で言った。

 王太子がボンクラなのはこの人のせいか……。

「母上、最新の魔術具の方が規模も大きいので、不死鳥の貴公子に負けない演出ができます」

 魔術具を見せろ、って魔法の絨毯じゃなくて、蝶の魔術具の方か。

 それも結界の補強じゃなくて、不死鳥の演出の方って、この王太子を国王にして大丈夫なのだろうか?

 ……ああ、だからこうなったのか。

「だれも不死鳥の貴公子を擁立しようとしておらん。まだ四才だぞ!キャロラインのほうが優秀なのに二つ名に陽動されて真実がわからないようでは話にならん」

 辺境伯領主はキャロお嬢様推しなのか…。

 じゃなくて、王家は乗っ取らないことの例えだよね。

「いいわ。王太子に課題を三つ出します。成果を出せないようなら特別委員会の設立を要請します。陛下!異議は!!」

「ない。こやつには試練が必要だ」

「王妃には蟄居を求めます」

「わっ…わわ、私は何も致しておりません!」

「「王妃の立場にありながら王太子の教育もろくにしていないからだろう!」でしょう!」

 ハルトおじさんと領主夫人の声が綺麗に重なった。

「ご親族にお腹の調子が良くない人が多数いるのでしょう。貴女がおとなしく蟄居すればよく効く整腸剤を調合できる人物を紹介できますよ」

 ん?……ぼくのことか!

 まあ、整腸剤は謝罪と誓約のセットじゃないとあげないよ。

「貴女は偶々知らなかっただけで、あの腹痛を逃れたに過ぎない。親族が社交に復帰できないまま貴女が蟄居すれば、貴女も悪臭のせいで社交の場に出てこれない、という噂が出るのは避けられないな」

 辺境伯領主の発言だと、王妃には蟄居の選択肢しかない。

「やはり辺境伯領主が諸悪の根源ではないか!」

 王太子にはいまだ現実が見えていないようだ。

「「「ガンガイル家の本家の当主は辺境伯領主です」」」

 国王、ハルトおじさん、領主夫人の声が揃った。

「……何度も言っておるだろう。本家には逆らえない。精霊神のご加護を継承できなくては、この国の結界を維持できない。国王の資格は得られないのだと」

 ああ。

 何でこの人が国王なのかわかった。

 このちょっとぼんやりとした性格を好んでいる精霊が居るのだ。

 精霊に好かれると魔力の使用が楽になる。

 悪い人ではないけど、為政者向きでもない。

 だが、国の結界に魔力を注ぐ能力には秀でていた。

 だから周りが全力でサポートしていたのか。

「陛下に任せておけば、いきなり帝国と開戦することは間違いなくないからな」

 ハルトおじさんがボソッと言った。

 自分で決められない人は必ず相談するからか。


 国王の仕事は国の結界を維持することだけにして、政治は別の人に任せる法律を作るべきだ。


 ぼくたちを称えるはずの叙勲式は王家糾弾の場となってしまったが、最終的にイシマールさんの飛竜は下賜されることになった。

 本当はぼくが王家を口撃するつもりで情報を集めていたのに、大人たちが先回りして議題をすり替えて問題を解決してくれた。


 その後、会場を移して叙勲祝賀会が行なわれたが、王妃は欠席、王太子は終始無言、国王陛下だけが柔和な微笑で会場にいる貴族たちの挨拶を受け入れていた。

 この祝賀会で正式にクラーケン撃退の経緯の報告が発表された。

 緑の一族の族長がクラーケンを南洋に導いたことが公に公表された。

 幻の民族が国家の公式文書に載るのは近年では初のこととなった。


 王城の中庭で、魔法の絨毯や蝶の数を減らした魔術具のデモンストレーションを行って、ぼくが成人後貴族になることも発表された。

 噂の魔法学校の寵児のお披露目だ、と騒がれたが気にしないことにした。

 社交界デビューしなければ関係ない、と父さんが言っていたからだ。

 騎士団長に魔法の絨毯を騎士団で活用できないか、と聞かれたので、防御の魔法陣を使えば飛行時間が短くなるから現実的でない、ときっぱり言った。

 ぼくの気持ちはボリスの父の一言に奪われていたので、ポンコツ騎士団には関心がなかったから素っ気なくなってしまった。


 飛竜の一族に見学を申し入れてもらっていたのが、認められたのだ!

 人数制限はあるけれど、快く滞在を認められたのだ。

 頬が上がりっぱなしになるのを必死に抑えていたら、周囲には貴族になることに興奮している子どもに見えたそうだ。

 親しい人には、ぼくが貴族になることを煩わしく感じていることがバレているので、何に喜んでいるのかと近寄ってきた。

 絶対に他の人に言わないことを約束させて、飛竜の里に見学に行けることを伝えた。

 内緒にした方がしつこく絡んでくるからね。

 マークとビンスとアレックスは受験のため断念した。

 ボリスはもともと参加が決まっている。

 ウィルは絶対ついて来る気でいるけれど、参加者は引率を含めて五人なのだ。

 うかつに一緒に行こうね、とは言えない。

 飛竜のファンは多いのだ。

 じゃんけんで決めるわけにもいかないし……どうしよう。

おまけ ~とある王子の嘆き~

 順風満帆の人生を歩んでいた。

 中堅国の国王の長男として生まれたのに、政略結婚ではなく、見初めた三大公爵家の令嬢と結婚できた。

 なかなか子宝に恵まれず妻には重圧がかかったが、ようやく生まれた第一子が男児で将来も安泰だと考えていた。

 同時期に辺境伯領に誕生した公子が、不死鳥の貴公子と呼ばれたのは王家の慶事に配慮しない、野蛮な領地の嫌がらせだと思った。


 そんな私の人生に不穏な影が差し込んだのは、やはり辺境伯領からだった。

 新しい神の誕生にどこも景気が向上したのだが、辺境伯領から聞こえてくるものは耳を疑うほどの発展ぶりだ。

 『王都より発展している。言葉では伝えられない魔術具が街や地下を走っている』

 王都より発展している辺境とはなんだ!

 それはもはや辺境とは言わないだろう!!


 辺境伯領出身の魔法学校生の活躍が目覚ましい。

 帝国留学に推薦される生徒が急増したのだ。

 我が子の国内での影響力が低くなり、辺境伯領主の言いなりになってしまう。

 我が子にも恋愛結婚をしてほしいのだ。

 辺境伯領主の孫娘なぞという、年増を押し付けられてしまう。


 辺境伯領の影響力を薄めるべく、私は妻の実家の派閥の子どもたちを鍛えることにした。


 結果が出ない。

 辺境伯領は、今年度の初級魔法学校生に化け物を送り込んできた。

 入学ひと月もたたずに、辺境伯寮生たちが、次々と終了課程を終えていくのだ。

 一人二人ではなく、寮生すべてが光と闇の魔法陣の講義以外すべてを終えたのだ。


 誰だって嫉妬に狂うだろう。

 私は何も画策しなかった。

 だから、罹らなかった。

 だが、妻の実家のほとんどが流行り病に罹った。

 そこまで悪意はなかったはずだ、人の不幸をコッソリ楽しむように噂をするのは貴族なら誰しもしている、と妻は言った。

 そうだ。

 城勤めの貴族の三分の二は罹患した。

 罹るほうが悪いわけではない。

 忖度が出来ない追跡魔法を使う方が悪いのだ。


 私は油断しない男だ。

 辺境伯寮の化け物を追跡調査することにした。

 それで妻の機嫌も良くなるだろう。


 クラーケン襲来を港町の領主が奏上してくる前に、帝国から一報が来た。

 海洋の安全を確保せよ、と。

 対応が遅くなったのは流行り病のせいだという言い訳ばかりで解決策は出てこない。

 飛竜騎士師団を派遣したら、一日で解決した。

 やはり王立騎士団は優秀だ。

 

 いや、優秀なのは辺境伯領の化け物どもの方だった。

 派遣した飛竜騎士はまったく役に立たず、化け物の親族がクラーケンを追い払ったのだ。

 ……緑の一族がなんだというのだ。

 ガンガイル王国繁栄は王家の努力の結果であって、移民が来たから豊作になったわけじゃない。

 幻という事は、居ても居なくても変わらないだろう。

 

 だが、一つ良い事を聞いた。

 不死鳥の貴公子は魔術具で演出された、ただの箔付けの出来事だったのだ。

 こざかしい辺境伯め!


 とは言っても、少年たちがクラーケンから港町、しいては王国を守ったのだ。

 叙勲してやるくらいはいいだろう。


 何故だ!

 何故私が糾弾される!


 ………私は現実を知った……。

 このままでは確実に王太子の位を返上しなければいけない……。


 なんとかしなくては。なんとかしなくては。なんとかしなくては……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二重線以下《おまけ》部の誤字報告 ・城勤めの貴族の三分の二はり患した。→城勤めの貴族の三分の二は罹患した。 ・優秀なのは辺境伯領の化け物どもの方だった。→いや優秀なのは辺境伯領の化け物どもの…
[一言] この王太子は精霊に好かれなさそうだから廃嫡にしても問題ないってことなんだね。まぁ、性格に問題のある人には精霊が懐くわけないからある種の見極めになるのかな。
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