叙勲式
魔法の絨毯の速度と消費魔力量を確かめたくなって、飛竜にもう少し速く飛んでいいか聞いてみた。
“……まだいける!”
イシマールさんに、クルック、と一声鳴いて速度を上げることを伝えた。
“……ご主人様。魔力は王都まで余裕で持ちます”
加速時に魔力量が増えるが速度が定まれば魔力の消費量も低速時とあまり変わらない。
速度を上げても風圧がないので、絨毯の真ん中に座っているボリスやアレックスは気がついていない。
マークとビンスは絨毯の端に齧りつくようにへばりついて、下の景色が速く流れていく様子を見て速度を計算している。
ハルトおじさんは愉快そうに、馬車より快適だ、と言っている。
“……ご主人様。先行する馬車に追いつきます”
高度を下げて馬車と並走して御者に止まるように手を振って合図した。
「本当に追いつかれましたね」
御者が汗を拭きながら言った。
どうやら驚かせてしまったようだ。
「ハルトおじさんの護衛が並走しているだけで、外から見たら乗車しているように見えたので、余計なことを聞かれずに町を出ることが出来ました」
「あまり気にしなくていいよ。認識阻害もかけずに派手に遊んできたんだ。王都に着いたら、手当てを増額するよ」
「ありがとうございます!」
ぼくは魔法の絨毯を畳んでドローンを分解して片付けた。
これで検問に引っ掛かることはないだろう。
ぼくたちはまた馬車の中でアレックスの受験対策に付き合いながら、王都の南門を通過した。
冒険者たちも門の前で合流できたから、数日早めに帰宅したように見えるだけだった。
寮に帰ると厨房に大量の魚を持ち込んだ。
漁業ギルドから沢山差し入れをもらったのだ。
魚のさばき方をボリスに教えて、刺身にできそうな切り身を父さん特製の魔術具に放り込む。
釣りの楽しみは魚の始末や料理まで込みでなくては、未来の家族の理解を得られない。
血相を変えた寮長が厨房に乗り込んできた。
「お、おお、おま、おまっ、おま、おま、おま、……」
コップに水を入れて寮長に差し出した。
興奮しすぎだ。
少し落ち着いてから話そう。
寮長は無言でコップを受け取ると、一気に飲み干した。
「お前たちは、いったい、何を、やらかしたんだ!!!!」
「祠巡りをして、結界を強化して、港町に襲来したクラーケンの侵入を阻止しました」
「結界を強化する魔術具を作成して、クラーケンの侵入を阻止しました」
ぼくとボリスが元気よく答えると、厨房に居た全員が、クラーケン!と叫んだ。
「ああぁぁぁぁ!!やっぱりそうなのか……」
寮長は床に両腕をついて項垂れた。
魚をさばくのを料理人に任せて、ぼくたちは談話室に移動した。
寮の郵便室にはひっきりなしに鳩が出入りしている。
父さんには顛末を知らせているから、領のお城の関係各所からの手紙だろう。
寮長には寝耳に水の事態だよね。
緑の一族のことをどのように公式発表するのかわからないので、結界内で起こった出来事だけ寮長に話した。
飛行の魔術具が見たいというので、中庭に用意したら試乗会になりそうだったので、七人一組で五回ずつと人数制限をした。
壮絶なじゃんけん大会を勝ち抜いた三十五名が順番に、みぃちゃんとスライムが操縦する魔法の絨毯に乗って大人の腰くらいの高さまで上昇して中庭を一周した。
寮長はマークとビンスにも事情を聴きながら、今後予想される展開を話してくれた。
飛竜騎士師団を差し置いて解決への糸口を作った功績で、王城へ招待されること。
叙勲されるかもしれないこと。
飛行の魔術具も、結界強化の魔術具も、辺境伯領専属の父さんがかかわっているので、王家は介入できないこと。
謁見は避けられなくても、未成年なので後見人を連れていけること。
後見人は辺境伯領主であること。
寮長は行きたくないこと。
本音も語ってくれた。
胃薬を調合してあげよう。
「「謁見と受験の日にちが重ならないかな」」
「「「「「ないね」」」」」
マークとビンスは、将来は辺境伯領に帰りたいので、王都での功績はいらないと言った。
「叙勲される利点って何だろうね」
「ボリスは飛竜騎士志望だろ。叙勲は入団試験の加点になるよ」
「……そっか、うん。…いや、ちょっと今考えている」
今回の騎士団の行動に思うところのあるボリスは悩んでいるようだ。
「今のぼくたちの年齢で叙勲されても、立派な大人になれるとは限らなくないかい?」
「カイルがそれを言っても説得力がないね」
「面白い魔術具を作り続けるイメージしか沸かない」
魔術具は自分の欲しいものだけ作っていたい。
「ううん。先方が望むような大人という意味だよ」
「「「「「「先方が望むような?」」」」」」
「革新的な魔術具を開発してくれ、と言われても軍事利用されるものは作りたくないよ。大量虐殺なんかに使われたら、ぼくの精神が持たないよ」
魔法の絨毯で、キャッキャ、と遊んでいる女生徒を見てそう言った。
「お金になると言われても、ぼくもそれは無理だな」
ビンスも頷いた。
「国土を守りたい気持ちはあるよ。故郷を不毛の地になんてされたくない。だけど、そもそも人と人が殺しあわない状況に持っていきたいよね」
結界を支える計算ばかりしていたマークも不戦主義か。
「ただ今回の一件で、結界の強化には大勢の人の協力が不可欠だとつくづく思ったよ」
ボリスは住民たちの力を知ったようだ。
それから『ぼくがかんがえるさいきょうのけっかい』の案がいくつか出た。
敵襲に際して襲撃された箇所だけ強化するとか、あえて小さな結界に切り分ける、など、面白そうな意見が支持された。
「そんな流動的な結界ができたら本当にすごいな」
「夢を見るくらいいいじゃないか。せっかく帝国に留学するんだから、何か面白い研究がしたいな」
マークは情報処理系の文官志望かと思っていたけど、魔法陣の研究もしたいのか。
「それで食べていける自信がないから口にできないだけだよ」
「「世界中の人々の役に立つような魔法陣を作ってみたい」」
マークとビンスが声をそろえた。
「そうだね。私も若いころはそう思っていたよ」
寮長がしみじみと言った。
「でも、なかなか実用化できるようなものは出来ないんだよね」
「父さんは実用化が出来ないものでもどんどん描き上げて、何年か寝かせておいたら急に改良案を閃くことがある、と言っていたよ」
「その閃きが来ないんだよ…」
「カイルはどうやって実用化にこぎつけるの?」
美しい魔法陣には法則があるのだけど、父さんの受け売りもあるから黙っておこう。
「父さんに確認してもらっている」
「「「「だよね」」」
「今回も見てもらったの?」
「魔法の絨毯は旅行の前から、父さんと確認の手紙を何度もやり取りしたよ」
実際は帰宅して確認してもらった。
「事前準備が出来ていたのか」
「半日で作ったんじゃなかったんだね」
「あたりまえだよ」
「でも、これだけの功績を出したんだから、君たちは報奨金くらいもらわないといけないよ」
辺境伯領が甘くみられる、と寮長が言った。
「相場っていくらだろう?」
「騎士団の基準で出るのかな」
「ぼくの報酬はもう決めてあります」
ここはお金じゃない要求がしたい。
「「「「「「なんなんだい?」」」」」」
帰途の途中で考えていたことをみんなに相談した。
帰寮の予定ではなかったので、時間に余裕ができたと言って、しばらくジャニス叔母さんの家に滞在することにした。
というのは建前で、実家に帰った。
マナさんはやはりいなかった。
ぼくが海に行く少し前に一族の元に帰ったのだ。
少し寂しいけれど、またすぐ会える気がしてならない。
家族みんなのお土産に渡したみぃちゃんチャームは大好評で、素材の螺鈿も喜ばれた。
三つ子が寝た後にケインも交えてことの顛末を、写真を見せながら説明した。
「飛竜騎士は全く役に立たなかったのか……」
父さんが顎を撫でながら、うーんとうなった。
「今回の功績は緑の一族が王国をすでに去っていたのなら、すべてお前たちのものだ。おそらく港町の領主は引責辞任することになるだろう。息子が王家寄りに工作したようだが、クラーケンの接近を放置していた領主の息子では、今後の帝国との付き合いを考えても無理だな」
「帝国との貿易はそんなに多いんだ」
「ガンガイル王国は自給自足できる国家だが、帝国は戦争地帯の国土が荒れているから、現状南部では食料が足りていない」
南部はやはり酷いことになっているのか。
「帝国って悪い国なの?」
ケインの質問はストレートにいいところをついてくる。
「帝国はかつて覇の国と呼ばれるほどに、領土の拡大を追求した王が居たんだ」
これは馬車の中でアレックスに教えるために、ハルトおじさんが語ってくれたお話と一緒だが、着目点が違うから父さんの語りの方がわかりやすかった。
昔々あるところに小さな自治領の領主に跡取りの赤ちゃんが生まれた。
男児の誕生に誰もが喜んだが、すぐさまもう一人男児が生まれた。
双子の彼らは仲良く育ち、なんでも半分こに分け合って育った。
お互いの欠点を補いあいながら育った二人は、二人で一人なら完璧な男になった。
そんな二人は年頃になった。
問題は、少ない領土を半分こには出来ない。
同じ女に惚れたところで、二人で分かち合うこともできない。
そうして二人は別々の道を歩むことにした。
一人は父を手伝い内政に特化したが、もう一人は勝負運の強さで、領土を拡大した。
常勝というものは時の運ではできない。
彼はスパイ、暗殺、時には自然災害さえも利用した。
この時点で彼は精霊使い、もしくは精霊言語の取得者だったとぼくは思うよ。
実際彼のエピソードには、無双系の無茶苦茶なものが多い。
シロ曰く、こんなことをしたら大地はあっという間に不毛の地となり、その後の統治を平穏に行うことは無理だと、馬車の中でおとなしく舌を出して可愛いふりをしながら言っていた。
そんなこんなで領地に居ない彼より、女は内政を補佐する弟と恋仲になった。
だが、彼女の家族は跡継ぎの覇王との婚姻を望んだ。
それでも彼を選ぶことがどうしてもできなかった女は、満月の晩に湖のほとりで毒を飲んでこと切れた……。
そこに咲いた花が薬効成分あらたかな幻の花、月下草となった。
これは、ハルトおじさんバージョン。
父さんは言葉を濁したが、覇王は女を攫って、ほにゃららしたけれど、もっと美人が現れて、女は歴史の表舞台から消えてしまうのだった。
こわっ!
これが帝国の元となった国なので、皇帝に即位するとどこかと交戦しないと立派な皇帝とみなされない戦争帝国が爆誕したのだ。
周辺国家にとっては迷惑千万な国でしかない。
「戦って強さを誇示しなければいけないのか」
「即位して一戦勝てば、戦争なんてしなくてもいい、という訳にはいかないようだ。時の皇帝次第では死ぬまで戦う人もいた」
「不毛地帯ができるほど、国土が荒れているのに戦争をする意味が分からないよ」
ケイン。
それはみんなが思っていることだよ。
「帝国内の様子は、俺も古い友人を頼ってみよう。お前たちが留学して世界を見てくるのはいいことだ。機会があれば行った方がいい」
「そうなんだ。でもぼくはまず洗礼式が心配だよ」
「ケインなら鐘は鳴らせられるよ」
「魔法学校に進学しても、兄さんみたいな快進撃はできないよ」
「「初級は本当にたいしたことを学習しないよ」」
「兄さんと父さんが破格なんだよね」
ケインは、凡人はつらいよ、なんてブツブツ言っているが、ケインには兄貴がついている。
凡人なはずはない。
実家で三日ほどくつろいで過ごした。
日中は妖精に愛されている三つ子たちやケインと遊び、彼らが学習館に行くと、父さんの工房で研究をし、夜は帰宅した父さんと実験を繰り返した。
ジャニス叔母の家にいるみぃちゃんから、寮に戻るように連絡が来た。
ぼくは兄貴の部屋の思い出箱に、一枚の写真をしまった。
それは港町で結界を強化し終えて、海の神の祠の広場に凱旋した時に、群衆に手を振ってこたえているぼくの左手に兄貴がいる写真だ。
思い出の一枚はウィルがぼくに許可なく撮った一枚だ。
こういう一枚なら記念にいいのだが、なんだか他にもたくさんあるような気がしてならない。
オーレンハイム卿のお婆のフィギュアも、あれ一個のはずがない。
お婆にそのことを告げてから、亜空間を経由してジャニス叔母の家にもどった。
お婆が悲鳴を上げていた気がする。
寮に戻ったら叙勲が決定した知らせが来ていただけだった。
叙勲式では国王陛下が直々に勲章を授与し、ぼくは成人後準男爵の爵位を賜ることが決まったようだ。
寮長がぎゃあぎゃあ慌てているが、当日は制服でキャロお嬢様のじいじと一緒に登城するのだから、考えようによっては気が楽だ。
ぼくが今爵位を賜ることは、帝国に留学後ぼくを帝国に取り込まれないように貴族にしておきたい思惑の結果だから、受け取っておけ、と父さんは言っていた。
辺境伯領をぼくの夢の街にしているのだ。
市民権を手放したくはないから、仕方がない。
魔法の絨毯の方が移動は楽なのだが、お城からお迎えの馬車が来た。
ぼくとボリス、マークとビンスに……辺境伯領主夫婦も乗車している。
「やっと噂のカイル君に会えるので今日を楽しみにしていましたのよ」
キャロお嬢様の面影が少しあるご婦人は国王陛下のお姉様で、叙勲式で王家がどんな無茶ぶりしてもはねのけられる強いお人なのだそうだ。
「まあ、そんな借りてきた猫みたいに畏まらなくていいのですよ。皆さんは未成年ですし、お作法に間違いがあったとしても、まだ初級魔法学校生に過ぎないのですから問題ありません」
王位継承権がある王女様なので、王太子が不甲斐なければ王位継承に口を出せる立場らしい。
「君たちは辺境伯領の誇りだ。堂々としているだけでいい」
なんだろう。
緊張するより、なんだか王家の姉弟喧嘩でも始まるのじゃないかと心配になる。
王城は辺境伯領の城より大きく、高さより横に広かった。
ラウンドール公爵家の馬車が先に着いており、ぼくたちの後ろがアレックスの馬車だった。
王城内は天井が高く、豪華なシャンデリアが輝いていた。
叙勲式の会場には上座にいかにもな王様の椅子が鎮座しており、左右の豪華な椅子が王妃と王太子の席だろう。
ぼくたちは上座に向かい合った小さな子ども用の椅子に案内されておとなしく座った。
後ろの席は辺境伯領主夫妻、ラウンドール公爵夫妻、騎士団長夫妻、ラインハルト殿下夫妻が着席した。
ハルトおじさんは自分の叙勲は辞退して、保護者席に座っている。
国王陛下と妃殿下、王太子殿下が現れて、叙勲式が始まった。
クラーケンの襲来に結界の強化と、住民への魔力奉納を促したことを称えられ、一人ずつ国王陛下から勲章を授与される。
順番は年齢順で同学年は誕生日順になったので、一人目になったマークは震えながら授与されていた。
国王陛下は一人ずつに褒め称える言葉をおっしゃり、ウィルでさえお言葉を賜った後、頬を染めた。
ぼくが最後だった。
国王陛下から賜った勲章を、きれいな女性が制服の胸に取り付けてくれた。
「此度のそなたの活躍にとても感動した。今回使用した魔術具を是非見てみたいものだ」
あれ?
魔術具については辺境伯領主を通さなければならないのに、ぼくが一人になるこのタイミングで切り出すのか!
そちらがそう来るのなら、ぼくは厚かましい子どもになろう。
「陛下。今回の褒賞としてお願いがひとつございます。ぼくの願いが叶うのでしたら、魔術具のお披露目は喜んで致します」
式場に響くように腹から声出して言った。
もちろん声変わり前の可愛らしい高めの声にした。
「此度の功績に褒賞として相応しいものであるなら構わない。言ってごらんなさい」
ほほう。
褒賞として相応しいに決まっている。
「元王立騎士団飛竜騎士師団員イシマールが騎乗していた飛竜を下賜して頂けないでしょうか?」
ぼくは顔を上げてきっぱり言い切った。
自分の席に戻っていた海に行ったメンバー全員が、今回の褒賞に飛竜の下賜を所望することに賛成してくれたのだ。




