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カリスマ

 “……もうひと踏ん張りだ。後片付けがあるぞ。カイル”

 体を使った格闘はなかったが、精神力はかなり使った。

 みぃちゃんとスライムが心配している。

 ぼくの代わりに空飛ぶ絨毯を操縦してくれた二匹はよくやった。

 “……ご主人様。もう少しスマートな解決法もありましたよ”

 うん。

 マナさんが来るなら教えてくれても良かったのに。

 “……ご主人様。あちらはあちらの都合で動きます。クラーケンの始末はあちらの仕事でした。ご主人様が結界を強化するまで手出しをしなかったあちらは外洋の調査のために余力を残しておきたかったのでしょう”

 帝国側の魔力が減少しているのかい?

 “……ご主人様。魔力の質が悪くなっているようですね。魔力を使い過ぎて精霊素が生まれてすぐに消費されることで精霊素が熟成していないのでしょう”

 熟成…?精霊素って美味しくなるのか?

 シロがモフモフから妖精型に変身した。

 上空にいる魔法の絨毯の上では人目につかないからいいけど、シロはロリ顔巨乳の妖精型よりもふもふの方が可愛い。

 “……ご主人様。成熟した精霊素から上位に進化した中級精霊の大きさが私やマナさんの精霊です。三つ子たちの妖精は精霊素時代に熟成はしましたが精霊時代の熟成が足りず、小さな中級精霊として過ごすよりも妖精になることを選びました。魔法陣も詠唱もせずに魔力を本能で行使する魔獣はより良質な精霊素を好みます。帝国ではクラーケンの満足するレベルの精霊素が居なくなったのでしょう”

 成熟って…巨乳の方ではなくて体の大きさに現れるのか。

 マナさんは熟成している精霊素が多い外洋にクラーケンを引率していったのか。

 “……そうです。海底地脈の魔力が豊富な個所が南洋にあります。本来ならクラーケンはそちらに行くはずだったのに、ご主人様が養殖事業を始められたので、精霊たちが面白がって集まって来ています。精霊が多いところには精霊素も寄ってきます”

 あれ?

 ぼくがやらかしたのか?

 “……ご主人様。マナさんの精霊はそう考えたようですね”

 ……仕方がない。

 後片付けをしよう。

 絨毯の上で立ち上がると、みぃちゃんを小さくしてシャツの中に入れた。

 魔法の杖を出すと、兄貴と一緒に町中に散らばっている蝶を回収した。

 蝶は上空まで上がってくると小川のような列をつくり、筒の中に吸い込まれていったので、イシマールさんと飛竜の視界を塞ぐことはなかった。

「終わったんだな!」

 イシマールさんが風魔法を使って声をかけてきた。

 クラーケンの気配が去ったので、魔力の節約をしなくて良くなったことに気がついたようだ。

「マナさんが光の中から現れて、クラーケンを魔力豊富な外洋に導いていきました」

「マナさんが!」

「精霊が関係しているのでしょうね」

「どうやって事の顛末を説明したらいいのやら……」

「ハルトおじさんにだけ本当のことを伝えて、後は七人の飛竜騎士たちに任せてしまいましょう」

 ぼくたちはゆっくり降下しながら、クラーケンに魔力満タンの長槍を投擲しようとした騎士団のやり方を話した。

 どうやってぼくが知ったかについては魔力探査の結果ということにしておいた。


 海の神の祠の広場に降り立つと、大歓声で迎えられた。

 蝶が光った直後に海が穏やかになり、結界が強化されたことがわかったようだ。

 町中のいたるところで、地上や上空で煌めく蝶が幻想的で、人々は呆けるように見とれていた。

 ウィルやボリスとメイ伯母さんが町中を馬で駆け回って、祠に魔力奉納をしなければ、蝶の結界がもたないと触れ回ったこともあり、どこの神の祠にも魔力奉納に訪れる人の列ができたのだ。

 海の巨大魔獣との対決ということもあって、海の神の祠が一番人気でたくさんの人たちが集まっていた。

 ぼくとイシマールさんは大魔術を成功させた英雄のように迎えられたのだ。

 恥ずかしい。

 護衛の冒険者たちが人々を下がらせて着陸のスペースを確保してくれるまで、上空で手を振りながら待機していたのだ。

 ウィルやボリスにメイ伯母さんまで広場に戻って来られるくらい長時間、上空で待機していた。

「「「「「「「カイル。よくやった!」」」」」」」

 仲間たちが一番に駆けつけてこれるように、護衛の冒険者たちが頑張っていた。

 というか、やっと護衛らしい仕事をしている。

「海の魔獣、クラーケンは謎の美しき女性の導きによって外洋へと去っていきました。もう海は安全です。皆さんたちが魔力奉納を必死に続けてくださったおかげで、結界はクラーケンに勝ったのです。ありがとうございました」

 ぼくは風魔法を使って声を拡散させて、集まった人々にお礼を言った。

 イシマールさんは不甲斐ない騎士団に花を持たせてはいけない、と言ってマナさんの存在をぼかして説明することを主張した。

 ぼくもあの作戦を騎士団の成功体験にされてしまったら、国が亡びると思ったので、マナさんを女神のようにして話を持っていくことにしたのだ。

「坊主のお蔭だ!」

 誰かが一声叫ぶと、そうだそうだと群衆が賛同する。

 こんな状況をどう納めればいいのかと、ぼくたちはハルトおじさんを見た。

 王族のカリスマでこの群衆をなんとかしてくれ。

 ぼくは仲間一同に、絨毯に乗るように目で合図した。

 理解した子どもたちはハルトおじさんを真ん中にメイ伯母さんも連れてそろりそろりと絨毯まで移動した。

 みぃちゃんとスライムは魔力にまだ余裕がある。

 ぼくは本日二本目の子ども元気薬を飲み干すと、護衛たちが慌てているのをよそに絨毯を浮かし始めた。

 イシマールさんと飛竜がすかさず飛び立った。

 護衛はイシマールがいたら十分だよ。

 群衆の最後尾まで見える高さまで上昇すると、〆の一言をハルトおじさんに頼んだ。

「私は王弟エドワルドの長子ラインハルト殿下の密命を受けこの地にやって来た『ただのハルトおじさん』だ」

 そんな安易な設定でいいのかと思ったのに、群衆はおおおおおお!と、どよめき、跪こうとする人もいた。

 この設定では私は王族です、と自己紹介しているようなものだよね。

「王都から海へと続く領地の改革を視察するためにこの地へ参ったところ、此度の事態に遭遇した。王宮に騎士の派遣を要請し、早期解決に導く糸口をつくる事にしたのだ」

 ありがたやとか、王家は我らの見方だ、などの声も聞こえてきた。

 プロパガンダとはこうやってやるものなのか。

「このような非常事態においても当領地の領主は慣習を振り切り、領主裁量を活用し、魔法学校生の忠言に真摯に対応し、そなたたちに魔力奉納を促したことで、此度の窮地を打破することができた」

 うおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!

 地響きのような歓声になった。

「此度の詳細については領主から追って発表があるだろう。だが、私はこの目で見たのだ。真の英雄の姿を!」

 おおおおおおお。

 ここにきて倒置法で煽るのか。

「真の英雄とは市井に紛れているものなのだ。此度の事態ではこの町が一瞬で消滅すると言っても過言ではない状況だったのだ。それなのに、この町の人々は魔法学校生の勧告を一笑に付すこともなく、老人や子どもたちを優先的に避難させ、魔力の充実した青年たちが率先して高波の被害が真っ先にやって来る、海岸にある水の神の祠に魔力を奉納していたのだ!」

 本気にしないで避難していなかったのに、みんなが必死に魔力奉納を始めたから仕方なく参加した、と聞こえるぼくは心が汚れているようだ。

「海の神の祠の広場に真っ先に避難してきた老人たちと子どもたちは、何度も、何度も魔力奉納を繰り返したのだ。ああ、何と素晴らしい市民であろう!」

 うお゛おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ‼‼‼‼‼‼

 地響きを超えて地鳴りのような歓声になった。

「諸君たちこそが、この町を救った、真の英雄たちなのだ!これからもクラーケンを跳ね飛ばすよう祠に魔力を注ぎ続けるのだ!!」

 歓声と拍手が鳴りやまない。

 ぼくは真のカリスマ性を見た気がした。

「少年たちと、王家と領主様に拍手を!」

 音頭を取って拍手を扇動する人もいる。

 この順番で叫んだことで、後から不敬罪に問われないことを祈るよ。

「魔力奉納で王国に豊かな未来を齎そう!」

 おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!

 扇動の方向が変わっている気がしないでもないが、これで恙なく帰れるならいいかな。

 ぼくたちは絨毯の高度を上げて、サッサと宿に帰ることにした。

 ガンガイル王国バンザイとか、王立魔法学校バンザイとかやっているけど、解決したのはマナさんなんだよね。


 宿に戻るとハルトおじさんの護衛は戻っていた。

 移動が速い。

 双子なのかな?


 宿が貸し切りでよかったよ。

 外には魔法の絨毯を追いかけて人々が集まって来ているが、宿の従業員や追いついた冒険者たちに追い払われていた。

 宿の食堂で、ぼくたちは自分たちが見た事の顛末についてすり合わせをした。

「あの蝶は町を守る結界を補強するために魔法陣を立体的に展開させたものなので、魔力は町の結界から供給されていたんだ」

 訳も分からずに町の人たちに魔力奉納を促していたウィルがようやく納得した。

「蝶は勝手に飛ぶように設定されていたのに何でカイルは飛んだんだ?」

 アレックスは海の神の祠から飛ばした方が騒ぎにならなかったじゃないか、と納得していない。

「クラーケンを外洋に導く手段がなかったから、持久戦になるのは間違いないかった。だから少しでも魔力を節約する必要があったんだ。飛ぶための魔力はドローンに装填されていたから、ぼくの魔力は蝶を結界として固定させるために使っていたんだ」

「「「「「「「「カイルの魔力で結界を支えていたのか!」」」」」」」」

「だからなるべく節約できるように結界の中心から効率よく制御しないと、長時間持たないだろう」

「無茶をしていたんだな」

 イシマールさんがしみじみと言った。

「結界を制御しているから、クラーケンの魔力を感じることが出来て、魔力を求めて暴れているのがわかったんだ、クラーケンが疲れを見せた時に、飛竜騎士たちがクラーケンに攻撃をしようとしたんだ。クラーケンが死ぬと死霊系魔獣に乗っ取られる可能性があったから、かなり危険な作戦だった。そんな中、親族のお姉さんがやってきて、クラーケンを外洋に導いていったんだ」

 みんな、どこから?どうやって?などの当たり前の疑問を言った。

「ここからが、口外法度の内容になる」

 ハルトおじさんが真面目な顔で言った。

 アレックスは出来損ないのスパイなのに話を聞かせるということは、開示できる情報だけを与えるつもりなのかな?

「カイルやメイさんは緑の一族と呼ばれている特殊な移民の出身なんだ」

 ハルトおじさんはざっくりと、緑の一族が滞在していると国が豊かになり恩恵が多いが、去ってしまった時に、この先乱世になるかもしれない、という憶測が飛び交うことを避けるために滞在していることを公表しないのが国際常識だと説明した。

「カイルもメイさんもこの国の市民権を取得しているので、この先もここで暮らしていくけれど、おそらく緑の一族は移動を始めてしまったのだろう。居たことも、居なくなったことも、決して口外してはいけない」

 そんな不思議な民族だったら奇術だって使えるに違いない、とみんなが思い始めた。

「一族の族長は、精霊の(しもべ)を自称しているので、おそらく精霊魔法でしょう。精霊魔法とは魔法を使役するのが精霊なので、魔法学の原理が全く違うと聞いたことがあります」

 メイ伯母さんが補足した。

「魔法学の原理が違うとは?」

「まず誤解のないように言います。私やカイルは、一般の魔法を使っています。精霊の(しもべ)になるのは族長だけなので、私たちは精霊魔法は全く使えません。通常の魔法は自分の魔力や魔石の魔力を魔法陣に流して魔法を発動させますが、精霊は己の魔力を使わずに、土地の魔力を使います」

「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」

 ぼくも知らなかった。

 “……ご主人様。聞かれなかったので、お知らせしませんでした”

 合点がいった。

 バケツでお米を作った時の急成長の魔法で、ぼくとスライムの魔力も無断で使ったんだ。

 だから、シロは正直に話し辛かったんだ。

「三つの結界を合体させて強化している結界の中で精霊魔法を使うと、潤沢な結界の魔力を使用してしまうので、外からしか干渉ができなかったのです」

 それであんなヒロインみたいな登場になったのか。

「精霊魔法を使える人がいるんだ……」

「精霊魔法は人間では使えません。精霊と対話できる人間が精霊と共に居ることで使用しているように見えるだけです。しかも精霊は人間の都合通りに動いてくれない、というのが族長の見解です」

 そうだね。

 嘘は言っていない。

「じゃあ再び、こうい事態が起こっても緑の一族の族長の力はあてにできないという事か」

 ハルトおじさんが考え込む。

「族長曰く、王都から海に向かって畑の肥料を改良する実験をしたことで、栄養豊富な水が海に流れ込み、豊かな漁場になったこの港が、クラーケンには魅力的に見えた、とのことでした。土地が肥えて、海が豊かになることには全く問題がないのです。周辺の土地が豊かではないことが問題なのです」

「帝国はガンガイル王国ほど魔力が潤沢ではない、ということか」

「そうなります。実際に新しい神の誕生以来、世界中が豊作になったのは、商人の情報網で知っています。それなのに帝国への小麦の輸出量が増えているのです」

「ああ。それはこの旅の道中に確認できた」

 ハルトおじさんは本当に隠密に視察をしていたのか。

 仕事をサボって遊んでいると思っていたよ。

「帝国内に不毛地帯がある可能性があります」

 イシマールさんが、ヒュッと息をのんだ。

「不毛地帯……それは砂漠化が帝国本土に起こっている事ではない、ということか…」

 何かとてつもなく深刻なことなのだろうか?

「砂漠と言っても普通の砂漠は少ないながらも生物が生息しているし、魔獣もいる。だが不毛地帯はなにも生物がいない、魔獣さえいない、本当の死地なのだ」

 ハルトおじさんは淡々と語ったが、生物が何もいない、魔獣さえいないということは……。

 そこには精霊も精霊素もいないのだろう。

おまけ ~とある冒険者の驚愕~

 少年たちを護衛するのが今回の依頼内容だ。

 クラーケンが出現している非常事態に、少年たちは避難所について検討しあうべきなのに、避難というより対策を検討している。

 空飛ぶ魔術具はピクニック用の敷物で四隅の魔術具で浮かせて空を飛ぶのだ。

 俺は丈夫な体を見込まれて、空飛ぶ魔術具の実験に付き合ったことがあったが、羽を背中に背負って飛ぶと、少し浮くだけで自重が胸部に一気にかかり息が出来なくなってしまい、飛ぶどころではなかった。

 これは乗ってしまえば猫でも飛べるんだ。


 ただの猫ではなかった。

 猫とスライムはクラーケンの実体を魔術具で写し取ることに成功していた。

 それだけでも驚愕なのに、この少年たちは倍率がどうしたとか、呟きながらクラーケンの大きさを計算したのだ。


 この広場より大きい魔獣が存在しているなんて信じられない。


 それからの少年たちは護衛のことも気にすることなく公爵令息たちが別行動を始めた。

 殿下の護衛がそっちへ行け、と目力で命令したのでついていくと、結界がもたない可能性があるから高台に避難した方がいいと触れ回っていたのだ。

 そんなに危ないのならお前たちがサッサと避難しろよ!

 大店の奥様が一緒に回って、自分の子どもと従業員は避難させた、と言ったので老人と子どもを避難させるものも出始めた。

 大人は仕事を放り出してまで避難するものはいなかった。


 言う事を聞かないやつらなんか放っておいて避難したらいいのに公爵令息は諦めずに説得を続けた。

 鳩の魔術具が手紙を運んできた。

 七大神の祠やその他の神の祠でも良いから、住民たちに魔力奉納を促して結界を強化するのを手伝わせろ、書かれていた。

 今そこにある危機に鈍感な連中が魔力奉納なんてするわけがない。


 少年たちは諦めていなっかた。

 自ら祠に魔力奉納をしながら、結界強化のために魔力奉納にご協力ください、と魔法で声を拡散させたのだ。

 俺はそんなに気が短い方じゃないと自負していたのだが、ここの住人の鈍感さに苛立っていた。

 「王都から来た魔法学校の少年たちがこの町のために魔量奉納をして魔力を絞り出して結界を強化しているのに、この町の大人たちは何もしないで滅びていくのかよ!」

 気がついたら俺は大声で叫んでいた。

「海の結界は、もう辛うじてクラーケンを押しとどめているだけで、高波は防ぎきれていないんだ。海の結界より小さい港の結界が、本当にクラーケンを防ぎきれると思っているのかよぉ…」

 過去にすべての大型魔獣の侵入を阻止したからといって、どうして今回も大丈夫だと妄信できるのだろう。

 「ぼくたちは魔法学校の生徒です。蝶の魔術具を使って結界を強化します。町を守るのは皆さんが奉納した魔力です」

 「ご協力をお願いします!」

 数人が祠に魔力を奉納すると、青ざめて言った。

 「いつもより、たくさん魔力を取られた…」

 「結界の魔力は足りていない!」

 そこから住民の意識が変わった。

 少年たちに馬を貸すものが現れ、出来るだけたくさんの住民に魔力奉納を促してくれ、と託された。

 小柄な馬とはいえ二人の少年は巧みに乗りこなした。

 大店の奥様がスカートをたくし上げて馬に乗り、魔法で声を拡大させているなんて、普通のご婦人ではない。


 人々が祠に長蛇の列を作るころ、たくさんの蝶が町中に散らばった。

 不規則に散らばった蝶に触れようとすると、パチンと手に痛みが走った。

 「蝶は結界を補助する魔術具です。触らないでください!」

 少年が叫んでいる。

 ああ、そうなの。

 先に言っておいてほしかった。


 地上に近い蝶から光り輝き始めた。

 蝶の光は上空の蝶まで連鎖して輝き、町や港や海まで輝きだした。

 うわわわわぁぁぁぁ……。

 人々に歓声がおこった。

 「この蝶の魔術具で結界を強化しています。クラーケンに負けないように魔力奉納をお願いします」

 少年の声は人々を鼓舞させた。

 この町は俺たちが守る!

 誰からともなくそう言い始めるものが現れた。


 海が凪いだ!

 結界が補強された!

 いい知らせがどんどんと入ってくるのだが、いつまで続くのかわからない。

 人々は街中の祠を巡りながら、皆、海の神の祠を目指し始めた。


 魔力不足に気分の悪くなる人が出ると、薬局の主は無償で回復薬を提供した。

 素材の在庫のあるものは薬局に持ち寄り、知識のある人が集まって回復薬を作り続けた。

 いつ終わるかもわからない戦いに誰も弱音を吐かなかった。

 上空に浮かぶ小さな四角い魔術具を操る少年が、この結界を構築した本人だと聞いているからだ。

 少年たちだけに任せてなるものか!

 そんな言葉をあちこちで聞いた。

 人の考えがこんなにも短期間で変えられるものなのか…。


 その時は唐突にやって来た。

 煌めいていた蝶が上へ舞い上がり、一筋の川の流れのように集まり、上空の少年の魔術具へと吸い込まれていったのだ。

 終わったのか。

 俺はそう思っただけだったが、住民たちは大歓声で狂喜乱舞した。


 海の神の祠の広場に戻るとようやく護衛らしい仕事ができた。

 群衆を払いよけるだけの仕事だ。

 

 ラインハルト殿下がどんなに群衆を扇動したとしても、今日の英雄は黒髪の少年だ。

 住民たちはそれを理解したうえで、領主の立場を慮っている。

 この世界はそんな世界だ。

 生きのこるためには、取り敢えず長いものに巻かれておかなくてはいけないのだ。

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[一言] 二重線以下《おまけ》部の誤字報告 ・「王都から来た魔法学校の少年たちがこの町のために魔量奉納をして魔力を絞り出して結界を強化しているのに、→「王都から来た魔法学校の少年たちがこの町のために魔…
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