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VSクラーケン

 海の神の祠の広場には、半信半疑ながら避難しに来たお年寄りや子どもたちが集まってきた。

 高台にある領主館まで遠く、馬車も手配できないお年寄りが孫を連れて来たようだ。

 従妹は従業員たちと一緒に領主館に避難したらしい。

 高台から見る海は結界を突破される前なのに、大きな白波をたてており、事態を楽観視する人はいなくなった。

 マークとビンスに狼狽える人々を落ち着かせるように、海の神の祠に魔力奉納をするように促してもらった。

 五才以上の子どもには魔力奉納をしないとみぃちゃんやシロを触らせない強硬策に出た。

 ハルトおじさんはひたすら鳩の郵便で手紙を書き続けている。

 ぼくはみんなが奉納する魔力に微細にしたぼくの魔力を乗せて結界の構造を解読した。

 結界を補強してクラーケンの侵入を阻止すべく頭を捻るのだが、海は広くて大きすぎた。

 おおおおぉぉぉ。

 喚声が上がった人々が同じ方向を見ている。

 飛竜騎士たちが偵察に飛び立ったようだ。

「海の主を討伐しては、いけねえだぁ」

 子どもたちは七人の飛竜騎士たちに大喜びしているが、お年寄りたちは動揺している。

「騎士団は無暗に魔獣討伐をしたりしません。おそらく外洋に誘導するはずです」

 イシマールさんが飛竜を従えて説明すると説得力がある。

「ぼくたちにできることは海の神の祠にみんなで魔力を奉納して、少しでも結界を強化することです」

 アレックスが狼狽える老人に、ひとりひとりの力は小さくてもみんなで祈れば大きな力になるはずだ、と励ましている。

 現実にはこれから避難してくる人たちの魔力を集めても、クラーケンには敵わないだろう。

 みんなが奉納した魔力は結界の端まで届いているけれど、クラーケンの攻撃がバリバリと結界の魔力を削いでいくのだ。

 最悪、全員を救助するだけなら、町中の住民を亜空間に放り込めばいい。

 だけどそれでは、高波に町が襲われたら、多くの人々が生活のすべを失ってしまう。

 ぼくが頭を掻きむしっていたら、七羽の鳩の郵便屋さんが筒状の魔術具を運んできた。

 父さんからの差し入れの魔術具だ。

 それは不死鳥の貴公子の誕生の際に使った、たくさんの蝶を飛ばす魔術具だった。

 魔力もパンパンに籠もっていた。

 ぼくは涙があふれてきた。

 蝶の魔術具は不死鳥の貴公子の誕生を祝う時より、はるかにバージョンアップしたものだったのだ。

 ゔぅぅぅぅぅぅ。

 ぼくの口からから嗚咽が漏れた。

 とうさんたち家族全員が寝ないで制作してくれた魔術具だ。

 魔石は家の養蜂場で事切れた蜂たちのもので、ケインやクロイやアオイにアリサたちがスライムのご褒美用に込めていた魔力の気配がある。

 もちろんそれだけでは足りないから、お婆や母さんたちも協力している。

 ……。

 使うべき魔法陣も解読を終えている。

 …だが………ぼくは、血縁者ではない。

 魔力を活用する魔法陣は血縁者じゃないぼくが使うと、かなりのロスが出てしまう。

 ぼくが使うと、せっかく三つ子が頑張ってくれた分の魔力がロスとしてただ消費されてしまうんだ………。

 ………………。

 いや、四の五の言うな。

 やれることを全力でやるだけだ。

 もしもぼくがケインだったならなんて、たら、れば、なんかどうでもいいんだ。

 今できるやれる限りのことを、こなしていくしかないんだ。

 ぼくは両手で涙を拭って立ち上がった。

「ハルトおじさん。町に居るボリスとウィルに、避難を渋る人たちに町中の祠に魔力奉納するよう促すように手紙を書いてください」

「ボリスやウィルを特定させる魔力残留物があるのかい?」

 ボリスのものは思いつかないが、ウィルのものならある。

 不細工なみぃちゃんのチャームを、ぼくの作ったものと交換したのだ。

 ウィルのものは白金、ぼくのものは普通の鉄だからトレードするには躊躇ったが、工芸品としての出来が雲泥の差だったので交換したのだ。

 領主館に避難した従妹たちにも最寄りの祠に魔力奉納をしてもらうように手紙を出した。

 従妹が加工した螺鈿の素材をもらっていたから、鳩は飛び立った。

 マークとビンスに海の結界を円柱型から球体に変更すると、どのぐらい魔力使用量を減らせるか計算してもらった。

 ぼくは町の結界と港の結界と海の結界を雪だるまのようにくっつけて、できるだけ省魔力で頑強な結界に組み替えるべく、精霊言語で千匹を超える蝶の魔術具に魔法陣の一端を刻み込んだ。

「イシマールさん。結界の中心まで飛んでいって、この魔術具を使って結界を補強します。蝶を操作することに全集中力を使いたいので、護衛をよろしくお願いします」

 ハルトおじさんは結界を補強するために魔術具を使用することを領主から許可を取ってくれた。

 蝶を捕まえられたら結界に穴が開いてしまう。

 そこのところの周知徹底のため鳩が飛び交った。

 ドローンに魔力をたっぷり充填して、予備の魔石も用意した。

 結界を強化しても打開策はないから、クラーケンとは根競べになる。

 諦めたらおしまいだ。

 ぼくはぼくがやれることをやれる限りやる。

 ぼくが絨毯に乗るとみぃちゃんとシロも飛び乗った。

「みぃちゃんとシロが乗ると飛行時間が短くなるよ!」

 ビンスが叫んだ。

「みぃちゃんとシロの魔力を借りれるからメリットの方が多いよ」

「落ちたら全員俺が拾ってやるよ!」

 落ちる気はしないがありがたい。

「気をつけて!」

「ああ。頑張るよ!みんなも魔力奉納を頑張って続けてね!!」

 絨毯が浮かび上がるとイシマールさんを乗せた飛竜も飛び立った。

 人々の喚声が上がる。

 飛び立ったのはぼくだけど、町を守る結界に魔力を注ぐのはみんなの役目だ。

 ヒーローはぼくじゃない。

 この町の人全員だ。



 上空での絨毯の上はボール型に結界があるので風を受けることはない。

 三つの結界からできるだけロスなく魔力を得られる位置まで飛行する。

 イシマールさんと飛竜は、ぼくの進行方向の邪魔にならないように少し上を飛んでいる。

 ベストの位置まで来た時に、ぼくが結界の頂点になるから精霊言語で飛竜に少し高度を下げて結界の中に入るように誘導した。

 イシマールさんが何か言っているが、聞こえない。

 通信の魔術具を作っておくべきだった。

 ないものは仕方がない。

 イシマールさんのことはほっておいて、ぼくは筒型の魔術具から蝶を放った。

 視界を塞ぐほどの蝶が筒から溢れ出す。

 みぃちゃんが、はたき落としたくなる本能を抑えるためにぼくのお腹に顔をうずめた。


 蝶は町のあちこちに飛んでいくと所定の位置で止まるので、拡散していくとそれ程大量ではなくなっていく。

 ギリギリだろうとかまわない。

 やるしかない……。

 ぼくが右手に魔法の杖を出そうとしたとき、小指の影に兄貴がいるのに気がついた。

 “……バレた!”

 バレたって、兄貴はいつの間に居たんだ!

 兄貴の気配が、ぼくの体全体に広がった。

 “……大変なことになっているから、こっちに来ちゃった”

 きちゃったって、どうやって?

 “……学校で苛められたら助けてあげようと思って、小指のお守りの指輪に少しだけちぎって潜んでいたんだ”

 一緒に学校生活を送っていたんだ。

 “……意識のほとんどが自宅にいるから、何を勉強しているかはわからなかったよ”

 指輪のお守りは魔力枯渇対策だと思っていたが、困ったら兄貴が出てくる指輪になっていたのか!!

 猪の時は出てこなかったじゃないか!!

 “……あの時は困ったらすぐに何かを作っていたから出番がなかったんだ”

 スライムも似たようなことを言っていた。

 今回は持久戦だから、兄貴が居てくれると心強い。

 “……多分だけどね、出来る気がするんだ。家族の作った魔術具なら、ぼくでも操作できると思うよ。だから、一緒にやろうよ”

 ああ。

 出来るような気がする。

 兄貴が最初に動かしたものは、お婆の作ったチョークだった。

 一緒にやろう!

 兄貴が宿っている手に魔法の杖を出すと、所定の位置に着いた蝶を起動させるために一振りした。

 軽い!

 ほとんど魔力を使わずに、千匹以上の蝶を起動することが出来た。


 地上の結界にたどり着いていた蝶から連動して、上空の蝶へと魔力が流れていく。

 クリスマスツリーのイルミネーションのように下から順に蝶が煌めくのだが、それはぼくが上空から見ているからであって、地上では蝶は拡散しすぎていて一匹ずつは街灯より離れているから、きっとしょぼいかもしれない。

 すべての蝶に結界の魔力がいきわたると、海の結界が受けていた攻撃が蝶の結界を襲った。

 ぼくは結界に集中するために絨毯の操作をみぃちゃんとスライムに任せた。


 巨大イカが足を鞭のようにしならせて結界にぶつけてくる。

 足先を魔力で強化しているらしく、威力がすさまじい。

 海の結界が弱体化した理由がなんとなく理解できたぞ。

 結界に同調しているぼくはその場にいるように情景がわかった。

 クラーケンはむち打ちに疲れると、魔法攻撃を仕掛けてきた。

 海水を竜巻のように持ち上げて、結界にぶつけてくる。

 水魔法と風魔法を呼吸するかのように使いこなしているんだ。

 この衝撃波を防ぎきれずに港が高波だったのだ。

 三つ子のピーナッツのように結界を丸めて強化したので、今は結界の中の高波はおさまている。

 クラーケンは再び足を鞭にして結界を攻撃してくる。

 強化した結界に苛立っているようだ。

 “……イレテクレ……”

 イレテクレ?

 強力な思念はそれしか考えていない。

 入れてくれ?

 結界の中に入れろ、という事か。

 こんな狂暴な大型魔獣は、映画では町を破壊するのが定番なのに入れろ、というのか?

 “お前は暴れすぎている。とてもじゃないが結界の中には入れられない”

 “……イヤダイヤダイヤダイヤダ……”

 クラーケンは二本の足で結界をビシビシ連打した。

 駄々っ子か!

 ぼくは『北風と太陽』の絵本を思い浮かべて、思念の塊としてクラーケンに叩きつけた。

 少しは頭が冷えたかな。

 “お前にはお前の都合があるように、人間だって生活の場を破壊するようなやつを結界の中に入れるわけがないだろう!”

 畳みかけるように思考の塊を弾丸になるようにイメージして打ち込んだ。

 巨大イカが、海に倒れこんで波しぶきが高く上がった。

 やったか?

 “……やってないでしょう”

 まあ物理攻撃ではなく、精神攻撃だけど、一応倒れこんだのだから、このセリフは言ってみたかっただけだ。

 クラーケンを落ち着かせるために、水族館のお魚たちをイメージ映像にしてマシンガンの玉のように連打した。

 ペンギンが魚じゃないのに混ざってしまった。

 巨大イカは攻撃を諦めて結界に張り付いた。

 “……イレテクレヨォ…”

 物悲しさを醸し出すように、弱々しい思念になった。

 哀れさを装っても入れてあげられない。

 “なぜ結界に侵入しようとするのかい?”

 “……オイシイマリョク…ホシイ”

 外洋の魔力が少なくなっているのか!

 “……マリョクマズイ…ココ…オイシイ”

 話し合いは平行線になりそうだ。

 クラーケンがおとなしくなったとしても、ここに居座られるのは迷惑だ。


 膠着状態になった現場に飛竜騎士たちがやって来た。

 騎士団はどうやってクラーケンを外洋に追い出すんだろう?

 ぼくがそのまま静観していると、渡り鳥のようにV字に飛行していた先頭の騎士が魔力をたっぷり充填させた大槍をかまえた。

 それ、絶対やっちゃダメな作戦じゃないか!

 ぼくは槍をかまえた騎士にぜったい外れるイメージを叩きつけようとしたら、海上に強力な光の塊が出現して、騎士たちの目を潰した。

 ぼくはワイドテレビの映像を見ているだけのようなものなので、全く影響がなく光の中から現れたマナさんを見ることが出来た。

 この物語のヒロインはマナさんだったのだ。


 何処かの神様のように後光がさすマナさんは、空を飛んでいる、というか、歩いている。

「海の浄化が出来るほどの魔力は私にはない。だが、お前も、こんな小さな港町には収まりきらない大きさじゃ。外へ導こう。お前が暮らせる大海原を私が案内しよう」

 マナさんは大空を走りながら、言葉だけで巨大イカを結界から引き離すと輝く光にもどって海の彼方へと消えてしまった。

 クラーケンは見失わないように大急ぎで結界を離れると波しぶきをたてながら光が消えた方に泳いで行ってしまった。


 ぼくは疲れ果てて、空飛ぶ絨毯の上に寝っ転がった。

 マナさんカッコいい……。

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[一言] クラーケンはただのグルメだったか
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