ぼくとこの世界のこどもたち
ぼくの日課は決まってきた。
目覚めると子供部屋の隅々を点検する。
ベッドの向かいの壁にある大きな黒板に書いてあるのは昨晩僕とケインが書いたままで変化はない。白い軽石は動かせないようだ。
二段ベッドの下の隙間に置いた一文字ずつ書かれた木札は動いている。
昨晩の質問は『昼間は何処にいる?』だった。
木札の答えは『ケインのそばにいる』になっていた。
ぼくは『どうして?』と並べ替えてから朝の支度をした。
朝食後はジェニエの乾燥済みの薬草を根茎葉と部位や魔力量ごとに仕分ける作業を任せてもらえるようになった。ぼく専用の小さな作業ナイフをもらえたのが嬉しかった。指先を使って乾燥の際できた魔力溜のむらを見つけてナイフで切除し、素材の魔力量を均一にして集めたものをジェニエに確認してもらう。本当は粉末にする作業までやってみたいのだが、まだ見学だけだ。
ケインは近くでジュエルの上司さんに借りた魔獣図鑑で文字の勉強をした気分を満喫している。木札に魔獣の名前をへたくそな字で書き写しているだけなんだけどね。
ジェニエの手伝いはすぐ終わるからその後は離れの遊び部屋に行く。
ジュエルの上司さんがほぼ毎晩やってきては居間のテーブルをよけて床に這いつくばるという奇行を繰り返すので、ジュエルは遊び専用の離れを建ててしまった。
遊び専用の離れというより小さめの体育館のようになっていて、天井も高く鳩の玩具も飛ばせるし、トロッコの線路まで出来上がって、壁際に設置されている舞台に向かって傾斜が造られていて毎日角度が変わっているので飽きずに遊べる仕様なのだ。トロッコの仕様も変化しており、当初の動力は手動で押した力を継続させて進むだけだったのに、今では独楽の時の応用で紐を引っ張ってモーターを回している。
そうなるとジュエルの変態上司以外にも、非番の同僚や騎士団の人たちも子どもを連れて遊びに来るようになり、この遊び部屋にはいつも数人の子どもやその付添人がいることになってしまっている。外のアスレチックはすでに騎士団の練習場のようになっており子どもだけでは遊べない仕様になってしまったので、付添なしの子どもはご遠慮してもらうことになった。
今日は小雨が降っているけど、渡り廊下に屋根をつけてもらったので濡れずに移動できる。離れからはキャッキャッと子どもの声がしているからもう来客がいるようだ。
ジュエルの同僚や騎士団の子どもたちはほとんどもれなくお貴族様だ。遊び部屋では身分の上下はない、という利用規則を作ってもらったから言葉遣い等気を配る必要はないのだが、ときどきこれはやばいのではという子どもが来る。
やっぱりいた。
平民の子が着るような簡素で飾りの少ないドレスなのだが生地に光沢があって高級品だ。おまけに、金髪碧眼の美少女なんて物語のお嬢様そのものだ。付添人が三人もいて全員女性だ。トロッコに乗ってキャッキャと喜んでいる女の子に徒歩で付き添っているその動きには無駄がなくて護衛の騎士のよう。それにこの女の子が来るときに遊びに来ているのは騎士団の子どもらしく付添人の体格がいい。どうやらお嬢様ととりまきのようだ。
ずいぶん偉い人の子供のようだから変態上司の親戚で間違いないだろう。変態上司の子どもたちはみんな大きくなったから遊んでくれないと言っていたから孫かもしれない。
「ケイン、今日はいい子にしてね」
「いつもいい子だもん」
不敬に問われることはないだろうし、ずいぶんと自信ありげではあるけど、心臓に悪い。
取り敢えず絡まれないように兄弟で双六でもしよう。ケインはサイコロの数字も問題ないし、簡易な領地地図に特産品や出没する魔獣を描いてある粗末なものだ。お嬢様には興味がわかないだろう。
二人隅っこで遊んでいたはずなのにケインが魔獣につかまり一回休みになると、やられた演技を豪快にするものだから、結局耳目を集めて子どもたち全員参加になってしまった。
やれ、駒の色が気に入らないだの、絵が汚いだの、運が絡むサイコロでは接待ゲームにならないからすぐふてくされてしまう彼女らに、ケインが当たり前の一言を言ってしまう。
「駄々こねるなら、さんかしないで」
そうだよね。いつも自分が言われていることだもん。我慢できないよね。
「キャロはだだこねてない!」
「6がでるから6マス進めるの。キャロちゃんは2を出したから2マスしか進めないの!!」
勇者だなケイン。付添いの人たちの目が笑っていないぞ。
「キャロは6がいいの」
「サイコロの目もわからないの?いっしょに数えてあげようか?」
あんまり煽るなよケイン。胃が痛い。
「わかるもん。キャロは6がすきなんだもん」
「あとで6出すれんしゅうすればいいよ。今は2だよ」
「わかった。あとでれんしゅうする」
「だから、魔獣におそわれて一回休みね」
「いや!キャロやられないもん!!」
「……じゃあ、魔獣に襲われても休みにならない強い体を後で作ろう」
ケインを見習ってぼくもみんなと一緒に軽く流す技を身に着け始めた。
そんなこんなで遊んでいたら双六が終わってもケインと一緒にお嬢様が遊び始めた。ケインお手製の魔獣カードだから、数が少なく三人いるとりまきたちは参加できない。
「暇でしょ?縄作るの手伝って」
今日は縄跳び用の縄を編むつもりで麦わらを沢山もらっていた。とりまきとその付添いを合わせれば6人分も手がある。大縄跳び用も作ろう。
それぞれの付添人に作業内容を教えたら、ぼくはぼく用のお道具箱を取り出して厩舎の上で飼い始めた山繭蛾の処理済蚕で糸を紡ぐ。
「なんだか私たちのこと、いいようにこき使っていませんか?」
お嬢様の付添人の一人に貴族を顎で使うなと、釘を刺される。
「自分たちで遊ぶものは自分たちで作ればいいでしょ」
「遊び道具なんですか?あの縄が?」
「出来たらわかりますよ」
「自分たちで遊び道具を作っていいなら、あの双六に絵を描いても宜しいでしょうか?」
「いいですよ。絵具と筆はあっちの道具箱にあります。使ってください」
「麦わらなら兎も角、絵具は高価なものですし、子どもの判断で使用するのはどうかと」
「ハルトおじさんがなんでも使っていいよっておいてってくれたの」
魔獣カードに飽きたのかケインとお嬢様がやってきた。
ケイン、ハルトおじさんは確かにそう呼べって言ってたけれど、名前を呼ぶことさえ烏滸がましい上級貴族の父親の変態上司を人前でそう気安く呼んではいけないよ。
「こっちにも、まじゅうのえをかいて!」
「魔獣はお手本がなければ描けませんよ、お嬢様」
「そろそろ縄が出来上がりそうだから、縄跳び遊びをしませんか?」
ぼくは話題をそらす方向で癇癪を未然に防ぐことにする。
「片付けをしてから、縄づくりの方に行きましょう」
ケインとお嬢様が片付けをしている間にぼくの糸紡ぎも大きめの箱にそのまま入れて隠してしまう。ぼくの魔力を纏った糸を紡いでいるのに触られてしまったら台無しだ。
出来上がった縄はしなりが足りなかったけど、何とか様になっていた。
初めての子どもたちに大縄跳びは難しいだろうから付添の人たちに回転させずにブラブラしてもらって足に当たらないようにすることから練習することにした。
お嬢様もとりまきたちも楽々跳べる高さに調節できる付添人の忖度スキルが凄い。
こんな接待遊びをしていたら自制心は育ちにくいだろうに。
ぼくは一人跳び用の縄跳びを蛇の様にくねらせて、ケインに跳んでもらう。
「これができたら、次はゆらゆらだよ」
今度は自分で一人跳び縄跳びを波のように揺らして跳んで見せる。
「ゆらゆらができたら、回して跳ぼうね」
ぴょんぴょん回して実演して見せると、大縄跳びを止めてみんな一人用縄跳びの練習を始めた。
「最終的には大縄跳びをみんなで跳ぶんですか?」
騎士っぽい付添人が聞いてきたので、他の付添人に大縄を回してもらって飛び込んで跳んで大縄から出るところまで実演した。みんな練習の手を止めて拍手してくれた。
凄いことしたみたいな尊敬の眼差しが恥ずかしい。
「これは騎士団の練習に取り入れたいですね」
そんな大げさなものじゃないよ。
気恥ずかしいのをごまかすように一人黙々と二重跳びの練習をする。気持ちに体がついていかず、縄を素早く回せない。
「さっきはきちんと跳べていたのになんでうまくいかないの?」
とりまきの中でもやや大きめの男の子が話しかけてきた。
「違う跳び方の練習だよ」
「おれは普通に跳ぶのもできないけど、なんでだろう?」
「ちょっと跳んでみて」
縄をまわす跳ぶ縄を引いて回す、そのタイミングが全くできていない。
「手拍子に合わせてジャンプだけしてみて………そういい感じ。そのまま続けて」
ぼくは男の子の目の前に立つと同じタイミングでジャンプしながら縄を回した。
三回跳べたのはよかったが、お互いが近づきすぎてぶつかった。進行方向を同じにすべきだった。
「やったあ、跳べた…!」
「縄が見えるように僕の前に立って」
跳ぶ向きをそろえると難なく連続して跳ぶことができた。
「後は跳んでる時に縄を引き抜いて回す動作ができたら大丈夫だよ。ゆっくりやってみよう」
男の子は回す跳ぶ引くと、ぶつぶつ呟きながらゆっくり試していると数回練習しただけで連続した動作ができるようになった。
「ひとりで跳べたよ。ありがとう。おれのことボリスって呼んでいいぞ、とくべつだ!」
すごく上から目線で言うのはこの子の親も偉い人なんだろう。
「ぼくはカイル。あっちが弟のケイン」
「知ってる。初めて来た日に聞いた。ここんちの子だから覚えたけど、他はキャロお嬢様しかはっきりしない。間違えたらたいへんだろ?なかなか話しかけにくいんだ」
「ここにくる子には名札でもつけてもらうようにしようか?文字を覚える練習になるし」
「…お前頭いいんだな!おれもまだスラスラは読めないから兄貴たちに馬鹿にされるんだ」
「お勉強の道具も頼もうか?」
ボリスは首をブンブン横に振って「いらない」と言った。




