この先生きのこるには
初投稿です。
注意:やや残酷な描写があります。
あと三十分くらい寝れていたら多少は違った結末があったんじゃないか、と今になって思う。
会社のICT化が進み支社の閉鎖が増え、気が付けば週3で長距離運転を強いられている。出張宿泊費をケチっているのかスケジュール的に無理だからなのか、ほぼ日の出とともに出発している。山肌に朝日が差し込む時間帯は疲れが飛ぶほど美しい。…なんて言っていられない峠のカーブを曲がるたびに眩しくてたまらない。遠心力だな、なんて体を傾けながらカーブを抜けてすぐのところで、シカの群れが道を横断していた。
これダメなやつ。最低限の選択肢しか頭には浮かばない、パニックだ。
ブレーキを踏むとシカがフロントに乗り上げて、運転席の俺は潰されてもれなく死ぬ。怖くてもアクセル踏んでシカを撥ねとばせば車は廃車でも俺はワンチャン助かる。
もちろん踏むのはアクセル。
物凄い衝撃とともにエアバックが開く。ガツンともう一度大きな衝撃がきて車体がグルグル回りながら落下していく。
崖から落ちたか?わからない。
どっちの選択でも死ぬやつだったじゃん。
………。………暗い。
狭い、息苦しい、血生臭い。
俺はまだ生きているのか?あの状況で?
俺はうつぶせで頭を抱えた状態で誰かが上からの覆いかぶさっているのに気付いた。俺182㎝あるのにすっぽり覆いかぶさるってどんだけ大きいやつなんだ。てか車内に閉じ込められてるんじゃないのか?木製の床をどしどし大人数で歩き回る音がする。一体どういう状況なんだ。
その時激しい頭痛とともに走馬灯のように知らない誰かの思い出が頭の中を駆け巡る。
中世ヨーロッパの農民みたいな服装の両親。間違いなく外国人なのに、父さん母さんといった思慕が湧き出てくる。山奥の工事現場の宿舎の管理人に夫婦で決まって喜んでいたこと。ぼくも一緒に行けるって聞いて嬉しかったこと。作業員の人に小さな木馬を作ってもらったこと。…………。楽しかったり嬉しかったりしたことばかりだ。
そうか。この子は幸せだったんだ。良かったね。
………いや、そうじゃない。
ぼくはカイルだ。たぶん生まれ変わった。どうやら3才にして人生最大の危機に瀕して、前世を思い出したようだ。山奥の現場宿舎に盗賊が襲ってきた。いまぼくに覆いかぶさっているのは母さんだ。音から推測するに切られてから刺された。見ていない。どうしてって、母さんのスカートの中に隠れたから。母さんは倒れるときにおなかの方にぼくを隠すように覆いかぶさった。ぼくが潰れないように気をつけて。
人生最大の危機に今さら前世を思い出したところでどうしようもない。助かる知恵なんて考えつくわけもないし、泣き声も殺して、このままじっとしていること以外なんにもできない。
しょうがないよ、ごめんね、カイル。
泣くなよカイル。仕方ないよ。
現実なんて見なくていいんだ。楽しかったことを考えよう。
今まで食べた中で一番美味しかったものは?
とりにくのはいったスープ
ああ肉はいいよな
かあさんのわらったかおがすき
ああ、美人だな
………
ぼくはなるべくこわいことをかんがえないようにあしおとがさるのをまった。
どのぐらいじかんがすぎたのだろう。
ぼくはいつのまにか眠っていた。
いきぐるしいけど呼吸はできる。
ひざを曲げていたから、ほんの少しすきまがあるけど、寝返りできないから体が痛い。
血流が少しでも良くなるように、動ける範囲で手足をバタバタさせると2~3㎝位動かすことができた。だけど、冷たく、硬くなっていく母さんの体はしっかりとまだぼくを護っているようでまともに動けるほどのスペースはなかった。そして不意に首筋にドロッとした液体が伝った。
かあさんはきられた………
母さんは美人。
かあさんはさされた………
母さんは優しい。
…かあ…さ……
何度も眠った。何度目覚めたかももう覚えていないほどに。
そもそも3才児なんかそんなに体力も気力もない。ましてやこの状況でこんなに消耗しているんだから。
嫌なことを考えそうになるたびに頭の中で母さんの子守唄を何度も繰り返し歌ってごまかして、疲れて眠るだけだ。
大丈夫、助けは必ず来る。
なるべく体力を温存して一分でも、一秒でも生存時間を伸ばそう。
ぼくは生きのこる。ぜったいに。