ヴァンパイア(ゾンビかもしれない)を退治する方法
いきなりだけど、これは夢の中の話だ。何故僕がそれを知っているのかと言うと、目の前にいる鈴谷さんからそう言われたからだった。僕は鈴谷さんに惚れている。更に言うととても信頼している。だから彼女の言う事なら大体信じるのだ。
もっとも、夢の中の鈴谷さんだから、正確に言えば彼女自身ではないのだけれど、仮に彼女の言う事が間違っているのだとすれば、ここは現実世界という事になり、ならば本物の彼女なのだから、やはり信頼できるという事になる…… なんだか“解なし命題”みたいになってややこしくなってしまったけれど、とにかく、僕は彼女の「ここは夢の中よ、佐野君」という言葉を信じたのだ。
彼女の言葉を信じた根拠は他にもある。ここは何処かの廃屋の二階で、しかも廃屋の周りをゾンビに囲まれていたのだ。しかもそこにまで至った経緯がまるで記憶にない。こんなシチュエーションが現実であるとは考えられない。それに鈴谷さんから夢だと言われて思い出したのだけど、僕は珍しくゾンビ映画を借りて夜中に見たはずだった。そのまま寝たような気がするから、きっとその所為でゾンビが出て来る悪夢を見ているに違いない。
まー、廃屋には鈴谷さんと二人きりだから、悪夢ではないのかもしれないのだけれど。
とにかく、このままではゾンビに襲われて食われてしまう。夢とはいえ、そんなのはごめん被る。なんとかゾンビどもをやっつけて脱出がしたい。考えると僕は言った。
「夢ってことはさ、僕がイメージすればその通りになるのじゃない?」
鈴谷さんはそれを聞くと軽く頷いた。
「それはきっとそうだと思うわ」
「なら、ゾンビを退治する方法も簡単だよ」
僕は銃をイメージして手を空中に翳した。するとその通りに銃が生成される。もちろん、その銃でゾンビを倒すつもりでいたのだ。ところが、いくら銃で撃ってもゾンビは動きを止めないのだった。
「なんで?」と僕は首を傾げる。軽くため息を漏らすと鈴谷さんは言った。
「それは簡単よ。佐野君の中で、ゾンビは銃で殺せるような怪物じゃないのだと思うわ」
「銃で殺せない? なら、どうして僕は銃をイメージしたの?」
「それは分からないけど…… とにかく、銃では殺せていないのだから、何か別の方法を考える必要があるわ」
「別の方法と言われても…… 」
あと僕に思い付くのは火炎放射器で焼き殺すくらいだったけど、それだと燃えたゾンビの所為でこの廃屋も燃えて二人とも焼け死んでしまうような気がした。そんなリスクは冒せない。
僕が悩んでいると、鈴谷さんが助言をしてくれた。
「ゾンビで何か連想できる事はない? あなたの中のゾンビのイメージは、何かの影響を受けて生成されているはず。そこにヒントがあるはずよ」
「ゾンビで連想できること?」
そう言われて僕は、ちょっと前にした鈴谷さんとの会話を思い出していた。
「ゾンビって比較的近年に創作された怪物よね? これにはブードゥー教の影響が強くあるとされているけど、実はその性質も姿もブードゥー教のゾンビとは似ていない」
何の切っ掛けでそんな話になったのかはよく覚えていない。とにかく、ある日僕らはゾンビについて話をしていた。説明し忘れていたけど、鈴谷さんは民俗文化研究会に所属していて、この手の知識に詳しいのだ。
「へー、そうなんだ。じゃ、ゾンビは何に似ているの?」
僕が尋ねると、彼女は「ヴァンパイアよ」と答えた。
「ヴァンパイア?」と僕は驚く。死者のモンスターで、“感染する”という点以外はあまりヴァンパイアに似ていないと思ったからだ。
「ヴァンパイアもイメージと合っていない気がするけどな。ヴァンパイアって青白くて謎めいていて知的で気品がある感じじゃない? 貴族だったり」
ゾンビと聞いて僕が思い浮かべるのは、知能を全く持たないか非常に低く、姿形は腐っていたりして非常に醜い、集団で本能的に人間を襲って仲間を増やしていくような姿だった。ヴァンパイアとはかなり違う。
「佐野君の言うヴァンパイアは、小説で脚色されたものね。ヨーロッパの民間伝承で伝わるヴァンパイアは、農夫だったりする事が多く、姿も醜い。色々なバリエーションがあるみたいだけど、知能はあまり高くないと考えて良いと思う。因みに、血を吸わないケースも多い」
「血を吸わないの? ヴァンパイアなのに? 吸血鬼でしょ?」
「うん。だから、吸血鬼と言うよりは、“肉体を持った死者の一種”と考えた方が良いのよ。前も同じ説明しなかったっけ?
とにかく、ゾンビはその民間伝承の中のヴァンパイアのイメージに近い。きっと、ブードゥー教のゾンビに、民間伝承のヴァンパイアに近い性質を与えて誕生したのが死者の怪物、ゾンビなのよ」
「ふーん」とそれに僕。
こういう話もそれなりに面白い。
「分かったよ、鈴谷さん。僕はゾンビにヴァンパイアのイメージを重ねているんだ」
ガッツポーズを取ると、僕は鈴谷さんにそう言った。
「だから、きっとヴァンパイアと同じ方法で退治できるはずだよ」
ところがそれを聞くと、彼女は首を傾げるのだった。
「ヴァンパイアと同じ方法?」
その意味を僕は瞬時に理解する。まだ時刻は昼間なのだ。僕の夢の中のゾンビ達は太陽の下を元気に彷徨っている。ヴァンパイアは、普通、陽の光で死ぬはずだ。つまり、ヴァンパイアと同じ方法では殺せないという事だ。
「ごめん。違うみたい。考え直すよ」
そう言った僕に鈴谷さんは言う。
「いいえ、もしかしたら考える方向性は正しいのかもしれない。よく思い出してみて。佐野君はヴァンパイアについても何か一般とは違うイメージを持っているのじゃない?」
そう言われて、僕はまた鈴谷さんとの会話を思い出したのだった。
「鳥葬って不思議だよね。なんで、鳥に死体を食わせるなんて風習が生まれたのだろう?」
その僕の口調には、やや侮蔑の色が込められてあった。だって、野蛮な風習に思えたから。すると、それを敏感に感じ取ったのだろう。鈴谷さんは叱るような口調でこう言った。
「ええ。本当に不思議ね。どこからそんな素晴らしい知恵を考え出したのかしら?」
「知恵?」とそれに僕。
「死体を鳥に食わせるのが知恵なの?」
とてもじゃないが、そうは思えなかった。ところがそれに彼女は「知恵よ」と断言する。
「鳥葬で人の死体を食べるのは、自然界で死体を食べる役割を担う鳥達なの。そして、そういった鳥達は消化器官などに強い殺菌能力を持っている。だから、死体を鳥達に食べさせれば感染症の予防ができるのよ」
「つまり、鳥葬は感染予防の為の知恵だって言うの?」
「少なくとも、その効果はあるわ。鳥葬を行っている人達にその自覚があるかどうかは分からないけどね」
「へー」とそれに僕は感心する。それから彼女はこう続けた。
「もし鳥葬ができていたら、ヨーロッパにヴァンパイアは生まれなかったかもしれないわね」
僕はそれに首を傾げた。
「なんで?」
「ヴァンパイアってね、感染症とも強い関わりがあるのよ。ヴァンパイアの一種の名前が病を意味していたりね。だから感染症が効果的に予防できていたら、ヴァンパイアは生まれなかったのかもしれないのよ」
それを聞いて、僕は再び「へー」と言った。彼女と話していると色々な知識を得られて面白い。
「今度こそ分かったよ、鈴谷さん! あのゾンビを倒すのには鳥を作り出せば良いんだ!」
そう言うと僕は空に夥しい数のカラスをイメージした。そして、こう叫んだ。
「さあ! カラスたち! ゾンビどもを食いまくってくれ!」
それを合図にカラスがゾンビの群れに襲いかかる。ゾンビの群れは逃げ惑っていたが、なすすべもなく食われ、瞬く間に骨になってしまった。
「やったよ、鈴谷さん! 君のお陰で助かった!」
喜ぶ僕に鈴谷さんは笑顔を向けてくれた。
「いいえ、あなたが私の言葉を信じて覚えてくれていたお陰よ。私を信頼してくれていて嬉しいわ」
その笑顔は当に天使だった。
光が差し込み、黄金色に輝いている。ああ! 生きていて良かった!
「間違っているわよ」
ゴチンッと頭を小突かれた。鈴谷さんだ。
「痛っ 何をするの?」
「勝手に変な夢を見ないでよ。まったく、何の話かと思ったら」
僕は鈴谷さんのいる民俗文化研究会を訪ね、昨晩の夢の話をしていたのだ。
「でも、僕は君のしてくれた話をこんなにも覚えていたんだよ? 少しは喜んでくれたって良いじゃない」
と、抗議をする。すると、彼女は「だから、間違っているのよ」とそう返す。
「間違っているって何が?」
「鳥の種類」
「鳥の種類?」
「そう。鳥葬で遺体を食べる鳥はカラスじゃないわ。ヒメコンドルだとかの、ハゲワシの類よ。私もそこまで詳しくは知らないけど、恐らくカラスにはそれほどの殺菌能力はないと思う」
「えっと…… つまり?」
「つまり、もし仮に佐野君の見た夢の中のゾンビが何らかの感染症に侵されているのだとしたら、カラスはそれに感染している可能性が高いわ。もし、夢に続きがあったとしたら、ゾンビ化したカラス達に私達は襲われていたでしょうね」
それを聞いて僕は頭を少し掻いた。そして、「それは大変だ! 早く二人で逃げないと!」と言って誤魔化した。
「だから、それは夢の話でしょう?」
そう彼女は怒っていたが、それでも少しだけ嬉しそうにしているように見えた。