新たなる旅立ち
レオンは自身の独断と逃避を謝罪した。皆は彼を受け入れ、大樹の元で新しい神話の時代が始まった。
一方、大樹を後にする者達もいた。
大樹の幹が海に接する波打ち際。太く張り出した根が、今では桟橋の様に使われている。
「…本当に、行くのか」
レオンは義理の兄に問うた。
「そりゃまあなー。ここでじっと魔法の研究なんか、もうやる気にもならないし。それよりは万が一、億が一に賭けるのが男ってもんだぞ」
シオンは折れた大樹の枝を使って作られた大型の移民船に乗り込もうとしていた。
大樹の幹は生き残った短命種達全員を養うには狭く、また、たまたま上京していただけの大樹を故郷としない属世界の住民にとっては居心地が悪過ぎた。
そこで彼等が目を付けたのが、かつて夜の神が捨ててきたという旧世界だ。
もしかするとそこには彼等にとっての新天地があるかもしれないし、水によって埋まらなかった異世界への扉がまだ残っているかもしれなかった。
シオンには、何としても辿り着きたい場所がある。
レオンはそれを重々承知していたので、彼を引き留める言葉を一つも持ち合わせていなかった。
「あ、そうだ。アレが…ほら、旅に出るならお役立ちアイテムが欲しいだろ、回復薬とか」
「お前、まさか…」
「はいこれ、お前がくれた軟膏薬だ。ちょーっと海水で使い物にならなくなってるかもしれないけど…」
「要・ら・ね〜!!」
シオンは大爆笑し、要らんと言いながら外箱のボロボロになったそれをひょいと受け取った。それから、弟の顔をじっと見つめた。
「な、何だよ…」
「…いや、何となく今度こそ長い別れになりそうだから、大事に育てた弟から涙のひとつでも出ないかと思って」
「そんな女々しい事はしねーよ」
お互い頑張ろうな、とレオンは笑顔で言った。
彼の兄は興醒めした様にレオンに背を向けて呟いた。
「相変わらずつまらん奴。…またな」
そして、若き魔導師は船に乗り込んだ。
船は只管西を目指す。
シオンはデッキに立ち、どこからともなく白い花を次々に取り出しては、海に投げ入れていた。
懸命に日々を生きていたのに、押し流されてしまった命達。
逢いたい人のことを想いながら、孤独に沈んでいった命達。
地に産まれる前に、水中に引きずり込まれてしまった命達に、花を捧げる。
義弟が引き起こしたのだと本人に告白された、大災害。シオンも、誰もかもが被害者だった。謝罪など、彼の心には無意味だった。
「……浪の下にも都の候ぞ、ってか」
彼は自嘲気味に、そっと独りごちる。
もしかしたら、この旅路の先で、自分はその道を選ぶかもしれない。
だが、まずは可能性を信じてみよう。
自分は短命種だとはいえ、それでもたっぷりと時間はあるのだから。