狐色のかみ
主神はアザレイに自身の検を渡し、それを使って首を落とす様に命じた。処刑台に立つ。そこには、いてほしくない彼の大切な人の笑顔があった。処刑が執行され、彼の首が落とされる──
黄泉への道すがら、魂の記憶が呼び覚まされていく。
俺が人に裏切られたのは、これが初めてではなかった。
俺はいつも自分で貧乏くじを引いていた。
転生する前も、俺は生まれた時には短命種だった。仲間達と共に戦い、自分達の家族を守る。それだけのために、俺は精霊と契約した。
そして、仲間達と共に、当時の管理者を斃した。そう、奇しくも全く同じ道を歩んでいたのだ。
仲間達は俺の記憶を失ったが、俺は仲間達を失いたくなくて、無理矢理に自分と同じ長命種に変えた。しかし絆の欠けたままの仲間達は、俺のことをただの同郷としてしか見ず、一人だけが強い力を持つ構造を嫌った。
精霊と契約できる者が自分の他に現れた時は、長年の孤独が漸く癒やされた気がした。彼、ラインハルトを架け橋として、少しだけ仲間達との距離が近くなったと思えた。
しかし、かつての仲間達は、やがて俺より強い聖獣を手にすると、俺を裏切った。
そこで、転生前の俺の糸が切れた。
何の為に自分が存在しているのか分からなくなり、ただ徒に年月を重ねていくだけの命となった。もう何かを為そうとか誰かの期待に応えようなどとは思えなくなっていた。
そして漸く、その苦痛から、ラインハルトの手で解放された、のに。
再び、仲間達は俺を忘れて。
再び、俺は絶望している。
何が今度こそ、だ。
ラインハルトもウェルも分かっちゃいない。
俺はいつだって忘れられるのが嫌だった。
忘れて欲しいなんて、ただの逃避だ。
今はこんなにも、俺のことを、皆に思い出して欲しい。
このまま、死にたくない。
主のその思いに応えて、ラストリゾートが輝く。
黒い靄が晴れて、白い刀身が現れる。
アザレイはレオンの名前を聞き何かに引っ掛かっていた様だった。
何か、記憶の片隅に、残っているものがあるんじゃないだろうか。
もう一度話し合いたい。
このまま、死にたくない。
「何故…首を落としたのに、何故死なない…」
夕刻。処刑場から群衆はとっくに満足して去り、剣の仲間達だけがレオンの体の朽ちるのを待っていた。
「…まるで俺達みたいに、医療モジュールか何かの権能が踏ん張ってるみたいだな」
「ここまで長時間離されて維持できるものなのか…?」
アザレイは少し気味悪そうにクリスを見た。クリスは頷く。
「神様だしな。あり得なくはない。雷様、コトノ主様、シノ。こいつらは死の概念を付与してやらない限り不死身なんだよなー。ラインハルトがやったみたいに、死の概念を付与するのは管理者には容易いことみたいだけど、俺等じゃ出来ないし」
「だが…この剣は、六神剣に秘された一。七神剣、終の剣ラストリゾートだと、こいつは言っていた。そして、俺達の剣の権能を吸っていると。ディスティニーの主が俺である以上、死の概念は付与出来ている筈…」
「それはディスティニーの話だろ。この剣の主はアズにゃんじゃない。試しに一度、首をくっつけてみろ。どうせこのままじゃ埒が明かんだろ」
インカーがしびれを切らした様に言う。
「…分かった。幸い、こいつは穏健派の様だった。代替わりにも賛同してくれている。一応逃走の警戒はするが、問題は無いだろう」
アザレイはそう言って、レオンの胴に頭を戻した。
ラストリゾートがまた、強く白く輝く。
レオンの傷が癒えていく。
「……ァ…ァ…あー。よし、声出たな。」
レオンはよっこらせと起き上がり、その場に胡座をかく。
「悪ィ、死ぬのに失敗した。お前らのために、ちゃんと死にたいって思わないと、医療モジュールが蘇生しちまうんだったよな、クリス」
「お、おう…お前は…?」
「でもやっぱ、辛かったんだ。お前らに忘れられたままなの、嫌だった。死ぬ前にちゃんと話したい、それまでは死にたくないって思っちゃってさ…。」
神はポリポリと頭を掻いた。それから、ああ!と声を上げた。
「そういや髪の色変えてたんだった。もしかしたらこれで分かるか?」
神の黒かったボサボサ頭が、狐色になっていく。それは、アザレイにはとても見慣れた色で。
「……あ……貴方、レオン……!?」
サンリアにとっては、夢が現実になった瞬間だった。