処刑台
剣の仲間達が再びラインハルトを斃さんと大樹を登って来る。主神には戦う意思は無く、代替わりが済んだことを伝えて穏便に帰らせようとするが、アザレイはそれを許さなかった。主神を殺して短命種の自分が神になると言われ、主神はならば一度死んでやろうと、彼と共に処刑台に向かった。
アザレイはイグラスに凱旋した。勿論、彼が行おうとしている神殺しはイグラスにおいて禁忌中の禁忌だ。だから、レオンを「神殺しをして世界を海に沈めた大罪人」として処刑することにした。何も間違っていないので、レオンは思わず笑ってしまった。
死の想起とは違う、本物の死が、すぐそこまで近付いてきていた。
怖くないなんて全く嘘だ。死の想起を食らった時は、それより優先すべきこと…サンリアを助けるという目的があったから、自分に嘘をつけた。しかし今度は何も、目的がない。ただアザレイ達短命種を満足させるためだけに、自分は死ぬ。管理者として世界に蘇生されると分かっていても、それは怖かった。
弱くなったとは思わない。自分は元々弱い人間なのだ。もう、かつての仲間達のことを考えたくないと思うくらいには。
「ところで、お前は斬首すれば死ぬのか?」
アザレイが冷たい目でレオンに問う。彼としては、確実に殺さなければ代替わりが行われず、そのまま管理者に逃げられてしまう可能性がある。絶対に失敗出来ないのだ。
「お前のそのなまくらじゃ死なねーよ。俺の剣を使え」
「お前の…?その剣は何か、特別なのか」
アザレイがレオンの背負う剣を見遣る。
もうそれすらも、忘れたのか。レオンには笑う元気も残っていなかった。
「…お前の剣の権能を吸っている。他の七神剣の権能もだ。
これは終の剣、ラストリゾート。七神剣の最後の一振りだ」
「七神剣…だと……。七本目が存在していたのか……」
アザレイが目を見開く。レオンは泣きそうな顔をして彼を嘲笑う。
「何言ってんだよ。七人だったじゃないか、俺等、剣の仲間はよ…」
「お前が……仲間………?」
アザレイは暫く記憶を精査している様だったが、やがてゆっくりと首を振った。
「…やはり、長命種とは相容れない。今の俺には、お前が俺に嘘をついているとしか思えない。さっさと管理者を譲れ」
「分かってるよ。さっさと始めろ」
レオンはもうこれ以上落胆することもない。何も期待しない。
この斬首が終わったら、俺はこいつらへの未練を断ち切れる。
そんな予感がした。
処刑台の上に上がる。想像していたより遥かに小さい少年の登場に、場がざわつく。レオンは思ったより大勢短命種が生き残っていることを意外に思い、しかしそれを喜ぶことは出来なかった。顔は俯いたまま、自分の足を見続ける。群衆と目を合わせたくなかった。
「この者、我等が夜の神を弑逆し、果て無き夢を終わらせた者。究極の闇、永劫の悪。生き続け、死に続ける者。世界を奪い、殺し、貶めた者」
アザレイが罪状を読み上げる。〈終の葬送剣〉の詠唱から引用したのか、センスあるな、とレオンは現実逃避していた。
人々のざわめきは、段々と批難に変わっていく。最低だ、あいつのせいで、大量虐殺者だ、神殺し、家族を、故郷を、神を返せ、殺せ、引きずり降ろせ。
俺のことを何も知らない癖に、文句ばっか言いやがって。レオンはムカついてきた。ただ人の悪意に慣れていない彼は、面を上げることが出来なかった。
「…おい、跪け。その台に首を載せろ。…もっと前だ、顎をつくな」
アザレイがレオンに指図する。その手には漆黒の剣、ラストリゾートが握られていた。
レオンはついに、前を向いて顔を見せる形になった。
そして彼は、俄かには信じがたいものを見た。
目の前の群衆、その中に大切な人の笑顔があったのだ。
その笑顔は、彼に向けられた送別ではなく。
彼に振り下ろされる漆黒の剣に向けられたものだった。
(どうして、)
お前が中にいるのか。
(どうして、)
俺が分からないのか。
(どうして、)
人が死ぬという時に、それを喜べるのか──
こんな事が、あって良い筈がない。
彼の思考が停止した瞬間、裁きが下った。
おかしなもので、胴から離れた事により、彼の頭はかえって冷静になった。
真実を見付けるために、過去を振り返ってゆく。
(そうか…。)
全ては、遠い昔から始まったのだ……。