仲間との対峙
剣の仲間達はアザレイの再起を図って一時撤退した。サンリアは想い人を夢に見て涙する。一方ラインハルトと主神は大樹の梢にて、再び手を取り合うのだった。
レオンは、自身の定位置を大樹の梢から、ラインハルトの建てた白い洋館に移した。彼が独りで居たい時に、ラインハルトは決して邪魔をしなかったし、彼が発作を起こした時には、必ずラインハルトが側にいてくれた。その代わり、ラインハルトからは強烈にレオンを求める思いが伝わって来るのだが、発作が起きる時は彼自身も独りでは辛い時なので、割り切って受け入れることができた。
髪を黒く染めた。ラインハルトが希望したからだ。やはり貴方にはそちらの方が似合う、と彼は大いに喜んだ。レオンとしては自分の髪色など意識したことがなかったので問題は無かった。
様々な昔話を聞いた。転生前の自身のことも聞いた。実感は相変わらず湧かなかったが、ラインハルトが楽しそうなので、まあ良いかと思った。
「なあ、俺は前、何ていう名前だったんだ?」
「…存じ上げません。主神様は主神様、でした。」
「そっか。じゃあ、俺のことはレオンで良いよ。主神様なんて柄じゃないし、俺だけ呼び捨てなのも何となく居心地悪いし」
「……レオン、と。お呼び捨てして、良いのですか」
「うん?俺今そう言ったよな?」
「はい…ええ、はい!レオン…!光栄です、レオン、レオン…」
「うーん…だって俺とお前しかいないし、さ。…聞いてるか?そんなに嬉しいものか…?」
ラインハルトがレオンの手を取りその甲に口付けをしたので、レオンはギョッとした。
「初めて貴方と対等になれた。レオン。私は漸く貴方の隣に立てる。私より強く、正しい方」
「……。」
なるほど、この盲目の愛をずっと受け続けたら、今度の自分だって壊れてしまうかもな、とレオンは直感した。
大樹を、かつての仲間達が登ってくる。レオンはオルファリコンの力で会話を聞いた。
「ラインハルトは、まだ海を見てるのかしら」
「彼奴の意識が生き残りに向いたら、その瞬間を捉えない限り全滅しますからね。今の内に斃してしまうのが一番良いかと」
「リベンジ、だな。でも、戦場にまで付いていくのはナシだぞー。俺等今六神剣持ってないんだからなー」
「はい、私とアザレイさん、サレイさんだけが前に出ます。私も獣を操るために視界が欲しいだけなので、前に出過ぎたりはしません」
「……母上も、また盾にされない程度には離れていてくれよ」
「分かってるわ。援護が届くギリギリを飛んでおくわね」
「ああ。代替わりするのは…俺だ」
レオンは、頬が引き攣るのを抑えることが出来なかった。
六神剣?リベンジ?アザレイが、ラインハルトを斃して、代替わり?
レオンに関する記憶を完全に忘れると、代替わりが完了したことすら忘れるのか。しかし代替わりを目指して挑戦したことだけは覚えているから、彼等の中ではラインハルトに敗北したことになるのか。
いけない。今のラインハルトは、管理者ではない。殺されれば死ぬ。二度と蘇らない。プラズマイドの力をレオンは持っているが、ラインハルトに医療モジュールは入っていない。彼の回復力に限界があることは、自分が斃したから一番良く知っている。
少し変わった奴だが、今となっては唯一の同胞だ。二度と見捨てないでと頼まれた。それに、かつての仲間達はもうレオンを覚えていないとはいえ、傷付いたり死んだりするのはやはり偲びない。代替わりが完了していることだけを伝えて、穏便に帰ってもらおう。
「ラインハルト。あいつらが来た。代替わりが終わってるのが分からないらしい。俺が行ってくる、お前は狙われてるから絶対に出てくるなよ」
「レオン…。嫌です。私も共に行きます。貴方が万一斃されるようなことがあったら…私は今度こそ耐えられない…」
ラインハルトが美しい顔を苦痛に歪める。レオンは彼の気持ちも分かるが故に、
「……そうか。」
とだけ答え、好きにさせた。
レオンとラインハルトは、世界が海になるのを見届けた枝の上で、再びアザレイと向き合った。レオンはラストリゾートを背負ったまま、抜いていない。一方、アザレイが今構えているのは、なんの力も持たないつまらない大剣だ。
「……誰だ、お前は」
アザレイが低い声でレオンに問い掛ける。
「俺は、…主神。今の管理者だ。ラインハルトはもう神様じゃない。俺が代替わりした」
「戯れ言を……ラインハルトに操られているのか?」
「主神様を愚弄するのか、お前は。武神の頃はそれなりに頭のキレる男だと思っていたが。所詮は短命種だな」
「無駄に刺激すんな、ラインハルト。
…アザレイ、お前は忘れたんだろうが、俺はお前を知ってる。もう俺達にこの世界を動かす意思は無いし、人を害するつもりもない。お前とも戦いたくない。この大樹の上でお前やサンリア…皆の邪魔にならない様に住むだけだ。分かったら帰ってくれ」
「…そんな都合の良い話があるか…!」
アザレイが静かに怒りを放出する。そこに、金色のサレイがふらりと前に出て跪いた。
「主神様。お懐かしゅうございます。この姿ではお分かりにならないかもしれませんが、ウェルです。貴方の精霊だったモノです」
「サレ……ウェル。お前は俺を覚えてるのか」
「今の貴方ではなく、かつての貴方を。ですが、ええ、そのお顔、その御髪、そのお声。片時も忘れたことはございません。」
髪は染めたんだけどな、とレオンは思ったが、特に何も言わなかった。
「ラインハルト様。主神様が戻られたのですね。次こそはもう大丈夫だと、そう誓えますか?」
「無論。私の命に替えてもお守りする。」
「そういうのこそ、ホント止めてほしいんだけどな。言っても分かんなさそーだけどさ…」
レオンは小さな溜息をついた。
「…母上。貴女もあの者が管理者になったと、そう思われる?」
「ええ。主神様がお戻りになった以上、ラインハルト様が世界を手放さない訳がないわ。」
「……で、あれば。私は主神とやらを斃せば良いのだな」
ラインハルトからアザレイに向けて即死魔法が飛ぶ。レオンはあぶねっ!と間一髪でその魔法を殺した。
「アザレイ。お前、なんでそんなに代替わりに拘るんだ。」
「長命種は信用出来ない。虐げられた弱者である短命種の誰かが、代替わりを行うべきだ。誰かがやらないといけない仕事なら、俺がやる」
アザレイらしい言葉だ。レオンがもっと早くに挫折していたら、きっと同じことを言っただろう。レオンは少し微笑んだ。
「……そうか。なら、代替わりしても良い」
「レオン!?」
ラインハルトが叫ぶ。
「……レオン?」
アザレイがぴくりと片眉を動かす。思い出せないが、その名前には何故か聞き覚えがある気がした。
「代替わりするには、俺を殺すことだ。けど、管理者はまだお前に移っていないから、俺は死んでも復活する。その後管理者をお前に譲って、俺を生かしておいてくれればそれでいい。お前も俺達の仲間になるだけだ」
「……何を企んでいる」
「何も企んでなんかいねーよ!ホントお前はいつもさぁ…、いや、何でもない。さあ、殺すと良い」
何故この神はこんなに気安く自分に絡んでくるのだろう。アザレイは疑問だったが、恐らく前世の頃と混同されているのだろうと思い直した。
「…駄目だ。ここではラインハルトが危険過ぎる。そいつを下がらせろ。
レオンとやら。お前だけを連れて大樹を降りる。王宮跡に処刑場を作らせて、そこでお前の首を落とす。いいな?」
「…ああ。分かったよ」
「レオン…本当に貴方は…」
「大丈夫だ、ラインハルト。すぐに戻るさ。だから今度こそ絶対に、付いてくるなよ。俺を信じろ」
「……はい……」
ラインハルトは唇を噛み、拳を堅く握り締めてレオンの期待に応えた。