神との戦い
英と長が夜の神の棲む大樹の上に集う。旧世界の精霊によって、神産みの儀式が執り行われる。レオンが持つグラードシャインは、全ての七神剣の力を取り込み、終の剣ラストリゾートへと変化した。
「おお、凄いなぁ。ちゃんとバラけずに纏まったじゃないか」
パチパチ、と乾いた拍手が聞こえ、皆は頭上を仰ぎ見た。
美しい夜の化身が、そこに居た。
「初めまして、私はラインハルト。君がサレイの見出した後継者候補だね?」
「そうだ、俺はレオン。お前を止めるためにここまで来た」
「クッ…ク、ハハハハハ!!短命種如きが!私を斃せると!精霊どもの口車に載せられて!のこのこ此処までやってきた訳だ!!!……嗚呼…思い上がりも甚だしい……。後継者など、最早この世界の何処にも存在しない。長命種の最後の生き残りが私なのだ。他は、全て私がこの手で殺した。同じ黒髪黒目なだけで私と対等だと思い上がった連中を…、そう、後ろの彼奴の様な、ん…?お前…似ているな、あの男に…」
ラインハルトはレオンから視線をアザレイに移した。
「彼奴の名は何と言ったか…武神…、…まあ、いい。お前は死んでおけ」
ラインハルトがアザレイを指差すと、パン と音がしてアザレイの腹が爆発した。
「アザレイ!?」
サンリアが悲鳴をあげる。息子を殺された筈のサレイは眉ひとつ動かさない。
「てめぇ…!」
レオンが激昂し、ラストリゾートを構える。
「ああ、すまないね、あんまりあの顔が不愉快だったから無礼な殺し方をしてしまったよ。確か短命種は自身の尊厳を死ぬ間際まで求める厄介な生き物だったよね。最近関わっていないから忘れてしまっていた」
『挑発に乗るな、レオン。まだ私達の権能をお前に与えられていない』
フチーから念話が届く。
「…クリス!アザレイ何とかなるか!?」
プラズマイドはもう無いが、ラストリゾートが近くにあり、ナノマシンがまだ活動している。医療モジュールが治療不可能と判定しない。それは、アザレイが生きたいと願っているからだ。
「ぐ…っ、諦めてねぇぞ!俺もコイツもだ!」
レオンはその強がりを聞くと頷き、再びラインハルトを睨んだ。
「シノ!雷様!コトノ主!俺に力をくれ!」
『呼応せり』
精霊契約としては甚だ略式ではあったが力を持つ者のその言葉に、三神は呼応して権能を移した。視界が激しく揺らめく。
今彼に視えているのは魔力を視る者の視野。大樹から立ち上る銀色の膨大な魔力。それに匹敵する程の量の深淵をその身に宿す、夜の神にして美の神、或いは死の神ラインハルトの姿。
さっきアザレイがやられたのは何かの魔法によるものだろう。この視界ならば、発動する前にラストリゾートできっと断ち切れる筈だ。
「〈卵〉達の魂を食らって無事とはね…。なるほど、サレイが君ならばと思うのも頷ける。」
ラインハルトが愉しそうに笑顔を見せる。夜空に輝く月の様な、冷たく美しい笑顔だ。
「さて、揃ったパーツで何処まで私と渡り合えるかな?短命種の少年よ」
レオンがラストリゾートを構えると、夜の神は自身の魔力で編んだ飾り気のない銀色の長剣を手に取った。神の筋肉がキチチと軋む。オルファリコンを取り込んだラストリゾートが、レオンの耳にはっきりとそれを伝えた。呼吸音もする。呼吸をするということは、窒息もするということだ。神は、長命種は、所詮人だ。同じ人として、それを思い知らせてやる。
クリスはまだ生命活動を停止していない肉片を集め、アザレイの上半身と下半身を繋ぎ合わせた。急がないと、どんどん細胞死してしまうのだ。彼は恐怖などと最早甘えたことを言っていられない極限状態だった。フィーネも駆け寄り、アクアレイム無しの自分の魔力でアザレイの血液を操作する。血液が循環する管を上下繋いで二つ作ってしまえばこちらのものだ。どんなに不格好でも、まずは構造の元となるものを復元しなければ、本来の形には戻れない。
インカーがアザレイの脚にザザの衣を掛けてやる。それは高い樹上にあって体温を維持するのに最適だった。
「…不思議だ。全く痛くない」
アザレイが呟く。少し残った胸筋で呼吸が出来る。
「そりゃ、神経ブロックしてるからだよ。痛みなんか感じさせたらショック死しかねんからな」
クリスが尚も肉片を捏ねながら返事した。粘土細工でもやらされている様だと彼は眉を顰める。しかし、臓器や骨などは後から幹細胞を使って作り直さないと、今すぐ正常な形にするのは無理だ。
「俺の体が分からない。もう、繋がったのか」
「ああ、繋がりはした。血管も出来た」
「なら…上々だ。離れてくれ。今一度あの獣を喚べる」
「…!!死んじまうぞ!?」
アザレイは応えず、体を黒い模様が覆う。クリス達は慌てて飛び退いた。
「やはり短命種は欠陥品だな。致命的に経験が不足してしまう。高々百年で手にできるものなど一握りでしかないのに、その一握りで満足し、しかもそのまま死んでしまって結局何も残らない」
ラインハルトは右手に持った片手剣でレオンと切り結びながら左手で魔法を繰り出す。レオンは視線で魔法を殺すが、どうしてもその一瞬は相手の剣から目を離さざるを得ない。音で聞いてなんとか防いではいるものの攻め込めていない状況だ。
「〈閉じよ〉。君の負けだ」
ラインハルトがそう宣言すると、レオンの足が大樹に縛り付けられた様に動かなくなった。
「……!」
レオンが焦る。ラインハルトが剣を振りかぶった。
突然背後から大きな紫の犀が現れてレオンを拾い上げる。ダークラーだ!
「アザレイ!?お前動いて大丈夫なのか!!?」
『五月蝿い、今は戦いに集中しろ。足運びで陣を描かれていた。足を縛られたのはそのせいだ。自分に放出される魔力ばかり見ていないで体のどこに魔力が流されているかを見ろ』
「その獣…やはり武神の転生か!」
ラインハルトの目に瞋りが宿る。襲い掛かる剣をダークラーの爪が弾く。
『無駄だ、貴様はかつてより更に強くなった。私の力は強き者に対しては無敵』
「無論、覚えているとも!リン!」
ラインハルトが左手の魔力を横に放出すると、黒髪のサレイが手繰り寄せられた。レオンの魔法殺しは自身に向いた魔力でなかったため出遅れた。
「サレイ母さん!」
『母上!』
サレイを盾にされ、レオンとアザレイは固まってしまう。サレイは無表情だ。精霊に意識の主導権を奪われているのだろうか。
「リンは元々私の精霊だ。この女ごと利用するさ」
「はん、何が美の神だ、卑怯者!」
レオンは挑発しながら、玉犬達をラインハルトの周囲に誘導させる。切り込むとラインハルトは迷わずサレイを前に押し出した。その瞬間、ラインハルトは炎に包まれた。玉犬達がラインハルトの背後や側面から炎を繰り出したのだ。
「ふっ、こんな炎など〈うつくしくない〉!」
ラインハルトの言霊により、炎が一瞬にしてかき消される。多少の傷は作った様だったが、それも見る間に修復されていった。
「マジかよ…!」
「本物の神を見くびらないで貰おう」
『だが無傷じゃない、手を緩めるな!畳み掛けろ!』
アザレイが発破をかける。思い付く事全てやれ、と。
レオンはラインハルトに斬りかかりながらレーザーを撃つ。
同時にコトノ主の力で水を呼び、大蛇を五匹作る。
ラインハルトは暗闇病の霧を使ってレーザーを散らす。
大蛇達がラインハルトとサレイに飛びかかり、サレイをラインハルトから引き剥がそうとする。
ラインハルトがサレイに延ばした手にレーザーが直撃する。
暗闇病の霧は玉犬達が炎で祓い、その炎の中を紫電が駆け抜け巡る。
ラインハルトの言霊を使わせまいと声を奪う。
ラインハルトは炎の中で感電し動けず、じりじりと焼かれていく。
アザレイがそこに巨大な拳を捩じ込む。
『おのれ短命種共!』
声を奪われたラインハルトの念話が二人に叩きつけられる。
『ラッシュだ、レオン!』
「おう!〈上昇気竜〉!!」
炎と雷に包まれたラインハルトが、大樹から舞い上げられる。
アザレイが飛翔して追いすがり、尚も拳と鉤爪を入れ続ける。
『リン、援護しろ、おい…!』
『そういうの、貴方の言葉でいうと、うつくしくないわよ。』
『……!!!』
ラインハルトが上昇から緩やかに下降に転じる。
「死の権能、命を奪う、闇の執行人。黄泉路を示せ、〈第一の葬送剣/クロウヴァ〉」
黒い奔流がラインハルトを追い抜いたアザレイに転送され、ラインハルトを地に叩きつけんと迸る。
「其は美しき黒薔薇の。業受けて咲く徒花の。記憶を辿れ、〈第二の葬送剣/ニーシリィ〉」
第二の奔流が転送される。
「果て無き夢、遂に終わらん。其は究極の闇、永劫の揺籃。生き続けるは死に続ける。奪え、殺せ、貶めよ。〈終の葬送剣/クフィル〉」
第三の奔流が転送される。三本の流れは禍々しい黒い大渦となって墜ちるラインハルトを加速させた!