ラストリゾート
この世界の管理者は、〈大いなる者〉によって定められていた。夜の神を斃すことで彼を呼び出し代替わりを完遂させるのだ。レオンは永遠の命なんか成ってみないと分からないから、とその運命を引き受ける。皆は彼を独りにはさせないと長命種化を受け入れた。人として最後に過ごす穏やかな夜が過ぎていった。
翌朝、サレイが庭に魔法陣を展開する。
「幹の周りを下手に移動すると、イグラス軍に見つかる可能性があるわ。このまま直接ラインハルト様の元へ行きましょう。三神もあちらに用意できているから。…それじゃ、シオン、ナギラ。後は任せたわよ」
「母さん…。大丈夫だよ。この家は俺が守る」
『ワシはなんも出来んがの。なんも出来んからせめて足手まといにはならんようにするつもりじゃ』
じーちゃんがシオンの肩の上でホーと鳴く。シオンは、既に重荷にはなってるけどなと揶揄いたいのをぐっと我慢した。
「行ってこい、セルシア、クリス君、皆。団長…いや、アザレイ。イグラスのこと、頼んだぞ」
「ああ。イーラ・イグラス」
アザレイはディゾールに拳を突き出す。ディゾールが拳を突き返した。
「…何だ今の。挨拶か?」
ガンホムが不思議そうに問う。ディゾールがニヤリと笑って教える。
「そうだよ、お前もやれ」
アザレイとガンホムは拳を突き合わせた。ボク、と痛そうな音がした。
「……次に会うまでに加減を教えてもらえ」
アザレイが微笑んで魔法陣の中に入り、スッと光と共に消えた。テテが続く。皆もそれぞれ玉犬を連れて転送されていく。
レオンが残った。
「…じゃあな、シオン」
「ああ、さっさと行ってこい。…もうすぐ出産予定日なんだ、今日中に帰って来いよな」
「ああ、さっさと終わらせて帰るから、待っててくれ!」
レオンはそう言い残すと、魔法陣の光に包まれて……
次の瞬間、彼は幅三十メートルはあろうかという太い大樹の枝の上に立っていた。景色を見るに、かなり上空に飛ばされたらしい。それでもこの太さの枝があるのだから、大樹の規格外の巨大さが窺い知れる。
「カミナ!?何でその姿で…」
クリスが鳥籠に駆け寄る。その中には白髪の青年が座していた。
「…クリス、か。記憶がそう言っている。私は雷様、元の名をフチー。カミナの中に住まいし〈天の卵〉だ」
「カミナは…何故ここにいるんだ」
「私が招集されたのだ、代替わりの為に。カミナから出る準備は出来ている。私が彼から離れれば、彼は権能を失い人に戻る」
「困る。雷様が居なくなると、俺等の街は破綻する」
「問題ない。今やカミナはシステムを模倣しマシン群で雷様を成立させている。私の権能は不要だ。カミナを息子達に返す時が来たのだ」
「…下らない。そんなことで僕が絆されると思ったら大間違いだよ」
サレイが最早不要と鳥籠を解除する。クリス、或いはリノは暫し躊躇い、そしてそっとカミナを抱き締めた。
金髪の女性が虚空から現れる。
「サレイさんが…二人いらっしゃる…双子?」
フィーネが首を傾げる。しかし彼女が両手に持つモノ達を見て、彼女は駆け出した。
「あっ、主様!!」
「シノ!!」
インカーも同時に飛びつく。
『ネーチャン、オハヨー』
「…ああ、おはよう。無事で良かったよ」
相変わらずマイペースな炎の神に、インカーの顔が綻ぶ。
「主様も…ご無事で…!」
『フィーネ。よくここまで頑張りましたね』
コトノ主は人の形をとり、フィーネを抱擁した。フィーネは何も言えず、ぎゅっと抱き返した。フチーがクリスに手を引かれながら二神の元へ歩いてくる。
「ヌィワ。…二千余年、ずっと逢いたかった」
『フチー。貴方として、やっとまた逢えましたね』
「本当は抱き締めたいのだが、私は身体を失っている。この体でそれをしては、リンスに申し訳が立たん」
「それやったら母様に言いつけてやるからな」
リノが腕組みをしてフチーを片目で睨む。フチーは肩を竦めてみせた。
『パーツは揃った。さあ、神産みの儀式を始めましょう』
二人のサレイが並び立ち、ゆっくり両手を拡げ、声を合わせて宣言した。
『レオン、こちらに。剣の仲間達よ、彼に剣を捧げなさい』
レオンは両サレイの間に、仲間達の方を向いて立つ。グラードシャインを抜いて大樹に突き刺した。
初めにサンリアのウィングレアスが強く輝き、糸のように解けて、グラードシャインに吸収された。柄の周りに集まり、彼の手を守る護拳となった。レオンの中にサンリアとウィングレアスの記憶が流れ込んでくる。映画を作った時には光景でしか見られなかったものが、感情と実感を伴う。飛行の仕方。風のバリアの張り方。空気の遮断の仕方。サンリアがこれまでに培ってきた努力を、レオンは手にした。
しかしそれよりも、愛の大きさを知った直後に経験した死の想起の記憶に、気付けば彼は一筋、彼女の為の涙を溢していた。
次にセルシアのオルファリコンが強く輝き、砕け散ってグラードシャインに吸収された。刀身に無数の小さな煌めきが宿る。レオンの中にセルシアとオルファリコンの記憶が流れ込んでくる。闘技場でリノのブーストに迫った聞き分けの経験。この後の戦いに必ず必要になると彼は感じた。
クリスのプラズマイドが高エネルギー体の球となってグラードシャインに吸収された。膨大なエネルギーがグラードシャインに蓄えられ、柄が黄金に色付く。クリスとプラズマイドの記憶がレオンにインプットされる。クリスにインストールされていた人類の叡智、戦闘の知恵の結晶が、レオンの判断力を飛躍的に向上させるようだった。
フィーネのアクアレイムは水面色に輝き、するりと水となってグラードシャインに吸収された。グラードシャインの刀身にある三つの聖石の真上に、碧く大きな聖石となって宿る。フィーネとアクアレイムの記憶がレオンの中に流れ込む。幼い頃から鍛えた魔法生命体作成の術。魔法防壁の術。水鏡の術。様々な魔法の使い方を、今なら理解出来る。
インカーのエンブレイヤーが燃え上がり、グラードシャインを包んだ。刀身が燃え上がるが、熱さは全く感じない。レオンにインカーと玉犬達、そして炎の剣の記憶が流れ込む。玉犬とパスが繋がったことが感じられる。今ならば以前ロジャーが行った様に、玉犬に魔法を転送させて打ち出すことも可能だろう。
アザレイのディスティニーが無数の黒い奔流となってグラードシャインにぶつかる。その奔流を受け止めながら、レオンはアザレイとディスティニーの記憶が自身に受け継がれるのを感じた。生命の営みを阻害する剣。それを振るい、生命の営みを守ろうとした男。決して相容れないと思い込んでいた、数奇な運命。
グラードシャインは今度は難なく全ての奔流を飲み込んだ。刀身に黒い文字が刻まれる。
ULTIMO SPATHA The Last Resort † Ragnarök †
〈終の剣 ラストリゾート/ラグナロク〉
汝掲げよ。
その力を喚起せよ。
其は神々さえ殺す運命の名。
死の神から零れ落ちた、最後の希望。
グラードシャインの最終形。
成すべき事は唯一。
照覧あれ。
神殺しを行う、勇者の姿を──!