最後の晩餐
代替わりして新しい神になる──その運命を告げられた彼の隣で、サンリアは憤る。気の遠くなるほど長生きなどするもんじゃない、と。一方別の部屋では、神の御手によりディゾールとガンホムの目が治療された。
『…やりたいか、やりたくないかだけを議論していても仕方あるまい。手段を共有してみよ。したらば、打開策も見えてくるやもしれん』
急に黙ってしまったサンリアの代わりにじーちゃんが話題を戻す。
「いいわ。後継者を作るには、昔バラバラになったものを一つに纏めないといけないの。で、グラードシャインは成長する剣でしょ。これは知っての通りだけど、まずそこに他の七神剣の権能を取り込みます。使用者が望めば吸収は簡単な筈よ。そうして出来上がった終の剣を、三神の権能を移植された人間が振るい、ラインハルト様を…斃す。ラインハルト様はその時点ではまだ死なないけれど、斃された情報は大いなる者に到達する。そしたらアレが現れて、後継者を認めてくれるでしょう」
「待って…まだ上の存在が、出てくるって言うの…?」
サンリアが頭を抱える。
「私達が元来一つの次元に居着くモノで、大いなる者は次元を渡って管理するモノよ。この次元は二千年前に起こった大いなる者の失敗で、他の多数の次元から干渉を受けている。」
「そいつの仕業なのか…傍迷惑な奴だな」
「そうね、ラインハルト様もあの上司はどうにかならんかと常々仰っていたわ。でも家主みたいなものだから逆らえないのよねー。人類から管理者を選んで置くっていうのも大いなる者の方針なの。コトノ達三神みたいな精霊、聖獣じゃ駄目らしいのよ。システムに寄り過ぎてて話が通じないとイライラするのかもね。気持ちは分かるわ」
何故かじーちゃんまで頷いている。長達の旅路も大変だったのだろうか。
「人類?長命種も人類なの?神様の定義って何なのよ?」
「コトノ…シノ…雷様。ラインハルト様の力を得る以前はヌィワ、シノ、フチーという名前だった彼等は、本来神ではないわ。昔の人達が神と呼んで畏れただけ。本物の神…つまり管理者である長命種はもっと人に近い在り方をしている。それは短命種が、そして長命種が、大いなる者に似せて作られた人類だから。短命種は長命種が駄目になった時の為の予備。それはラインハルト様が生まれるよりずっと昔に忘れ去られた、大いなる者との約束」
「自分が管理すればいいじゃない…」
「大いなる者からしたら、沢山次元を任されて、各次元それぞれに管理してくれる優秀な部下を用意した感覚なんでしょうね。で、その部下が『そろそろ飽きたんで他の人間に代わってもいいっすか』と文句を垂れてくる、と」
「……それはちょっとダルいかも」
「でしょ。お前の代わりになる優秀な奴見つけて来いよ、無茶通したいならそれくらいの仕事はしろって思うでしょ?」
「何千年も同じ仕事っていう時間感覚を抜きにしたらそうだけどさぁ…」
サンリアが力なくソファに倒れ込む。結局、自分達でなければ別に良いのだ、と彼女は気付いていた。
「…じゃあ、ラインハルトが森で世界を滅ぼそうとしてるのって……もしかして、大いなる者への嫌がらせ?」
「いえ、あの人は本当は、ご自分一人居ればいいと思ってるわ。短命種も精霊も、他のヒトの形をしたものは醜悪で煩わしいだけだと。だから前向きに世界を滅ぼそうとしてるわよ。でも思ったよりその過程がつまらないから、まあ放棄できるならしても良いかな、くらい。代替わりしたくてたまらない!って感じでは無いわ」
「じゃあ、代替わりさせたいのはサレイの方なの?」
「そうねぇ、短命種としての私は、そりゃ皆生きていてくれた方が嬉しいもの。それに、私に付いている精霊はリン/ウェル。かつては陰陽に分かれ、リンはラインハルト様と、ウェルは主神様と契約していた精霊よ。リンはラインハルト様の意思に沿うことを望んでいて、ウェルは主神様が今度こそ幸せになれる未来を望んでいる」
「それが…レオンってこと…。」
サンリアは、何やら真剣に考え込んでいる隣の少年を見た。真剣な顔はしているけれど、大丈夫かな?話に付いて来れてるのかな。
「…俺、ホントに今のお前等となら、永遠に一緒に居られると思うんだけどな。」
「他の人はどんどん死んでいくわよ。どうにもならないことだって起こるし、神を利用されて下らない争いも起こる。あと、仲間割れだって起こるかもしれない…」
「起こるかなぁ?」
「セルシアがフィーネに飽きるとか…」
「あっ…それは最悪」
あり得なくもない、レオンもそう思ってしまった。失礼な話である。
「痴話喧嘩なんて可愛いものよ。前に起きたのは歴とした反逆。主神様よりも強い力を手にした英達が、より良く人々を導こうとして主神様に手を掛けた。でも、彼等だって一枚岩ではなかった。そのせいで主神様とラインハルト様に負けて眷属から外され消されて、主神様には虚しさだけが残ったのよ。もうご自分の殻に篭って、ラインハルト様とさえ目を合わそうとしなかった。ラインハルト様はあの手この手で主神様のご興味を引こうとしたけれど…その後唯一主神様が喜んだのは、代替わりの時だけよ」
「話は聞かせて貰いましたよ」
突然、応接間の扉が開き、目隠しをしてクリスに連れられたセルシアと、フィーネ、アザレイ、インカーまでもが中に入ってきた。
「セルシア!もう手術は終わったのか?」
「ああ、俺の手腕がキラリと光ったぜ!」
「そうですね、リノさんのお蔭で恙無く。…サンリアちゃんの怒声が耳に届いたので、オルファリコンを使って剣の仲間内で音を共有して話を聞いていました。僕は浮気したとしてもフィーネを捨てることはありません」
「はい、浮気されても気にしないです」
「そこ!?」
サンリアが二人に呆れる。そりゃ二人にとっては大事なのだろうが。
「余所余所しいな、二人だけで悩むなんてよ。私達にも相談しろっての」
「永遠の命って結局、カミナみたいなもんだろ?カミナは独りだから既に辛そうだけど、俺等皆が居れば大丈夫って気がするなー」
「クリスもそう思うか?サンリアは怖がってるけど、やってみなきゃ分かんねーよな」
「…辛くなったら俺に代われ。俺の行動指針は常に人類の為だ」
「アザレイ…優しい奴なんだな、お前」
そうレオンに言われて、アザレイは眉を寄せる。
「お前じゃ頼りないって言ってるんだ」
「アズにゃん、ほらそういうとこだぞー!」
クリスがアザレイの背中をバシンと叩く。
「その呼び方は止めろ、…」
アザレイは雷の、と呼んでやろうとして、自分がクリスとリノに対し先程大き過ぎる借りを作ったことを思い出して踏み止まった。
「それに、だ。雷様の権能を引き継ぐってことは、俺達の国の技術をもっと発展させられる可能性があるってことだ。近いうちに、短命種長命種なんて区別も無くなってるかもしれないぞ?」
「皆で長生きすれば、寂しくないって言いたいの…?」
サンリアが半信半疑といったふうに呟く。
選択肢は、本当に二つなのだろうか。
そして、選択する自由はあるのだろうか。
「とにかく、誰かがラインハルトを斃さなきゃ、森は止まらないんだろ。だったら一旦神様とやらになってさ、詰んだらまたそのうち代替わりすればいいよ。俺等まだ十年や二十年しか生きてないんだぞ?永遠がどんなかなんて、想像出来っこない。考えて分かんないもんは考えないに限る!」
レオンが思考を放棄して、きっぱりと言い切る。そう決められてしまっては、サンリアはレオンだけを永遠に生きさせる訳にはいかないのだった。
「ホント、馬鹿なんだから…。あんたがそんなだから放っとけないのよ」
結論は出た、と判断したサレイが立ち上がった。
「さあ、最後の晩餐と洒落込みましょ!」
「そろそろ眼帯取っていいぞ、セルとディゾールさん」
夕飯を食べにくそうにしていた二人にクリスが声を掛ける。
「おお…ちゃんと見える。良かった…」
セルシアが眼帯を外し、安堵した。痛くもないし視界も戻っている。
ディゾールが恐る恐る目隠しを外し、キョロキョロと周りを見渡す。
「本当に戻った…!もう駄目かと思っちまった…クリス君はどなた?」
「俺だよー」
クリスが自席からひらひらと手を振る。
「いや、本当にありがとう。マジモンの奇跡だ…ガンホムのことも…」
そう言ってディゾールは隣を見る。黒く鬱蒼と伸びる前髪の隙間から覗く、鮮やかな緑色の瞳と目が合った。ディゾールは長く探していた宝物を見慣れた森の中で突然見付けた様な新鮮な驚きを感じた。
「…お前」
「……んだよ」
「似合うな、その目。野獣の魔法が解けて美男子になるとはね」
「おう…。ディズも、まあ何だ、その…そんなに綺麗だったんだな」
ガンホムがふいとそっぽを向く。彼もディゾールと同じ驚きを共有しているに違いなかった。
「それは元から変わってないけど?」
「チッ、性格も弟から半分貰えば良かったのに」
「残念ながら変わらないわよ、それだと」
サンリアがセルシアの隣で冷静にツッコんだ。
セルシアが完治記念とばかり、ウルスラと共に歌を歌う。
クリスとガンホムは、初めてのカード遊びをディゾールに教えて貰いながら、それに興じる。
サレイは食後の甘味まで抜かり無く用意し、女性陣が嬉しい悲鳴を上げる。
シオンとレオンは、カレンに昔話を教えて笑い合う。
サンリアはアザレイと並び、そんなレオンを眺めている。
人として皆で最後に過ごす、柔らかく優しい時間が過ぎていった。