挿話〜銀の大車輪〜
一方その頃、夜の国──
六階建ての高さを貫き柱と壁とがそそり立つ広く長い白亜の廊下を黒い鎧の小柄な騎士が早足で、歩いてゆく。
ヘルムに隠れてその面は見えないが、その体躯はまだ少年と言って通用する程だ。
やがて右手前方に開けた広間が見えてくる。彼はそこに入る前に柱の陰から頭を下げ、声を張り上げた。
「黒天騎士団団長アザレイ・シュヴァルツ、参上つかまつる」
声も明らかに十代の若者のもの。
その声に答えて別の低くよく通る声が中から聞こえた。
「アザレイ・シュヴァルツ。入れ」
「はッ」
その騎士アザレイは、さっと頭を上げると広間の中に入って行った。
広間は採光が行き届いて左右の壁が光雲の如く輝き、正面は数本の太い柱に細やかな彫り物が施され、また紫と銀を基調にした重厚なカーテンとタぺストリの数々が複雑に配置された豪奢な造りになっている。ざっと千人は収容出来そうな、騎竜だって飛び回れそうな広い空間だったが、この部屋はこの建物の中では数多ある広間のうちのごく小さなもののひとつだ。
それはこの国の、この世界の王ただ一人の為の私的な謁見室であった。
アザレイは伏し目がちに素早く、しかし確かな足取りで広間の中央の目印になる銀色の大車輪の模様まで歩き、そこに跪いた。
「国王陛下におかれましては。」
「…」
「……」
「…ふっ。其処元だけだぞ、そうやって略すのは。根っからの合理主義め」
「お誉め頂き」
「誉めとらんぞ。相変わらず仕方のない奴だ…親の顔が見たいものだ」
「某の親でしたら、いつでも」
「ええい、冗談だ。勿論毎日の様に会っておるわ、シュヴァルツ団長にも大魔導師殿にもな」
「……」
「彼女の息子であるから余計に仕方のない奴だというのだ」
国王と呼ばれた男は、ふ、と短い溜息を一つ吐いてゆっくりと瞬いた。眼下の少年を見る眼は優しい。少年は今やこの世界を左右しかねない一大戦力だが、王の中では武器というよりも、出来ればいつまでも可愛がってやりたい親戚の子という認識なのだった。
だからといってこのカードを後生大事に握っておく無能ではない。
「…さて、今回の用だが…偵察の命令だ」
「戦闘の規模は?」
「十中八九、戦闘はない」
「…は。では、十名を選出し…」
「其処元一人で行ってくれ」
「…?」
「剣の仲間が動き始めたらしい」
「…某は、陛下の忠実なる駒にございます。」
暫く押し黙った後、アザレイは低い声で、だが力強くそう明言した。
「無論その心配はしておらん。ただ、つまりそういう事であるから、何も知らぬ一般の兵は参加出来ん」
「把握致しました。麾下には伝えても?」
「信頼出来る者に絞っておけ」
「御心のままに」