挿話〜第七聖獣〜
もはや語り継ぐ者のいない、旧世界の神話。
ここは、最果ての地、極北の頂。そこに住む彼等長命種は、かつて精霊と対話できるという異能を理由に迫害された一族だ。しかしその異能は各地の権力者にとっては垂涎の的であり、いつしか彼等は神の名を以て呼ばれる様になっていた。
短命種と和解しようという一派があった。短命種は玩具であり捨て駒であると考える一派があった。
主神は、何も言わない。一族の中でも特に長い年月を生きている彼は、もうずっと長いこと岩の様にじいっと何かを待っている様でいて、誰にも何を待っているのかを打ち明けることはなかった。
ある時、一族の中にとびきり美しい少年が生まれた。彼に似合う名前は何かと人々は百年かけて考えて、美の神と名付けた。名を貰った時、彼はたいそう優雅に一礼し、皆がいい名付けをしたと喜んだ。
彼は精霊と対話するだけでなく、契約する力を持っていた。彼が夜の大精霊と契約した、と主神の前で黒髪の精霊を見せて報告した時、人々は初めて主神の笑顔を見た。主神の背後に金髪の精霊が現れた。主神も精霊と契約していたのだ。これは昼の大精霊だ、と彼は美の神に教えた。私達は長いこと君を待っていた、と。
これより千年、神と人との蜜月が続く。主神も能く短命種を見守り、育み、導き、世界は繁栄を謳歌した。
やがて、精霊よりも強い力を持つ獣が、極東の古い地層から七頭発見された。短命種はこれを神に捧げ、極北はこの獣をどう扱うか揉めに揉めた。結局、精霊と同じ様に誰かが契約をし、聖なる獣、聖獣と呼ばせて人々の信仰を新たに植え付けた。
精霊よりも聖獣の方が持て囃される時代が来た。第一の紅き狼、第二の瑠璃の竜、第三の碧の鷲まではすんなりと、誰が契約するか決まった。第四の銀の馬、第五の金の兎は、契約相手を競わせて選んだ。第六の萌黄の豹、第七の紫紺の犀は、そもそも契約をしたがる気配が無かった。
聖獣と契約した者達が、主神に代わって短命種をより能く支配しようとした。聖獣反乱と呼ばれた。主神と美の神は、協力して彼等を分散させて、一人ずつ地下の大迷獄〈深淵の廻廊〉に閉じ込めた。主神が嫌うものは、変化。好むものは、永劫。彼等はそのまま地下で朽ち果て、地上に出ることはなかった。
第六、第七の聖獣と契約したがる者は表向きいなくなった。その代わり、第六聖獣を美の神にあてがおうとする向きが現れた。そうすれば、主神は聖獣を拒まなくなるのではないか。そうなれば、第七聖獣は誰にでもチャンスがあるということになる!
美の神は皆の期待に答え、第六聖獣と契約した。そして、第七聖獣を主神に捧げると言った。皆は仕方無く受け入れたが、主神も、第七聖獣も、互いに契約しようとはしなかった。そのまま、第七聖獣は禁忌となり……
時が過ぎた。
結局共に歩むには愚か過ぎる短命種にまつわる対立はより深くなり、聖獣反乱以来の緊張が極北にて高まっていた。
武神と呼ばれた男が、短命種との関わり合いの中で命を落とした。
武神はしかし、その死の道程の半ばで、第七聖獣に引き戻された。
武神が望んだことはただ一つ。
弱きを扶け、強きを挫くこと。
それが己自身への枷となり、和解派として短命種の為に命を落とす結末となったことが、第七聖獣の琴線に触れたらしい。
武神が、第七聖獣と契約した。
それを見た美の神は激怒した。
彼は実際のところ、第六聖獣と契約などしていなかった。ただ主神に相応しき聖獣を捧げる為、主神が第七聖獣と契約出来る様に周囲を誘導していたのである。それを武神が横取りした形になった。
主神は聖獣反乱以降、美の神にすら何も語らなくなって久しく、美の神は初めての寂寥に惑ってしまったのかもしれない。
美の神は武神と争い、最後は短命種を操り斃させた。武神の弱点が弱き短命種にあることを利用した。武神を皮切りに、和解派が美の神とその精霊によって次々と斃された。
それはまるで悪鬼羅刹の様に。凄惨で。美しく。
「美の神は、死の神だったのか──」
主神は、久方ぶりに笑った。
彼が望むのは、今や永劫の死のみであったからだ。