七人の仲間達
自分を陥れたのは他ならぬ父だった。それに思い至ったアザレイは、銀天騎士団に駆け込む。そこには父と、無残なディゾールの姿があった。いつの間にか確執を膨らませていた父を見捨て、アザレイは離反する。ディゾールを助けるために、剣の仲間達の力が必要だった。
テテは漆黒の鳥になって犬小屋で待機していた。アザレイが駆け寄ると、鳥のままで嬉しそうにわんっ!と吠えた。アザレイの頬が少し緩む。大丈夫だ、まだ笑える。
「さあ、お待たせ。お前の仲間のところへ連れて行ってくれ」
アザレイがテテの背に乗り翼の上に足を置く。
「お兄ちゃん!テテ!行ってらっしゃい!レオンお兄ちゃんとセルシアお兄ちゃんに宜しくねー!!」
カレンがウルスラと共に窓から身を乗り出して手を振る。アザレイは出来る限りの笑顔でそれに応えた。レオンに手を掛けたことは結局カレンには伝えられなかった。彼女の様に赤心になれば、自分も仲間として受け入れてもらえるだろうか。否、弱気になっている場合ではない。不意討ちでも、仲間割れさせてでも、雷のだけは連れ帰る。
テテが軽く助走をつけて飛び立った。眼下にイグラスの美しい街並み、そこに色とりどりの兵達が駆け回っているのが見える。死の剣の主が裏切ったのを逃がすなと、てんやわんやになっているのだろう。隠蔽魔法を見破る陣も道の彼方此方に張られ、徒歩で動いていてはきっと詰んでいた。一方、空には警戒網は無い。騎竜で逃げていないからだろう。
門が近付いてきた。門の上で看破鏡を持った兵士が見渡している。これでは上空を通り過ぎてもバレそうだ。強行突破できなくもないが、さて。
「!!お前、隠蔽魔法を使っているな!その荷台、積み荷は何だ!」
看破鏡を覗いていた兵士が荷馬車を牽いて通行しようとした男に声を荒げる。今しかない!アザレイはテテを急がせた。
「何って…ちょっと訳アリでさぁ。あ〜その…わわ、言うよ!言うから!いや、その、嫁さんからトンズラこくために変装してたってわけよ。な、なぁ、頼むよ〜見つかるとヤバいんだ!早く通らせてくれ!」
「何だァお前、ややこしいことしやがって。一応見るが…くそっ、本当にただの荷物しかねぇ。おーいお前等悪い、ハズレだ!戻った戻った!」
ごたごたしている門の上空を悠々と飛び去りながら、アザレイは訳アリの男の声に妙に聞き覚えがあったのでニヤリとした。アザレイを助けるためのひと芝居なのだろうが、あいつ、さっさと元の世界に戻らないと本当に嫁さんにキレられるぞ!
テテはまるで仲間の位置を正確に把握しているかの様に真っ直ぐ森の上空を飛び続けた。素晴らしい速度と安定感だ。騎竜は魔法の補助無しに長距離を飛び続けることは出来ないが、テテは一度も休息無しでもう四時間くらいは飛んでいるだろうか。そろそろ夕方になってくる。急いでいるとはいえ、流石に休ませた方が…とアザレイが思案していると、テテが高度を落とし始めた。旋回してわん、わん!と吠える。すると答えるように森の中からわんわんわんわん!と喧しいほどの鳴き声がした。
「もう着いた、のか。お前の仲間の所に」
アザレイが問い掛けると、テテはわふっと小さく返事をする。アザレイは腹を括った。
テテが着地すると、まず同じ大きさくらいの沢山の狼達が駆け寄りテテを舐め回した。アザレイは巻き込まれ揉みくちゃになりながらテテの背から降りた。
「…アザレイ君の方から来るとは思っていませんでしたね」
セルシアが笑顔で近寄ってくる。しかし、その目は笑っていない。
「音の。少し事情が変わったのだ。俺は今、イグラスから追われる身だ」
「それ、全然少しじゃないじゃない!?何しでかしたのよ…」
サンリアが呆れた様に木の枝の上から声を掛ける。普段通りの調子の彼女を見て、アザレイの緊張が少し解れた。
「ま、何でも良いさ。お前が騎竜じゃなくてテテに乗って来た。私にとっちゃそれより明確な答えはない」
インカーが屈託無く笑う。それはつまり、仲間として受け入れる用意が出来ているということだろうか?
「テテさん、アザレイさんを仲間にするって決めた瞬間、飛んで先に行っちゃうんですから…。よっぽどアザレイさんのことが気に入ったんですよね、前のご主人よりも」
水の剣の主がクスクスと笑い、セルシアが複雑そうな顔をした。
「ま、お蔭でイグラスの方向も分かりやすかったんだけどねー。アザレイ君、直接会うのは初めまして、だな」
「お初にお目に掛かる、雷の。お前に頼みたいことがあって来た」
「待て。〈雷の〉だけはやめろ、不愉快だ。俺はクリス」
「…すまない」
出鼻を挫かれてアザレイは豆鉄砲を食らったような顔で謝罪した。
「んで、俺はレオンだ。アザレイ、お前に言っときたいことがある」
お前は、知っている。アザレイが少しムッとした顔でレオンを見遣る。
「…何だ」
「サンリアは!俺のもんじゃ!ねーからな!!」
日も傾いていたので、その日はその場で夜営をすることになった。アザレイがまず驚いたのはテテ達の食事だ。彼等は木を根っこごと薙ぎ倒したかと思うと、その根に付いている土を食べ始めた。更に、掘り起こされた土を貪る。
「こいつらは土を食うのか…」
「ああ、別に肉とか普通の食い物も食えるけどな。そっちではそれしか与えてなかったかな?実は土や砂、岩の方が主食らしい」
インカーがそう言って、テテの種は玉犬というのだと教えてくれた。玉犬は全て炎の神の眷属で、炎の剣と意思疎通が取れるという。テテの兄弟は、レオンのロロ、サンリアのリリ、セルシアのクク、クリスのココ、フィーネのミミ、インカーのモモ。炎の剣の元になっているのはテテ達の母親のノノ。そう教えられて、アザレイはもう少し区別がつきやすい名前をつけて欲しかったと思って眉を顰めたが、何も言わなかった。
「で?アザレイは何をしでかしたんだ」
食事の時間に、レオンが無神経に尋ねてくる。アザレイは溜息をつきながら、しかし説明する必要はあるかと、事の次第を話し始めた。
水の都での戦闘の後、ディゾールに内通疑惑が掛かったこと。
アザレイがそれを不問に処したこと。
内通の取引を利用してセルシアを戦意喪失させる計画を立てたこと。
砂の世界で、捕虜となったセルシアを手負いにさせたこと。
母が〈卵〉とアザレイ、セルシア、テテを連れてイグラスに帰ったこと。
テテに犬小屋を作ったこと。
治療を終えたセルシアに妹がディゾールの息子のウルスラを引き合わせたこと。
その日の晩、セルシアと共に母の本当の悲願を聞いたこと。
その場でイグラス軍に転送されたこと。
銀天の団長である父に、神が代替わりすれば戦争は必要なくなると教えたこと。
戦争は無くならない、と笑われたこと。
テテを見つけ、連れ帰ったこと。
ウルスラからセルシアとアザレイのことを聞いたディゾールが、アザレイの父に拷問を受けたこと。
その情報から何も知らないアザレイが反逆者として父に告発されたこと。
去り際に姫にヒントを貰い、ディゾールが危険かもしれないと気付けたこと。
父とディゾールを見つけ、彼を救い出し、信頼できる部下に預けたこと。
ディゾールの両眼を治すべく、イグラスを捨て、天の神の権能を持つクリスに助けを求めに来たこと。
「…何だよそれ!後半アザレイ何も悪くねえじゃねぇか!」
レオンが憤る。アザレイは自嘲した。
「いや、俺は悪かった。俺の罪は、無自覚であったことだ。悪意のある人間の想定を、していなかったことだ。俺は常に守られてきた。盲目だが耳の良いガンホムが、人の感情を聞き分け、俺に危険因子を知らせてくれていた。眉目秀麗(れい
)で人当たりの良いディゾールが、それとなく俺のプロパガンダを受け持ってくれていた。俺は団長と持て囃されながら、その実あの二人がいないと何も出来ない子供でしかなかったのだ」
「はー…ん、そっか…」
「あんた理解出来てないからって適当に相槌打つんじゃないわよ!」
サンリアがレオンにグーパンを繰り出す。シオンから聞いていたレオン像とサンリアから聞いていたレオン像に乖離があって不思議だったのだが、漸くアザレイにも理解出来た。つまり、サンリアが真っ赤な嘘をついていたのだ。アザレイは思わずふっと笑ってしまった。
「あってめぇアザレイ今俺のこと馬鹿にしたな!?」
「いや、してないが」
「いや今絶対フンってした!聞こえてんだよ!」
「馬鹿なんだから仕方ないでしょ」
「俺が普通なの!あいつがちょっと人生経験おかしいだけなの!」
「えぇー?普通の基準がちょっと低すぎるんじゃなーい?」
「きっと、レオンが長命種なのだろう」
アザレイの言葉に皆がえっ?と固まる。
「……冗談だが?」
一拍置いて、クリスが大爆笑し始めた。セルシアも堪えかねている。
「マジで!?今のマジトーンで冗談言うの君!?」
「ね、クリス君、逸材でしょ?」
「やべーでしょ、俺腹筋ブースト掛かるわ」
「ちょっとお二人とも、失礼ですよ!」
「いやフィーちゃん、その対応の方が傷付けると思うぞ…くくっ」
「ふふふっ、まあ、フィーネも負けないくらい天然だからねぇ?」
「サンリアさんまでー!」
「何で俺が長命種じゃねっていうのが冗談で笑えるんだ…?」
「長命種は時間感覚が俺達短命種とはかけ離れている。十五年で経験したと思えることなどほんの僅かなのではないかと…」
アザレイが大真面目に自分の冗談を解説し始めたので、いよいよ年長組の腹筋に危機が迫るのだった。
(案ずるより産むが易し、だったか)
アザレイは森の梢の向こうに僅かに見える星空を眺めながら皆が寝静まった夜を過ごしていた。早ければ明日、イグラスに戻り、ディゾールの傷を癒やしてもらったら、もう次に成すべきことは一つだけ。
夜の神の代替わりに挑むのだ。
七神剣が揃うなど、夢にも思わなかった。だが今は希望が持てる。
明日に。