真相をもたらす者
セルシアはサレイからオルファリコンを返された。アザレイは激怒したが、サレイはコトノ主を呼び出し、彼女達の真の目的はアザレイと同じ神の代替わりだと伝える。そして、代替わりのためには三つの〈卵〉と七神剣が必要なのだ、と。アザレイとセルシアは真相を受け取り、各々の本来いるべき場所へ転送された。
セルシアとテテは、夜の砂漠に転送された。少し先に夜営の灯りと、熊の様な大きさの狼が何頭も眠っているのが見える。
帰って来たのだ。セルシアはテテに跨り、その光に向かって歩き出した。
「テテ!…セルさん!」
インカーがこちらに気付く。レオンもいる。クリスもいる。サンリアも、じーちゃんも、…そして、フィーネも。
セルシアはテテから降りて彼女の傍に歩いていく。フィーネは近寄らない。じっと待っている。セルシアは彼女の前に跪いた。
「貴女の大事な人が、ただいま戻りました。遅くなり申し訳無い。両手脚を折られてうまく動けなかった。でも、それももう治療して頂きました。これより再び貴女と共に。そしてこれからは僕の真心も貴女と共にあると誓います」
「…許します。私の名前を呼んで下さい」
「フィーネ…」
セルシアが立ち上がる。フィーネが抱き着き、セルシアは彼女を受け止めた。愛しさで胸が一杯になる。帰って来いと言って貰えた、それだけで先に進む勇気が湧いたのだ。実際にはほぼ寝ているだけだったが…
セルシアの後ろからクリスが抱き着く。
「セルのバカー!心配したんだぞー!!」
「クリス君…」
「スッス、ステイ!今邪魔するとこじゃないだろ!」
インカーがクリスを引き剥がそうと腰に取り付く。
「うるせー!インカーもこうだ!」
クリスが左手でインカーを前に手繰り寄せて抱きかかえた。
「セルシア、お帰り!…もう大丈夫なんだな?」
レオンがセルシアの右腕にのし掛かる。二日前に兄を斬り殺さんとしたセルシアを抑えるためにしがみついた右腕だ。
「レオン君、あの時はごめんなさい。もう正気です」
「何なのよ皆…私がドライみたいじゃない!もうっ」
サンリアがフィーネに抱き着く。フィーネがセルシアを離してサンリアを抱き締めた。
「サンリアさん、本当にご迷惑を…いえ、有難うございました。私もサンリアさんのこと大好きです」
「やった、相思相愛!」
「フィーネ、僕にも言って下さい」
「セルシアさんのことは勿論好きですよ」
「大じゃない…だと…」
「隠し事するとこは駄目です。反省して下さい」
ハイ…としょんぼりしたセルシアの頭をクリスとレオンが撫でくり回す。仲間が自分を取り戻して帰って来た。こんなに嬉しいことはない!
セルシアは自分の身に起きたこと、サレイの箱庭で見聞きしたことを全て説明した。レオンにも分かるように何度も言葉を変えて説明していると、その内に他の皆は完璧に把握した様だった。
「セルシアさんの裏切りが、主様にとって裏切りでなかったことが一番嬉しいです」
セルシアの腕の中でフィーネが頷く。皆が見ているのにちょっとは遠慮しなさいよ、とサンリアはセルシアに内心呆れていたが、もう皆二人の距離感に馴れてしまった様で誰もツッコまない。そりゃあ、羨ましくないかと問われたら自分だってそうしていたい、と誰もが思っているのだった。
「でも、やっぱまだ、よく分かんないよなぁ。転生前…長命種だった頃?長命種ってつまり神様のことだろ?その頃に一度、ラインハルトと戦っていたのか?」
「そこは余り情報が無かったので保留にして下さい。アザレイ君はそういうことがかつてあったらしいという発言なので、僕達全員がそうとは言われていない。ただ、英の末路を見届けた…と言われると、僕達にも転生前というものがあったという意味に聞こえますよね」
「サレイ母さんが精霊…でも短命種、ってことは人間で…」
「レオン君は、気にしなくて良いと思いますよ。彼女も言ってましたし。私のことはどうだっていい、あの方を止めてくれればそれで良い…と」
「だってさぁ、可哀想じゃんか。一人だけ覚えているっていうのはさ、誰にも分かってもらえないってことだろ?」
「シオンさんが付いていました。大丈夫ですよ」
「シオン…シオンなぁ…。俺は何のために戦ってたんだろうな…」
レオンはここまで、兄とその新しい家族が元の世界で無事に暮らせる様にと旅を続けていた。しかし兄がここまで関係者だとは思っておらず、正直なところ何故教えてくれなかったのかと憤りさえ感じている。サレイ母さんと繋がっているなら、そんな凄い魔法使いだったなら、俺が頑張ることなんて無かったじゃないか。
「あら、レオンが戦う理由なんて最初からシンプルじゃない」
サンリアが何を今更、といった様に笑顔を見せる。
「私が、一緒に来てって言ったからでしょ?」
『いやそれはワシが言わせるの阻止したじゃろ?!』
じーちゃんが即座にツッコんだ。
「しかし、そうなるとやっぱ、アザレイ君も仲間になるんだよな…」
クリスが難しい顔でセルシアに確認した。
「そうですね、七神剣が揃わないと駄目そうな口振りでした」
「セル的には、あいつはどうだったー?結構血も涙もない戦闘狂なイメージなんだけどなー」
「敵対していない状態でのアザレイ君は中々面白い子でしたよ。天然で生真面目で、律儀で…」
「ああ、分かるわそれ。からかい甲斐があったもの。マメな分仕事にも手を抜かないから酷い目には遭ったけど…」
「ええ、僕も危うく両腕を斬り落とされるところでした。ま、でも脅しだけで実行はしなかったんですし、甘い所もあるのかな」
「…まあ、仲間なら良いか…だいたいセルと同じってことだろそれ」
「括り方が雑すぎでしょう!?」
「ああ、確かに…天然でマメで敵には容赦なくて、甘くて…!」
「フィーネにだけは天然って言われたくないなー」
頭をワシャワシャと撫でられ、フィーネは何故ですかー!と抗議した。
「まあ、セルシアなんかと一緒にしたらアザレイの方が憤死しそうだけど…。私はアザレイにセルシアみたいにはなって欲しくないなぁ」
「サンリアはなんかもうアザレイと友達みたいに話すけど、拷問とかされたんだろ?仲間になるの、嫌じゃないのか?」
「んー、多分レオンが思ってる様なことはされてないからね?そういえば、アザレイも何か変な誤解してたなぁ…」
確かに、仲間になると思っていなかったから、アザレイには嘘八百を吹き込んでしまった。実際のレオンと付き合っていればすぐに見破れる嘘だが、先入観からいきなり喧嘩を始められては居た堪れない。後でレオンにはこっそり説明しておこう、とサンリアは脳内メモに書き留めた。
「それじゃ、次はアザレイを迎えに行くんだな?」
インカーが話を纏め、皆頷いた。
「僕と同時に、アザレイ君も転送されていました。本来あるべき場所に、とサレイさんは仰っていたので、恐らく遠征中のイグラス軍に転送されたものかと」
「セルが眠ってる間に、イグラスもリンリスタンもかなりの被害を出して撤退中だ。戦線は一日も持たなかった」
「何と…それでこんなに静かなんですね…」
「ここ、セルシアが連れ去られた時のキャンプ地なんだぜ。景色が変わってるから分からないと思うけど。戦いの最後に地面が崩れたんだ。多分洞窟がここにもあったんだろう。それで、向こうの軍もこっちの軍も全部落ちちゃった。俺等はロロ達が空を飛べるようになったから巻き込まれなかったけど……」
「酷い有様、でしたね…。地下水を使って埋まった人を表層まで押し出してみたんですが、やっぱり、高さがあったので…息のある人は半分も居なかったです」
「リンリスタン側は私もちょっと風で落ちない様に頑張ってみたんだけど、全員は無理だったわ。見たこともない規模の落盤だったの」
「シノが…私を庇って出て来て、アザレイが呼んだ獣を破壊したんだ。その攻撃の余波であの災害が…。そこで撤退してくれたから侵略は防げたけど、シノは連れ去られちまったしな。惨敗ってとこだ」
インカーがそっとポニーテールを結ぶ髪飾りに手を遣る。守らないといけない側が守られてしまい、大切なものが奪われた。しかし、世界を、次元を救うためにはそれも必要なことだった。
(先に全部教えてくれてれば、こんなことしなくてもシノを連れてイグラスに向かったのに)
何も知らない者達が、何も知らないからこそ、争い奪い合う。でも仮に、教えてくれたとして、どれだけの人が信じて受け入れただろうか?それはまるで、世界の秘密を独りで抱えて限界に達した自身の叔父と同じ構図だった。神も、孤独なのか。
「さっさとこんな次元、救っちまおう。もう森なんか要らないだろ。あれのせいで私達、無駄な分断受けて相互理解も覚束なくなってる気がする」
『それは駄目じゃ。森が無くなれば世界が混ざる。そうなると起こるのはやはり強き者による侵略じゃ。森が無くなれば今の世界、今の営みは終わる。森を渡り侵略する者が無くなれば済む話なのじゃ。
神が代替わりしたら、森の拡張を止めて貰い、同時にイグラスの侵略をも止めて貰う。これがどうやら、今のワシらの最終目標の様じゃ』
「そこにあるのに、行ってはいけない。行く手段はある。それを知ってて、人の欲望なんか抑えられますかね?」
セルシアが首を傾げる。じーちゃんは返す言葉も無かった。
何か、決定的なピースがまだ足りない。
そういう肌感覚だけが皆に共通していた。