戦場を駆ける
セルシアはフィーネの伝言を受け取り脱出の決意をする。しかしそれをガンホムに聞かれ、両手脚の骨を折られてしまう。翌朝、ついに開戦。フィーネは巨大な魔法生命体を作成し、質量兵器としてセルシアを探し出すため縦横無尽にイグラス軍を蹂躙した。
サンリアが遥か遠くのフィーネの獣に伸びる黒い奔流に気付くのと、ミミが脱兎の如く駆け出すのが同時だった。
「あの技は…!いけない!〈薙ぎ倒す突風〉!」
サンリアがフィーネの獣に向かって突風を送る。あれが殺されると、高さ五十メートル近くからフィーネが振り落とされる。地に落ちれば即死。医療モジュールの出番すらなく挽肉になるだろう。
「間に合え…っ!」
ミミが突風に乗る。戦場の怖さなど、彼女を失う怖さに比べれば何でもない。もっと急いで駆けなければ彼女が危ない。もっと遠く、もっと疾く、もっと高く…!
いつの間にか、彼は鳥に変化していた。これでもっとこの風に乗れる。今の俺なら、間に合う!
フィーネは獣の形が崩れていくのを感じながら、獣に向かって小さく、ありがとうございました、と呟いた。黒い奔流、あれはきっと死の剣だろう。この巨体が一撃で殺された。どんな強弓でも魔法でも意に介さない私の獣が。恐ろしい力だ。これだけ後衛を潰しても、セルシアは見つからなかった。あともう少し、もう少しだけ跳び回れたら、全部壊せたかもしれないのに。
自分がセルシアを潰してしまうなんてことは考えなかった。だってきっと、彼は気付いて声を掛けてくれる。フィーネ、といつもの様によく遠くまで響き渡る美しい声で、私の名前を呼んでくれる。そうしたら私はこの破廉恥な獣を解除して、翼を休める鳥の様に、彼の元に降り立つのだ。
ああ、私が落ちていく。あと少しだったのに、届かなかった。間違いだったかな…と、彼女は少し後悔する。彼を信じて待つと言いながら、結局彼を探してしまった。ここで私が死んでしまったら、あの人は一生許されないままになってしまう。ちゃんと待っててあげればよかった。この猪突猛進なところ、次の代になったら、直さないと…ですね。私の代わりに覚えていて下さいね、アクアレイム……
ドン!!
彼女の背中に衝撃が来る。
「…った…!あれ、でも、大丈夫…?」
地面に衝突したのかと思ったが、そうではなかった。少しだけそのまま落ちた後、ぐいと上昇する。ふわふわの毛並みが指に触る。
「ミミ…さん…?」
彼女は背中を気遣いながら慎重に俯せになった。彼女が乗っているのは水色の大きな鳥。だが、その目は彼女を捉えてニコリと笑った。
「ミミさん、鳥に変化出来る様になったんですね…助けて下さって、ありがとうございます…」
フィーネがしっかり掴まったのを確認して、ミミはフィーネを癒やすべく、クリスを探して飛び始めた。
「この鳥共、どうやって統率が取られているんだ」
フィーネの獣を突き崩した後も、アザレイの仕事は終わらない。
「攻撃が炎だし、多分ここんとこの神様関連でしょうね。それか炎の剣」
ディゾールがアザレイの発言に返答する。アザレイは敵陣上空に陣取る有翼の巨大な狼を見遣った。
「その答えは実質一つだろう。次の目標は炎の剣。ディゾールが補佐。ガンホムは急襲を光のに繰り返してあいつの権能を抑えておけ。お前から一時に十秒飛行、馬サイズの狼に乗っている。聞き分けろ」
「「了解!」」
ガンホム隊が一時の方向に飛び出し、急降下する。ディゾール隊が騎竜の魔法防壁を風に変える。今まで使用していた耐熱防壁よりも攻性が強く、その分制御が難しい。光の剣による撹乱があったら、とてもではないが維持できないだろう。しかし、もうそれも問題ない。
「うおりゃああああ!」
ガンホムが光の剣の主に斬り掛かる。光のにとってガンホムは天敵だ。撹乱が効果を成さない。あの小さな体で野生の熊と戦う様なものだ。さて。
「待ちなさいよ、アザレイ」
「…サンリア。お前は対象外だ。光のの援護でもして来い、邪魔だ」
『ガンホム隊、光のの相手はガンホム一人に任せた方がいい。戻れ』
サンリアを挑発しつつ、ガンホム隊に念話を飛ばす。対象を複数とした念話は制御が難しいが、大魔導師の息子には何も障害でない。
サンリアの周りを騎竜が取り囲む。
『ディゾール隊、風のを足止めしろ。ガンホム隊は銀天を狙う鳥共の対処。私は炎のを落とす』
「イーラ・イグラス!」
サンリアには、名知らぬ竜騎士が突然叫んだように見えただろう。ヘルムを目深に被っていると、武器が特殊でもない限り兵の見分けなどつかない。目の前の男が昨夜の混乱を作った張本人だとも知らず、サンリアはウィングレアスを構えた。
(こいつら、きっと風の対策をしてる。なら!)
どこからともなく人が飛んできて騎竜の一騎に衝突した。騎竜にダメージが入る前に風の防壁で切り刻まれる。その竜騎士は狼狽した。
「うわあっ!何だ!?なんでこんなとこに人が…」
他の騎竜にもどんどん人がぶつかってくる。こんな高さにどうして銀天の連中が飛ばされて…!?竜騎士達は風の少女を振り向いた。
「気付いた?〈巻き上げる風〉」
少女は楽しそうに嗤う。悪戯っ子の様に。球技を楽しむかの様に。
「悪魔め…!」
巻き上げられた人は最早助からない。風の防壁にぶつかれば挽肉に、ぶつからなくてもそのまま再び地上に落下し即死となる。助けるならば風の防壁を解除し受け止めるしかない。それをすると、騎竜諸共墜ちる。
「衝突は諦めろ!銀天の方で防壁を張らせるしかない!怯むな、突撃!」
血も涙もない判断を下した鬼の指揮官。サンリアはへぇ、と呟いた。
「中々冷静ね?でもハズレ」
サンリアは空をすいすいと泳ぎながら竜騎士の攻撃を躱す。敵を真似て風の防壁を作ると、防壁同士は衝突して打ち消し合う。消してしまえば更なる風の追撃を騎竜が無防備に受けることになる。騎竜ごと一騎撃墜され、兵達に緊張が走る。
『風のに近寄るな!私に来ないよう牽制だけでいい、雷魔法を使え』
アザレイから念話が飛ぶ。竜騎士達は少女を囲んだまま距離を取った。
焦ることはない。我等には若き軍神がついているのだ。
クリスはココに乗りながら、プラズマイドを振り回して敵陣を縦横無尽に走り回っていた。ティルーンを背に括り付けたテテが後をついて走る。
「どこだ、セルシア!?返事をしろ!!」
銀色の鎧はどうやら鉄と銀の様で、雷の剣プラズマイドの格好の餌食だった。しかし雑魚をいくら倒してもキリがない。戦闘の混乱に乗じて脱出すると言っていた親友の計画が上手く進んでいれば、そろそろ戦場に出てきていてもおかしくない筈だ。それが出来ていないとするならば、それはつまり彼の体に異常事態が起こっているかもしれない、ということ。自分が近付けば治る傷かもしれない。治らない傷、即ち死の剣ディスティニーによるものならば……
(急げ、探せ、セルはどこだ!)
クリスはプラズマイドでセルシアのナノマシンを探しつつ、ナノマシンが反応しない状態…最悪の事態を考えて、目視でも辺りを見回しながら進んでいた。プラズマイドの出力がかなり下がってきている。スキャンの範囲と目視の範囲がもうほぼ同じになっていた。
『っ!!おい、クリス!!見落とすな、後ろ!上だ、見ろ!!』
リノモジュールがクリスを呼び止める。彼も彼で視界を観察してくれていたらしい。クリスは振り返って息を呑んだ。
レオンの映画で見た、あの恐ろしい黒い奔流。
それが、空に浮かぶ有翼の玉犬に向かって襲いかかっていた。
「インカー…!テテごめん、ここまでだ!」
クリスは瞬時躊躇い、セルシアの捜索を断念することを選んだ。自陣に向かってココを疾駆させる。アレは、アレはまずい!!