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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
一筋の光
7/105

闇夜の森

レオンはグラードシャインを(たずさ)えて、サンリアと共にゆくことに決めた。兄から餞別(せんべつ)(もら)い、住み慣れた世界に別れを告げる。

レオンは()けに駆けた。

もはや彼を(しば)るものは何もない。体が(ひど)く軽く、ともすれば宙に浮きそうに感じた。

星明かりの下、前方に木に(もた)れた少女の姿が白く浮かび上がった。

彼はまっしぐらにそこを目指す。

「サ・ン・リ・ア~!」

ゴスッ

彼は(いきお)い余って木に衝突(しょうとつ)した。サンリアは横に逃げ、呆れた様に彼をみつめた。

「…おかえり」

「…いってー…」

「バッカじゃない?」

「言うな。自分でもそう思った」

「くふっ」

彼女は(こら)えきれない、という様に()き出す。二人の頭上で羽音がした。

『シオンとやらには伝えたのか?』

「あ、フクロウ。あぁ、伝えてきたぞ」

『フクロウじゃと!?ワシにもちゃんと名前がある。N=マルカトリラ=エズベレンド十五世じゃっ!』

「名前ややこしすぎ…じーちゃんでいいか?」

『………………いい』

いい、割には随分(ずいぶん)と間があったが。

口の悪いサンリアと、気難(きむずか)しいフクロウ。一緒に仲良く旅出来るのだろうか、とレオンはちょっぴり不安になった。


「シオンには効果抜群、らしい回復薬貰ってきたかんな。これで旅は順風満タンだ」

「それを言うなら準備(じゅんび)万端(ばんたん)、もしくは順風(じゅんぷう)満帆(まんぱん)。…それに、順風満帆とは行かなさそうよ」

「な…に?」


彼の声に(かぶ)せる様に、近くで不気味(ぶきみ)遠吠(とおぼ)えが聞こえた。


(おおかみ)じゃな。ここからざっと四十メートル辺りにいる』

「まてまて、この森に狼なんか…」

『お主はもう世界の狭間(はざま)の森に達しておる。ここから先は森が支配するのじゃ。お主のいる世界の森と一緒にせん事じゃな』

「…どうするよ」

「何の為の剣だと思ってんの?」


少女に淡々と言われ、彼の背中から汗が吹き出す。

彼は(ふる)える手で(さや)から剣を抜き、鞘を投げ捨て両手で(かま)えた。

光の剣が明らかに内側から白く輝く。彼はそれから目を()らし、剣のお(かげ)夜目(よめ)がかなり()く様になっている事に気付いた。


「こんな戦闘(せんとう)、ゲームでしかやった事ねーぞ…!」

「つべこべ言わず。右にいるわよ!」


目だけで追うと、そこに目を光らせた狼が二頭。

彼が剣を握り直すと、剣が炎の様に(あか)()らめき輝いた。

二頭がそれを見て明らかに(ひる)む。彼は駆け出し、逃げ遅れた一頭に剣を突き出した。

ギャヒイインと悲鳴。痛烈(つうれつ)なダメージだったようだ。

抜いて振り向きざま背後から来たもう一頭を()ぎ払う。視野(しや)がおかしい、広すぎる。しかしレオンは気づかない。

恐ろしい程の切れ味。

狼の頭骨(とうこつ)(くび)から離れて吹っ飛んだ。

「っひゃ~…」

奇妙な事に、この極限(きょくげん)状態にあって彼は高揚(こうよう)した。まるで血に()えているかの様だ。

そして、そんな自分を(いぶか)しむもう一人の自分。

そいつは次々と(よど)みなく狼を殺す自分に戸惑(とまど)っている。

(どうしちまったんだ…俺…)

そうだサンリア、と彼は思い返して振り向いた。

彼女は高木(こうぼく)の枝に腰掛(こしか)け、文字通り(たか)みの見物(けんぶつ)をしている。

レオンは思わず声を大にして、いや、本気で怒鳴(どな)った。

「なぁにやってんだお前!何サボってんだよ!剣が無駄だろ、ちったぁ手伝え!」

「無駄はそっちよ!剣を無闇(むやみ)に振り回すだけが(のう)じゃないの!いくわよ、」

サンリアはそう叫び、ウィングレアスを大きく振り降ろし一喝(いっかつ)

(れつ)!」

するとウィングレアスの(やいば)がブーメランの(ごと)飛転(ひてん)し、一頭を切り()いた。

その狼は気丈(きじょう)にも()(とど)まろうとしたが、それが逆に(わざわ)いし、その体は真二つに切断され、地面にどうと倒れた。

他の狼はそれを見るや、()()りに逃げ出してしまった。


「あ、…何だったんだ?」

「分からないの?そいつがボスだったの。他の狼はボスが倒されたから逃げたのよ」

「よく分かったな」

「夢中で殺してたあんたには、分からなかったでしょうね」

彼女の声は冷ややかだった。

「夢中っつか必死だったんだよ…」

「まぁ、才能は認めるわ。人としてどうかとは思うけど」

「俺も訳分かんね。俺じゃなかった気が…でも、そこまで言うか?」

レオンは立ち込める血の臭いに()()をこらえながら弱々しくサンリアを睨んだ。

「…そうね、悪かったわ。臭くて気が立ってるのかも。お風呂入ってくる」

「湯があんのか?」

「湯?近くに川があるから…」

「まさか水?!」

「そうよ?当たり前じゃない。(のぞ)かないでね」

「誰が発育(はついく)(まえ)の体なんか」

「…(さい)(てい)

「嘘、見たいけど我慢する」

「それもサイテーよ!」

笑いをこらえるかの様なわざときつい言葉。

「じゃ、ここ離れましょ」

「あ、おい、()の回収は?」

「ん!忘れてた」

彼女がウィングレアスの柄にあるスイッチをカチッと切り替えると、下草の生えた地面に突き刺さっていた刃は回転しながら柄に戻った。

「うっわ、よく出来た玩具(おもちゃ)

「玩具に見える?」

「…いえ、凶器(きょうき)です」

「解ってるじゃない」

サンリアは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

「それじゃ後でね」

レオンに見せた右手の甲をヒラヒラさせ、彼女は(しげ)みの奥に分けいった。


(…あー)

レオンは追う事と一人でいる事、どちらが危ないかを考え。

空を(あお)ぎ、木々の間に月を探し、何かを(あきら)めた。


「しかし…きったねーなー…」

落ち着いて改めて自分の格好を見直すと、返り血で服も体も酷く汚れている。

(仕方ねぇ、川に入るしかないか…)

幸い今は春の終わりでもある。()れたまま放置しなければ風邪(かぜ)を引く事もあるまい。

彼はせせらぎの音を頼りに川に出た。


まず手足を洗い、服を脱ぎ下着のみの格好でそれを川原で踏み洗う。

そして剣を水洗いし、タオルを濡らして汚れを落とす。

改めて見るとその剣は今は、月の光の様に淡く銀色に輝いていた。


(光の剣、か)


しかし、既に先程の戦いで(くも)りが一つ。

その曇りは彼自身の心を映してか、(いく)(みが)いても決して落ちようとはしなかった。

少し憂鬱(ゆううつ)な気分で彼はそれを(なが)めたが、砥石(といし)を手に入れれば解決する事だ、と深くは考えなかった。


それから頭を水に突っ込み、髪と顔を洗った。途中で面倒になり、川のどこまでも(あさ)いのを確認してから下着も脱いで飛び込んだ。

タオルを別で持って来ておいて良かった、と思う。リストバンドにしている小さい方のタオルは洗わないと使い物にならない。

やがて水から上がり、(けもの)の様に執拗(しつよう)に頭を振ると、髪の水気は粗方(あらかた)飛んだ。

下着を洗ってタオルの上で踏みながら、他の衣服を(しぼ)りきる。それでもまだ湿(しめ)っているそれらを()き布団にするには、季節柄(きせつがら)少し早い。何処(どこ)かの枝に引っ掛けて干しておくしかなさそうだ。


洗い直して絞ったタオルを肩に掛け、下着姿で洗濯物を抱え元の茂みの奥に戻ると、髪を濡らしたサンリアが立っていた。パンツ一丁の彼を見て少し眉を(ひそ)めたようだったが、レオンは気づかなかった。

「早いな」

「私はレオンみたいに返り血浴びてないからね。そんなに一杯の洗濯(せんたく)の必要は無かったから」

「そか。でもさ…風邪引くぞ、ほら」

レオンはタオルを橙色の頭の上に被せた。サンリアはさっと頭に()せられたものを(つか)んで確認したようだった。

「ありがと…」

「どったまして。じゃ、俺はこっちの()の上で寝るから。おやすみ」


星明かりだけでは彼女の顔はよく見えない。

目を細めているのは…眠いのか、泣いているのか、笑っているのか?


「…おやすみ」

「おう」


暗く、消え入りそうな森の中。

何処かでフクロウが、嬉しそうにホウと()いた。




サンリアは過去の体験を夢に見た。

少女は、物心ついた時から狙われていた。

それを(うら)んだこともある。しかし、恨んでもいいから実力をつけよと言われてしまえば、それもそうかと納得するのだった。

祖父も、その相棒も、嫌いだった訳ではない。

しかし、好きか?と問われると、素直に(うなず)くには、色々なことがあり過ぎたのも事実だ。

だから彼女は自分に言い聞かせる。

「仕方ないでしょ、家族なんだから」


十と一の誕生日を少し過ぎた頃だった。

彼女が祖父と共に住んでいると勘違いした、〈神の鳥〉ヨルルを狙う不逞(ふてい)(やから)が家に押し入った。

彼女を(しば)り上げ、目当ての物がないと分かると、その輩は彼女が秘密を漏らさぬよう、彼女に恐怖を教えこんだ。

何故殺さないのか…、ああ、また這入(はい)ってくるつもりなんだ。私がこいつに屈して、ヨルルを差し出すと思ってるんだ。また、来るのか。それは、嫌だ。気持ち悪い。怖い。助けて。

クルルはもう眠ってる。あの子は普通の鳥だ。私は独りだ。


そう、じーちゃんの鳥を差し出すまで、これが続くんだ。


彼女は理解した。

次に、どうするべきかを考えた。

こいつを(だま)そう。騙して、準備して、(おび)き出して、殺す。

彼女は心を(かた)く閉ざし、(おび)える自分に(ちか)いの言葉を手向け続けた。

未明、男が去った後、力尽きるように眠りに落ちる彼女の目尻から、一筋涙が(こぼ)れた。

恐怖と苦痛と嫌悪の涙はとっくに()れている筈で。

それは、誰かの死を(いた)む涙に似ていた。


一人では太刀打(たちう)ちできなかった。彼女に思いを寄せる同じ村長候補の少年を(そそのか)し、二人でその男を始末した。

いざ暴漢(ぼうかん)の死体を前にすると、少年は(ふる)え出した。

「お、俺、人を殺しちゃった」

「いいえ、私が殺したのよ。ミノミオは死体を殴っただけ。私が合図をした時点で、こいつは死んだんだわ。だから、ね?ミノミオは悪くない」

「う、う…サンリア…サンリアぁ…」

少年は感情が高ぶっているのか、さも当然の権利かのように彼女に抱き着いてきた。

今回は彼の手柄なので、()すがままにされつつ、彼の頭を()でつつ、これでは暴漢と変わらないではないか、と彼女はこっそり溜息をついた。

「俺、お前が成人したら、嫁にしてやるからな。村長になって、こうやって、一生、(まも)ってやるからな…!」

何も嬉しくない。村長候補を諦めろと、私の将来の夢を(うば)うと宣言したようなものだ。彼女の気持ちは冷え切っていた。


「…きよ。起きよ、サンリア」


祖父の声に気付き、サンリアは飛び起きた。いつの間にか朝になっていた。死体もそのまま。ミノミオは先に起こされたのか、(すみ)で小さくなっている。

「ワシの知らぬ間に、随分(ずいぶん)と進展したようじゃな?とりあえず、お前は身を(きよ)めてこい」

サンリアは気が動転していたが、言い付けは絶対だ。(うなず)くやいなや、湯浴(ゆあ)みの準備を始めた。


(何でじーちゃんが私の家に。ミノミオはじーちゃんに何と言い訳するのかな。人を殺したのは勿論(もちろん)(つみ)になる。ああ、私に誘惑(ゆうわく)された、なんて言われたら困るな。でも仕方ないよね。私は私の最善(さいぜん)()くしただけ。(ずる)いと言われても(かま)わない。うーん、それより、まさか勝手に婚約(こんやく)とか決められてないわよね…)


部屋に戻ると、ミノミオの姿も死体も綺麗(きれい)に無くなっていた。

じーちゃんが草臥(くたび)れた様子で座り込んでいる。

「…戻ったか。サンリア、こっちにおいで」

サンリアが祖父の前に座ろうとすると、祖父は(さら)手招(てまね)きした。隣にくっついて座ると、祖父はそっと肩を抱き寄せた。じーちゃんに抱擁(ほうよう)されたのはいつ以来だろうか。

「ワシも男じゃから、今は嫌かもしれんな。…可哀想(かわいそう)なことをした。ワシのせいじゃ。すまん」

じーちゃんのせいじゃない、と言おうとしたサンリアの両目から、(せき)を切ったように涙が流れ出た。

「もうこんなことをせずとも、サンリアが戦えるようになるまで、ワシが護ってやろう。家には警備(けいび)をつける。次の旅にはサンリアも連れていってやろう。ワシの大事な大事なサンリアよ…」


ミノミオは、今後一切私的にサンリアに干渉(かんしょう)することを禁止された。会話はおろか、会釈(えしゃく)目配(めくば)せもナシだ。その処置(しょち)にするか婚約するかの二択を問われ、サンリアが迷わず前者を選んだからだ。ミノミオは項垂(うなだ)れて、何も言わなかった。

(しばら)くして、男を(たぶら)かす若い悪女の(うわさ)が立った。名指しではないが、サンリアの事だった。あの場に祖父が来たということは、誰かが()(ぐち)したということだろう。村長候補なんて皆クソッタレな奴らだ。足を引っ張ることしかできないのか。

村長候補としては致命的(ちめいてき)な悪評だが、彼女はもう気にしなかった。村に対する執着(しゅうちゃく)は消え失せ、ただ強くなりたいと願うようになっていた。村長にはなれなくても、村長候補としての教育は役に立つ。

皮肉なことに、彼女の成績(せいせき)はそれ以降うなぎ登りになるのだった。





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