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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
六道猶ホ炎ノ如シ
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ディゾールの休暇

レオン一行が砂漠世界に辿り着いた頃、アザレイ達黒天騎士団はイグラスに凱旋していた。帰路、ガンホムから裏切りの気配の報告を受けたアザレイは、貴族としての自邸にディゾールを呼び出した。

それは黒天騎士団が都に帰参した翌朝のことだった。

何故(なぜ)ここにお前が呼ばれたか分かるか?」

アザレイは()(てい)(しつ)()室にディゾールを招いた。表情は殺しているが、若さ(ゆえ)か少しヒリついているのが分かる。ガンホムは完全な無表情でディゾールの隣に立っている。

「お前、とは私でしょうか。ガンホムは、共に呼ばれたのではないのですね。…でしたら、心当たりは一つしかありません。ガンホムが、私の会話を聞き、団長に報告したということでしょう」

皆私服ではあるが、場の雰囲気に合わせ、ディゾールは言葉遣いを改める。そう、ここは(きゅう)(だん)の場だ。

「…誰と話していた」

(おっしゃ)ることがよく…」

「心当たりは一つしかないのだろう。とぼけるな」

「……。私の(おい)です。音の剣の主、セルシア」

アザレイはディゾールを観察した。確かに彼の風貌(ふうぼう)はイグラス国内においては異質だ。目の薄灰色の虹彩(こうさい)に、瞳孔(どうこう)が無いのである。しかし、(ぞく)世界のいずれかの出身だと思っていた。まさか、完全な異世界から来ていたとは。

「…長、ということか」

アザレイが(うな)る。しかしディゾールは真っ()ぐな目で否定した。

「いえ、私は長を放棄しました。そして、かの世界で死亡し、イグラスで()(せい)されました。手引(てび)き下さったのは大魔導師殿です」

「……またあの人か…。良いだろう、それは一旦、信じるとしよう。それでお前は、これからも戦えるのか」

「問題ありません」

「甥相手でも?」

「二言ありません」

「良し、戻ってよい」

アザレイがそう結論づけると、ガンホムが意を決した様に口を開いた。

「待ってくれ、団長殿。こいつは内通者だ。甥っ子と仲良く世間話してたんじゃねえんだ。何か取引をしていたんだよ。」

「…ディゾール。会話内容の説明を求める。ガンホムを納得させよ」

(かしこ)まりました。…じゃあ、言うけどよ。あいつに声を掛けられた時、俺は最初、俺だってことを否定してたんだぜ。お互い()(こん)が生まれるからと思ってよ。知ってるのは俺だけで良いと思ってた。馴れ合う気は無かったんだ。そこは聞いていたか?」

「…いや、何か(いら)()っている様だったから、騎竜を降りた後から聞き始めた。そこまでは知らん」

「ま、良いけどさ。あいつがあんまり執拗(しつこ)いんで、口を(すべ)らせちまって俺だとバレたんだ。それであいつは完全に警戒(けいかい)(ゆる)んだ様で、取引を持ち掛けてきた」

「やっぱ内通じゃねえか」

「まあ最後まで聞けって。その内容は、コトノ主様をくれてやるっていうもんだった」

「……何だと?」

ガンホムが(おどろ)いた様に耳を向けた。アザレイは注意深く目を細めた。

「それであの時、コトノ主を捕まえられたのか」

「そうです。元々〈卵〉の確保が第一目標。剣の仲間を取り逃がしはするが、その呪術の発動元を探知することで〈卵〉本体の場所が分かる。その情報を私に教えたのが甥でした。内通者は私ではない、甥の方です」

英共(えいども)はコトノ主から守護を頼まれていた。その為に〈卵〉は水の剣の主を合流させた。それなのに守護を(ほう)()し裏切ったのか、音のは」

「はい。奴は(しょう)(もう)(せん)になることを恐れていました。恐らく光の剣の主が(きゅう)()(おちい)っていることを聞いていたのでしょう。仲間を選び、大義を捨てたのです」

アザレイは得心(とくしん)した様に(うなず)いた。そして厳しい目をディゾールに向ける。

「…なるほど、そういう人間か…音のは。であれば、お前がすべきことは何だった?」

「……コトノ主様を()(かく)すること、です」

「捕獲した後は?」

「………団長に進言するべきでした。消耗戦の続行を」

ディゾールの眉間に深い(しわ)が入る。理解しているが、言いたくはなかったのだろう。

「そうだ。そこで甥を気遣ってしまった辺り、甘いと言わざるを得ない。次はないと思え。

 …しかし、撤退(てったい)の指揮をしたのは私だ。()(もの)()(ぜん)だと思わず、食って満足したのは私だ。ディゾールに撤退しろと進言された訳でもない。ディゾールを()めることはできまい。

 …謹慎(きんしん)ではなく、(きゅう)()を与える。ウルスラの顔でも見てこい」

「アズ!?流石(さすが)にそれこそ甘いんじゃねぇのか」

ガンホムが思わず大声を上げる。アザレイはあくまで真剣な顔だ。

「ガンホム。お前もディゾールも、俺の大事な部下なんだ。この程度の瑕疵(かし)(そこ)ないたくない。お前等の仲に()(れつ)が入るのも困る。そうだ、お前も休暇を取れ。ディゾールを見張っとけ」

「何でぇ!!?」



即日休暇とされて、アザレイの邸宅(ていたく)から二人は放り出された。

「もー!アズもディズも皆甘々なんだからー!!」

「ガンホム、その巨体で騒ぐな。目立つからよ」

「俺今マジでキレてんの!分かんないかなぁ!?」

「キレると言葉遣いおかしくなるんだな、お前…」

ディゾールが笑うと、ガンホムが肩を組むフリをしてリアチョークを仕掛けてきた。

真面目(まじめ)にヤベェ事態だと思って俺報告するまで二日も(なや)んだんだぞ!?クソ、こんなあっさりお(とが)め無しにしちまうなんて…」

「やっやめろ…!お前その身長は…()まる絞まる…!」

ディゾールがガンホムの腕を叩く。ガンホムは目が見えないから相手の顔色で加減が出来ない。ガンホム基準の「こんなもんか」で解放されて、ディゾールは(しばら)く立ち上がれなかった。道行く人の視線が痛い。

「あー、しかしディゾールとデートさせられるとはなぁ。これが公開処刑(しょけい)かー」

「ゴホッゴホッ…へっ、(くま)みてぇなお前の隣じゃ俺ぁさぞ絶世の美女に見えるだろうよ」

「ウルスラちゃんに新しいパパだよーって紹介すんの?」

阿呆(あほ)、本気にしたらどうすんだよ。お前片親の子の気持ち分かってねぇだろ」

ディゾールの思わぬ真面目なトーンに、ガンホムはハッと反省した。

「…いやごめん、軽い気持ちの軽口だった」

「いやまあ、パパ二人は流石に(じょう)(だん)だってウルスラも分かるけどな」

「俺のこのしょんぼりした気持ちは!?」

「うん?面白いからそのままにしとこう」

えーっ!と戦友が不平を()らす。リアチョークの仕返しだ。しかしリアチョークも彼の内通疑惑の仕返しなのだから、もう泥沼(どろぬま)である。仲良くしておきたいから「こんなもんか」と彼も相手を解放することにした。


「…ところで、実際ガンホムにはウルスラに会ってほしいとは思ってたんだ。俺の()(きょう)ではな、時折(ときおり)めちゃくちゃ耳の良い奴が生まれるんだよ。音の民って言うんだけどな…どうやらあの子もそれらしいんだ。だから同じく耳の良いガンホムなら、あいつの悩みとか、分かるんじゃないかなって。故郷では他にも音の民が居たから相談も出来たんだろうけど」

ディゾールは彼の子、ウルスラが在籍(ざいせき)する学園に向かって歩き出す。ガンホムはディゾールに肩を借りて付いてきた。段差では段に()りを入れてやったり、曲がり角では自然と止まってやったり、誘導(ゆうどう)するディゾールも慣れたものだ。

「お前は違うのか」

「俺は音の民じゃない。音の民は子供が出来ないんだ。ウルスラには(こく)な話だから、それはまだ教えられない…」

ただでさえ、左の(がい)()がないことでイジメの対象になっているかもしれないのだ。これ以上他人との差異(さい)を意識させたくない。

「ははぁ、なるほどなー。一代限りの(とく)()体質ってことか」

「右に曲がるぞ。…そう、例の甥のセルシアもそれだ。そんな奴が音の剣を取ってる。耳が良い上に音を(あやつ)れるってのは、敵に回すとかなり厄介(やっかい)だ。何とかこっちに寝返らねぇかなー」

話題をそれとなく変える。そろそろ学園の誰かとすれ違ってもおかしくない距離まで来ていた。

「一対六でもアズなら全部(さば)けそうだけどな。二対五にはならなくても、一対五にできると楽かもなぁ」

「戦意喪失(そうしつ)、もしくは不和不信の状態か。…水の剣の主とは対立させられるかもな」

「ああ、コトノ主様を売ったことをバラすのか」

「仲間を救う為だったとはいえ、自分とこの神様を売られてる訳だからな。イグラスの人間くらい信仰(しんこう)(しん)があるなら絶対に許さないだろうさ」

「やっぱディゾールは陰湿(いんしつ)だなー、ウルスラちゃんの将来が心配だ」

「ウルスラ?あいつは俺似だから大丈夫だよ、多少性格が悪くても顔と人当たりが良けりゃ何とでもなるのさ」

「えっ?ディズって他の奴には人当たりいいの?」

「えっ?お前にも昔は良かったろうがよ。覚えてない?ずっと丁寧語で気さくにニコニコと話し掛けてたのに」

「えー?性格が声に(にじ)み出てたんじゃねえかな」

「いや、むしろお前がそうやって無い腹探るせいで性格(ひね)くれたんじゃねえかな…」

暫くそうやって思い出話に花が咲く。

もうイグラスでの生活も十二年目になる。戦友共は(そろ)いも揃って曲者(くせもの)ばかりだが、愛着だって()いてきている。子供も出来た。そんな自分が向こうに寝返ることなどあり得ない。

そう、向こう側には。


学園の守衛(しゅえい)室で連絡を取る。今日は学園も休日だが、外出申請をしていない(りょう)(せい)大抵(たいてい)学園内か寮におり、保護(ほご)(しゃ)であれば呼び出して貰える。

果たして。

「お父さーん!!」

天使が走ってやって来た。

親の(よく)()ではない。現に、すれ違う上級生達も皆振り返っている。薄紅(うすべに)がかった銀髪に銀色の瞳を持つ天使は、父親の真似(まね)なのか左の外耳が無いのを(かく)す為なのか、左(あご)の横から三つ()みを()い、(ほほ)を上気させ大きいローブをはためかせて走って来、ディゾールに抱き着いた。

「はぁ本当に、いつでも可愛いなぁウルスラは!ただいま、遠征(えんせい)から無事に戻ったよ。元気にやっていたか?」

「おかえりなさい!はい!元気です!あ、えっとお兄さんはガンホムさん、ですよね?」

「お?何、俺のこと知ってるの?初めまして、ウルスラちゃん。俺はディゾールの(どう)(りょう)のガンホムだよ」

ガンホムが右手をディゾールの肩に置いたまま、左手を差し出す。ウルスラが(きん)(ちょう)しながら両手でその指を(にぎ)った。小さい。ガンホムの(てのひら)まで届かない。(ある)いはガンホムの手が大き過ぎるからかもしれないが。

「はっ初めまして、ガンホムさん。父がいつもお世話になっております」 

「おう、いつもお世話してます」

「人の肩に(つか)まりながら言うセリフじゃねえだろ」

「持ちつ持たれつしてます。でもよく俺のこと分かったな?ディゾールが俺の話でもしてた?」

「いえ、お父さんはあんまり仕事の話は…。カレンに聞きました!」

「ああー、アズの妹さんね!そうか同級生か。それなら納得(なっとく)だ!」

カレンは不思議な存在だ。貴族の子ではないが、大魔導師の母親についてたまに王宮近くまで出入りしている。そして母親が王宮で用事を済ませる間、兄やその部下達の訓練(くんれん)を見学しに来ることもある。大魔導師の娘ともなると、色々と特例なのだ。

「カレンちゃんとつるんでるのか。あの子も目立つだろうに…大丈夫か?嫌な目に()ってないか?」

「お父さん、そういうこと言うの駄目ですよ」

「本当しっかりしてんなウルスラちゃんは…ディズに(つめ)(あか)(せん)じて飲ませてやりたい」

ディゾールは(せき)(ばら)いをした。

「いや失礼、そうだね。皆と仲良くするのが一番良い。ただ、お父さんはお前のことが心配なだけだ」

「大丈夫です。たまに嫌なお兄さん達に泣かされることもありますけど、やっつけてくれるのはカレンなんです。魔法で、でやー!って」

訓練に()ざりたがり、どこかから魔法で剣を取ってくるあのお(てん)()(むすめ)がいかにもやりそうなことだ、とディゾールは天を(あお)いだ。

「そうなのか。でも、今度からはカレンちゃんを止めなさい」

「えっ…」

「どんな事情があっても、暴力はいけない。魔法も物理も駄目だ。友達にそれをさせるのはもっと良くないぞ。お前が泣かずにそこで()(まん)し、後で手を(よご)さない方法でやり返せば良いだけなんだから」

ディゾールの(となり)でうんうんと頷いていたガンホムは、最後であれ?と首を(ひね)った。

「分かりました…!手を汚さない方法で、ですね!」

「そうそう。相手が反論出来ない大人や(えら)い人を味方に付けておくともっといいぞ」

「はい!」

「ああ…ウルスラちゃんがディゾールになっていく…」

「お父さんは僕の目標なので!(うれ)しいです!」

ディゾールは得意そうにガンホムを鼻で笑った。

「そういえば、お父さんに教えようと思ってたんでした。僕、(せい)()(たい)に選ばれたんです!」

「そうか…すごいな。…歌を歌うのか、ウルスラが」

ディゾールの中で、(おさな)いセルシアとウルスラが重なる。置いてきた弟。今ここにいる息子。二人はとてもよく似ていて、時折(ときおり)()()()くなる。

「…駄目、ですか?」

ディゾールの表情を(うれ)いと取ったのか、ウルスラが不安そうに問う。

「……いいや、お前の(てん)(しょく)になると思うよ。(はげ)みなさい。そうだ、お前の耳のこと、このガンホムに相談するといい。こいつは目が見えない分、人よりとても耳が良いんだ。騎竜の鳴き声だって聞き分けられるんだよ。きっとお前の助けになってくれる」

「すごい…!ガンホムさん、宜しくお願いします!あの、何かあったら、お手紙…は駄目か…えっと…」

「カレンちゃんと一緒に見学に来るのはどうだ?」

ガンホムの提案に、ウルスラの顔がぱあっと(かがや)いた。ウルスラに剣を持たせるのは…と以前のディゾールなら(なん)(しょく)を示したかもしれない。しかし、歌の道に進ませるか、剣の道に進ませるか。それはウルスラが将来、セルシアになるか、ディゾールになるかという意味を持つ様に感じられ…父は困った様に笑いながら、曖昧(あいまい)に頷くだけだった。





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