休息と目覚め
玉犬ノノが変化した炎の神に、新生ののち神殿にて待つと言われた剣の仲間達。しかし、神殿に全員で入るには銀竜バッジが必要らしいと分かり、彼等は本格的に新生祭に参加することを決めるのだった。
翌々日には、おおよそ分担が決まってきた。フィーネが掃除、サンリアが料理、セルシアが情報収集に琴の音通りへ、クリスはインカーに付いて宮殿へ。買い物もクリスは文字が読めるので、インカーと共に担当した。
「スッス、重くないか?ありがとうな」
「平気だよー。これでも剣を振るために鍛えてるからねー」
「さすがに初めて泊める人数だから助かるよ。賑やかだと毎日楽しいし…ふふ、人を見上げるのも何だか新鮮だ」
「まあ、滅多にないイケメンだからなー。幾らでも見てられるでしょ」
「そう自分で言える辺りが流石スッスって感じだよ」
普段キリッとした顔をしているインカーだが、笑う時は屈託無く笑う。初日だったら引かれていた発言にも笑ってくれるようになったな、とクリスは澄ましたキメ顔で内心ガッツポーズをした。
『着実にインカーちゃんポイント稼いでるね』
脳内でリノがクスクスと笑っている。
(多分だけど、この子が炎の剣に選ばれてるんだと思うんだよな。ノノさんが炎に転じるっていうのも、実はノノさんが炎の剣なんだろう。サンリアちゃんの鳩がウィングレアスだった例もあるし。だから今のうちに仲良くしとくって訳よ)
『というか完全に狙ってるだろ?』
(…俺の心拍数とか全部読める奴がそれ確認する?)
『クリスの口からそれを聞きたかっただけだよ。でもライサ君を超えるのは難しそうだよね』
(やめろやめろ。インカーちゃんは急ぐと駄目なタイプだ。でも仲良し身内になってしまうのも駄目なタイプ。俺はクールにいくんだよ)
『クリスが!?クール!!?』
リノモジュールはうるさいほど大爆笑し始めた。うるせー、とクリスは思いながら、つられて口元がニヤけてしまう。思えばリノと女子の話をしたことはほぼなかった。クリスがリノにぞっこんだったのもあるが、リノとクリスが並ぶとほぼいつもリノが選ばれるのだ。リノは迷惑そうにしていたし(それでいて店に引きこもると彼女が出来ないと嘆くのだ。贅沢な奴だった)、クリスは当然だと諦めていたが、今は違う。クリスが楽しく遊んでいる間、リノモジュールは傍観することしかできない。自業自得、ざまあみろといったところだった。
「…何ニヤニヤしてんの。数秒しかイケメン保たなかったな」
「何でだよ、ニヤついてもイケメンだろ!」
『どこがクール?』
(これから!これからだから!)
翌日、クリスがノノの部屋に入ると、ヨルルの炎が消えていた。
「じーちゃん、起きてるかー?」
『…ホウ』
「ややこしいな!起きてるんだな?」
『…起きとる。というかずっと、ヨルルの中で薄っすらと意識はあった。ワシは…レオンとサンリアに合わせる顔がない…』
「ああ、捕まってた時の話か…。いや、じーちゃん所詮はフクロウだろ。そりゃ出来ないこともあるよー。気にすんなってー」
『…石になりたい……』
「あのなぁ…サンリアちゃん待ってるんだぞ、早く帰ってやれよなー。何の為に炎の神サマが魔力分けてくれたと思ってるんだよ」
『炎のはまあ、良いんじゃ。コトノ主と違って怠け者じゃし、そんくらいワシに奉仕してもバチは当たらん。サンリアは…絶対怒っとるよなー…軽率に前に出た挙句このザマじゃしなー。ワシ、暫くレオン番ということでは駄目か?サンリアを命懸けで助けてくれたレオンにも、何かしてやりたいんじゃ』
「はぁ…まあ、気持ちは分かるよー。そうだな、ノノさんしかいない時にレオンが起きたら困るだろうし、じーちゃんがここに残ってくれてると助かるかもな。じーちゃんにも魔力補助モジュールが入ってるから、レオンが起きたらプラズマイドに念じてくれれば俺に伝わるよー」
『それじゃあ、そういうことで宜しく頼む』
頷きながら、それにしても、レオンはいつ目を覚ますのだろうとクリスは奥の白い炎を見遣った。もう五日何も食べていない。セルシアが言うには、前に暗闇病を祓った時にも三日寝込んだらしい。今は炎の神の白い炎を貰い、日中は日光も当たり、医療モジュールも効いているが、あの酷い有様を思い返すとゾッとする。どうやら自分は怪我がすぐ治ることに慣れすぎて、瀕死の重傷というものに耐性が無いらしい。今回はサンリアちゃんの方が動揺していて、それを励ますために冷静になれたが、次に死の剣で誰かが傷付いてしまったら…。
『…結論の出ないことで悩み続けるのは僕の英雄の悪い癖だ』
そっと優しくリノが囁く。クリスはレオンから目を逸らし、そうだな、と呟いた。
(ところで僕の英雄って何?リノちゃん)
暫くクリスはその話題に拘ったが、リノは完全に無視した。
「…というお話でした」
夕食後、セルシアが今日聞いてきた詩を披露する。
「すっげぇなセルさん…毎日こんな歌聞いてたら、もう私、自分じゃ歌えないよ」
「そうね、私ももう…三ヶ月位?一緒に旅して毎日のように聴いてるから耳が肥えちゃって。鼻歌歌おうとしたら頭の中でセルシアの歌声が聴こえてくることあるわ」
「あるある!まあホントにセルが軽く歌ってる時もあるんだけどな」
「おや、光栄ですね。そんなに僕の歌を気に入ってくれているとは」
セルシアが莞爾と笑んで、フィーネの方を向く。セルシアの歌にうっとりとしていたフィーネはハッとして居住まいを正した。
「やっぱり、セルシアさんは歌っている時が一番素敵です」
「…それは、褒め言葉ですか?フィーネ」
複雑そうな顔をしてセルシアが尋ねる。
「えっ…?そうですが…」
「フィーネちゃん、セルはいつでも「いえ、良いんです。良いんですよー。気にしないで下さい!」
クリスが解説しようとしたのを、セルシアは焦った様子で遮った。
「さて、歌の内容の話をしましょう!今まで紹介した中で仮装を決めるなら、僕は唄神ルイネ、フィーネは水神キャミ、サンリアちゃんは風の精霊ミフネが良いかなとは思うんですが、レオン君とクリス君が難しいところですよね」
「レオンはやっぱり…ミフネの導きを受けた勇者ヨークじゃないか?」
「えー、勇者って地味じゃないです?所詮人間というか…」
セルシアが首を振る。確かに勇者が着飾るイメージはあまり無い。
「そこは仮装のみで競うんじゃなくて、出し物の派手さで補おうぜ」
「…まだ本人起きてないんだから、レオンのことは置いときましょうよ」
サンリアが呆れた様子で口を挟んだ。
「私もそれが良いんじゃないかと思うな。起きた時にお前祭でこれやれよって突然言われても困るだろ。本人の意思を聞いた方が良い。
それよりスッスの方なんだけど、本物も見たとこだし、炎の神リンリにしたらどうだ?」
「炎の神かー!情熱的な俺にぴったりだなー!」
「まあ、本物見たから私が作りやすいってだけなんだけどな…」
インカーが苦笑する。それを聞いて皆は驚いた。
「インカーちゃんが作ってくれるの!?てっきり業者とかに頼むんだと思ってた…。それなら俺も手伝うよー、小物や彫金は得意なんだー」
「へぇ、意外ね!私も裁縫なら出来るわ」
「私は、お裁縫はあまりやったことがなくて…。切るのなら任せて下さい!布でも金属でも、何でも切れますよ!」
フィーネが両の拳を握ってみせる。確かに水の剣を使えば切れないものは無いだろうが、今の発言はちょっとギリギリだなとサンリアは思った。
「僕はそれじゃ、木細工と革細工でもやりますかね。ティルーンの修理もしながらですが…」
「あ、ティルーンに木材が必要なのか?悪いが、木材は貴重品なんだ」
「ああ、大丈夫ですよ。殆どの素材は乾けばそのまま使えそうですし、駄目になってしまったパーツは自分で稼いで調達します。琴の音通りのサロンのオーナーと短期契約してきました。新生祭まで、一日五金で」
「一日五金!!?」
話を屋上でこっそり聞いていたらしいライサが窓から飛び込んできた。
「歌ってそんなに稼げるのか!?砂運び一月やっても一金いくのがやっとだぞ!!?ホントに歌うだけで!?!?」
「馬鹿ライサ、誰にでもそんな金額払う訳ねーだろ。セルさんの歌だからそんだけの価値があるんだよ」
「いやそうは言ってもこの街じゃ無名じゃん、まだ!」
「一昨日ふらっと歌ったら昨日噂を聞いてお客さんが溢れたそうなので、余所で歌いますねと言ったら引き止められてしまいまして」
「で、伝説だ…」
本物の唄神が目の前にいるような錯覚を起こしてライサは震えた。
翌日、早速衣装の作成に取り掛かることになった。
風の精霊ミフネは猫の姿でよく表される。インカーが昔使っていた犬耳を少し手直しして猫耳をまず作ってくれた。
「私に猫耳?似合う訳ないじゃない…」
サンリアはめちゃくちゃ渋ったが、これが無いと始まらないからと押し切られ、仕方なく黄色の猫耳を付けた。その時、
「おい、じーちゃんから連絡だ!レオンが目を覚ましたようだぞ!」
クリスが突然飛び上がり、不在のセルシアを除いたインカー、サンリア、フィーネ、クリスで玻璃砂宮に走った。
皆が駆け付けると、レオンは寝かされていた岩の上から転がり落ちていた。じーちゃんが寄り添っている。
「レオン!大丈夫か?!病み上がりなんだからじっとしとけ!」
「レオン、レオン…!良かった、起きてくれて…!!」
クリスとサンリアが駆け寄る。フィーネはインカーの死角に座り、レオンの口に少しだけ水を含ませた。
「…ああ、ごめん…ありがとう、また俺、寝込んでたみたいだな…」
『レオンが起きたので、ひと通りの経緯を説明したんじゃが、混乱しとるのか急に動こうとしてな。体が追い付かずに落ちてしもうた』
じーちゃんが説明する。インカーは面食らった様に突然念話で話し出したじーちゃんを見たが、空気を読んで何も突っ込まなかった。
「そりゃそうよ、もう…六日…七日?何も飲まず食わずで昏睡状態だったのよ。動ける訳無いじゃない…馬鹿」
「サンリア?何だその耳、可愛いな」
「はっ!!?」
レオンに指摘され、サンリアは頭を押さえた。そういえばミフネの猫耳を試着したままだった。顔に血が上るのが自分でも分かる。
「…これには深ーいワケがあるのよ。覚えてらっしゃい、あんたは後でもっとすごい格好にしてやるんだから」
「おいおい、あんまり私のハードルを上げないでくれ!初めまして、レオンちゃん。私が今この街でサンちゃん達に協力してる、犬飼のインカーだ。詳しい話は置いといて、まず人間取り戻そうや。このまま皆でうちに連れて行くが、構わないか?」
レオンが弱々しく頷くと、インカーは良しと言ってレオンをお姫様抱っこで抱え上げようとしたので、慌ててクリスが役割を代わり、レオンの膝を抱えて俯きに肩に担ぎ上げた。セルシアに借りているマントの下の衣類は酸で焼かれてボロボロなのだ。お姫様抱っこでは色々と危険すぎる。
「あぶねー、知らんイケメンのお姉さんにカッコよく抱かれるとこだった。サンキュ、クリス」
レオンがクリスの背中に小声で感謝を述べる。
「勘違いするな、俺が守ったのはインカーちゃんの方だ。俺だってあのおっぱいにまだ触れてないのに」
クリスが小声で言い返す。あられもない下心に呆れたレオンは自分の指の感覚がだいぶ戻ったのを確認すると、クリスの脇腹をくすぐった。
「だあっひゃっは!」
「うわやめろ捩るな落ちる!」
「お前のせいだろうが!?」
「馬鹿が増えたわね…」
後から付いて歩くサンリアがやれやれと溜息をつく。フィーネはそんなサンリアの様子を見て安堵した様に微笑んだ。