新生祭に臨む
フィーネは砂漠の地底都市の中でも治安が悪い危険な場所に行こうとするセルシアの心配をする。やり取りの中で彼女の手強さに触れたセルシアは、フィーネに惹かれていくのだった。
フィーネとセルシアは玻璃砂宮の前で皆と合流した。ライサはいなくなっていた。
「来たね。それじゃあ私に付いてきて。離れると守衛が怖いよ」
一同が頷くと、仔犬達が周りを取り囲む。護衛の陣でもあり、護送の陣でもあるのだろう。インカーは気にせず先を歩き始めた。
透明なガラス張りの巨大な部屋が正面にあった。柱や梁に支えられながらずっと上まで伸びている。日光が見えるので、地上まで続く縦穴の部屋らしい。中は砂と岩の殺風景な様子で、何も居ない。
「ここはこいつら…ノノさんの子供達の部屋だ。仔犬は多くて世話の目が足りないから部屋がガラス張りになってる。ココ、腹減ってるならもういいぞ?ノノさんとこまで付いてこなくても」
ココと呼ばれた黄色の玉犬は、少し名残惜しそうに部屋を眺めたが、歩みを止めることなく付いてきた。
「貴女の言葉が分かるのね」
「玉犬は人間より賢い。仔犬でも人間の言葉くらいしっかり伝わるよ」
「へぇ、可愛いのに凄いんだ。触ったりしたら駄目かしら?」
「ガキみたいな触り方しなけりゃ、基本的には大丈夫だぞ。声掛けて確認取れたら尚良いかな」
「大丈夫よ…、おいで、貴方を撫でてみたいの。撫でてもいい?」
サンリアが自分の右にいる真っ白な玉犬に声を掛ける。
「その子はリリだ。名前呼んでみるといいかも」
「リリ。私はサンリアよ、宜しくね。仲良くしてくれる?」
呼ばれたリリはちらとインカーを見、それからサンリアの顔を見て、サンリアの方に寄ってきた。体高は歩いているサンリアの手の高さまである。そっとサンリアがリリの背中を撫でる。
「わ、こんなに大きい生き物なのにふわふわの毛並み…」
「手入れ次第さ。ミミやテテは手入れする相手を選ぶからそこまでふわふわじゃない」
言われた水色のミミは、心外だと言うようにフィーネに擦り寄った。フィーネがミミを撫でる。
「貴方もふわふわですね」
「ミミはフィーちゃんがお気に入りかー。フィーちゃん雇うか」
「えっ!あ、でもお役に立てるなら是非…?」
「別に働いてもらわなくても、お客人を四、五人くらい、半年でも歓迎できるけどね。私これでも犬飼っていう名誉職だから。暇で仕方ないとか興味があるとかなら勿論断らないよ。祭で遊ぶための小遣い稼ぎくらいにはなると思う。さて…この向こうのデカい広間がノノさんの部屋だ。坊主は起きたかな?」
街を支える岩柱一本分の幅はあろうかという長い壁。その真ん中の大きな扉に、インカーは手を掛けた。
玻璃砂宮の名に相応しい壮観な玻璃の内壁を持つ広い縦穴部屋の中に居たのは、赤く煌めく雄々しい異形だった。人型だが身の丈はノノと同じくらい、頭髪は紅蓮の炎、同じ色の口髭、ノノと同じ金色の瞳、鏡の様な色の無い玻璃の肌、輝く白い外套、黄金の鎧、リンの炎の様な蒼い腰帯。朱く逞しく燃える翼を広げ、天の光と玻璃砂宮の壁の光を身に受けて玻璃の玉体が複雑に輝いている。
「まさか…炎の神様…!?」
インカーが部屋に転がり込んで膝を付く。
『…犬飼のインカー。ノノとその子達が世話になっているな』
「なっ名前を…ありがとうございます…玉犬様のお世話は私の喜びです」
『お蔭で、ノノの体が私に耐えられるまでになった。炎と転ずる時も間もなくである。だが、その前に私の力が必要なのだとノノに聞いた。古き友と新しき友が眠りについていると』
サンリアがハッとして前に飛び出す。背負袋の口を開けてシロフクロウを床に下ろした。
『…魔力を奪われたか。宜しい、娘は下がって居よ』
炎の神が白い炎を指先に灯す。その指をシロフクロウに向けると、シロフクロウが炎に包まれた。
『それ、そちらも』
次に指差したのは部屋の中央にある岩の上に寝かされたレオン。同じく白く燃え上がる。しかし不思議と火傷や焦げの匂いはしない。燃えているのは体ではないようだ。
『この炎消える時、眠りより醒めるであろう。英の子等よ、炎の剣の仲間を求め、よくぞこの世界まで来た。新生ののち、神都の神殿にて待っているぞ…』
炎の神が金の瞳を閉じると、全身が赤い炎に包まれ見えなくなり、やがてその炎はノノを吐き出して消えた。飛び出したノノは、白い炎に包まれたシロフクロウと少年を見ると、満足そうに、自慢気にインカーに近付いてきた。インカーが我にかえってノノを労う。
「インカーちゃん、今のは…」
「スッスにも見えてた?私の幻覚じゃないよな?あれは…ノノさんが化けた炎の神様…だったのかな。ノノさんが炎の神に耐えられるようになったって言ってた?炎と転ずる時が間もなく…?」
「英っていうのは僕達の事です。その呼び方をするのは間違いなくこの世界の長。さしずめ炎の神が長なのでしょう。神殿で待つと言われましたし、僕達は新生祭が終わったら神都に向かわないといけないようですね。
いやしかし炎の神…巨大な宝石が燃えているのかと思いました、力強く煌めく男神だったのですねぇ」
「炎の神は男とも女とも言われてるんだ。でも今は男の姿だったね…あれほど神々しいとは思わなかった…」
「あっ、じーちゃん!」
サンリアが声を掛ける。シロフクロウが燃えながら羽ばたいたのだ。そのまま飛び立ち、レオンの傍に降り立って、ホーッと鳴いた。サンリアは落胆した。
「違う…まだヨルルだわ…あの炎が消えるのを信じて待つしかないのね」
「でもフクロウさんが苦しそうではないようで、良かったです」
「…フィーネ。じーちゃんって呼んであげてね。嫌がるから」
「おじいさま、ですね。分かりました!」
「インカーちゃん、あの炎がどれくらいで消えるかとか分かるー?」
「いや、私も初めて見る炎だ。勢いが変わるようだったら計算もできるかもしれないが、変わらないしな…何で燃えてるのかも分からないし…」
「そうかー、看病側が近付けないような炎だと困るけど…まあレオンは体力もあるし、あと数日は様子見てもいいか…じーちゃんのフクロウは普通に動けるようだし、餌あげに来がてら暫く通うけど、いいかな?」
「ああ、勿論良いよ。スッスが看病すんの?」
「俺、こう見えても皆の医療班だから。人体への知見も一番ある」
「へぇ…医者ってこと?頭良いんだな、スッス。尊敬するよ」
「ま、まあ、付け焼き刃なんだけどねー。もっと褒めてもいいよ」
手放しに褒められてクリスが照れる。
「いや、付け焼き刃の方が大変だろ。それまで医者の仕事してなかったってことだろ?凄いよ。普通そんな一朝一夕で医者になんかなれないぞ」
「え、え、どうしよう。もっと褒めてって言ってホントに褒めてもらったことなんかなかったよー!インカーちゃんって天使?」
「…あれ、なんか不味かったか?」
インカーがフィーネに尋ねる。フィーネはニコニコと首を振った。
「クリスさん凄く喜んでますし、大丈夫だと思います!」
まあフィーネならそう言うわよね、とサンリアは笑いを堪えた。
「そ、そっか…。とりあえずここでの用事は済んだし、そろそろ家に案内しよう。飯を買いに行かせたライサも帰ってる頃だ」
ノノと別れ、インカーが仔犬達を仔犬部屋に返した後、皆で玻璃砂宮の外に向かう。クリスは気になっていたことを聞くことにした。
「インカーちゃんとライサって付き合ってるのー?」
「ええ!?無い無い!あいつはただの屋根モンだよ。小さい頃から私の家の屋根に住んでるのさ。屋上人は大抵親のない子がなるもので、屋根に住まわせてもらう代わりにその家の労働力になる。何となく寝覚めが悪くて少し賃金渡してたら、そのまま十八になるまで住み着いちまった」
「そうなのかー。じゃあ彼氏は?」
「いないよ…いたらセルさんやスッスなんか泊められないよ」
「えー!こんな面倒見いい優しい子なのにいないとか皆見る目無いな!」
「意外でも何でもなく可愛くないからじゃねーの。後はまあ、ライサが住んでるから敬遠ってのはあるかもね。別に要らないけどな、彼氏なんて」
「顔は可愛い。俺ドストライク。背が高いのもアリ。言っても俺の方が高いし。性格はちょっぴりドライかもしれない。だが、それがいい」
「…スッス声に出てるけど大丈夫か?こいついつもこんななの?」
「本来はそういう奴よ」
「ええ、ようやく元気が出てきたなぁと微笑ましく思ってますよ」
「はぁ、そりゃ良かったねぇ…」
セルシアの笑顔に毒気を抜かれた様に、インカーは緩く笑った。
「へー、じゃあ本当はもう一人いるんだ」
ライサがタピという平べったいパンのようなものを噛りながら喋る。卓上には屋台で買った肉団子、タピ、香辛料が効いたスープの鍋、乾燥したデーツの様なものが置かれている。水が来たからスープの店も出てたんだ、とライサが嬉しそうに並べてくれたのだ。肉一辺倒でなくバランスの取れた思いがけない贅沢な食事に、皆ライサに感謝した。
「そうよ。私達、そいつが目覚めたら、そんで新生祭が終わったら、神都の神殿に向かうの」
「ん?それは銀竜バッジ狙うぜーってこと?」
「そうじゃないけど!?」
「でもそれじゃあ、どうやって神殿に入るのさ?」
「えっ…難しいの?」
ライサに指摘されたサンリアがインカーを見る。インカーは首を振った。
「私はモモ達…玉犬の仔犬達を神殿に連れて行く仕事があるから、私のお付きってことにすれば、一人か二人くらいなら入れると思うよ。それ以上は無理だな。炎の神に呼ばれたっつっても…そんな騙り幾らでもいるだろうし…全員で入りたければ、それこそ銀竜バッジが必要かもだ」
「俺は今年も賭事の銀竜狙うから、そこは狙わない方がいいぜ。歌、踊り、料理、出し物、仮装、くらいか?酒飲みは体格的に無理だろうし、売上は元手が無いとどうにもならんし。宝探しはただの運だから駄目だ」
「えぇ…本当にやらないと駄目…?」
「まあまあ、皆で楽団作って僕が歌えば大丈夫でしょ」
セルシアの楽観的過ぎる発言にライサは目を見開いた。
「セルさんすげぇ自信だな…。やっぱその背負ってる楽器っぽいのは伊達じゃないのか」
「あ…そうだった。ティルーンをどうにか修理しないとでした…」
「ああ、そういやそれ水浸しになったんだもんなぁ。新生祭までに直るといいけど。とりあえず保険で他の皆もそれぞれ何かに挑戦した方が良いんじゃないか?フィーちゃんとか踊れないの?」
「お、踊りですか!?やっ…てはいましたが、水の神の巫女ですので…。皆様に喜んでもらえるレベルかどうかは…」
フィーネがインカーに話を振られてもじもじと俯いてしまう。
「私は出し物かなぁ。魔法で空飛ばせるか…」
「俺はー?何かないー?」
「自分で考えなさいよ!」
「スッスはタッパあるし仮装映えするんじゃないか?というか、仮装は全員やろう。その方が何するにもウケが良いから」
「良いな!唄神ルイネや水の神キャミ、風の精霊ミフネと勇者ヨーク、狼神ズズ、炎の神リンリ、古の女王アバテア、嵐のバフマ、砂の亡霊ソソワキ達、太陽の子マグナ、空の民ニーコリャ、暁の女神アウラ、うーんまだまだネタはあるぞ!」
「それ全部聞かせてください!」
セルシアがライサに向かって身を乗り出す。伝承やサーガの類は詩人の大好物だ。ライサは両手を上げて仰け反った。
「ま、待って俺もうろ覚えのやつもあるから…。インカーとかのが多分詳しいから…」
「まあ、仮装するならテーマさっさと決めないと時間無いし手伝うけど。決まったらその後はライサが相手してくれよな」
「あわわ…とりあえず知ってそうな奴に聞いて回るか…」
ライサはこの時ばかりは自分のよく回る口を恨むのだった。