挿話〜朝の密会〜
交わされる密談。真実を語っているのは誰なのか?
短い白髪の若い男が一人、早朝の庭園を散策していた。否、実際は若くはない。突出した技術を自身に使うことで若返りを得た、半人半機の男だ。表向きはもう少し威厳のある老いた器を使用しているが、独りでいる時はやはり本来の姿の方が落ち着く。
彼が整備された池に足を向けると、彼を呼ぶ声が聞こえた。
『カミナ、カミナ。聞こえますか』
「コトノ。久しぶりだな」
彼が返答する。するりと池の水が持ち上がり、美しい女神の像を結んだ。
『はい、お久しゅう。…カミナ、英の皆の動向は把握していて?』
「いや、俺にはそんな能力はない。俺が見渡せるのはこの国の中だけだ」
『ふうん、やっぱりナノマシンって難しいのね。水のようにどこでも存在を許されるものを扱えたら良かったのにね』
「まあ、そのうち森も克服してみせるさ。俺が追いつくまで気長に待て」
『やだぁ、おばあちゃんになっちゃう』
「…何か機嫌がいいな。我が子達がどうしたんだ?」
『そうそう、用があったのです。気付いてくれて良かったですわ。
…サレイがかなり干渉しているようなのです。ナギラが封じられました。あの人間を動かせませんか?サレイのことを伝えたらどうでしょう?私達の目的…全ての世界と森の維持に、今の彼なら賛同いただけるのではないかしら。』
「利害や理屈で言えばそうだがな。…まあ、声は掛けてみるが。期待はせん方がいいぞ」
『ありがとう。やはりサレイは危険です。大元の目的が私達と異なる。英の皆への情報の伝え方も恣意的で…のままでは…が無駄に…』
コトノ主の声が遠くなる。カミナははっとして声を掛けた。
「どうかしたのか…?」
『通信が…途切れ…そうなのよ。やっぱり…これだけの水溜まりじゃ…』
形を保つのも限界なのか、ぐずぐずと女神の像が崩れていく。
「コトノ!お前は今、どこにいる!水の宮殿ではないのか!」
『いえ…私は…を離れて…愛しき父様の…く途中…彼らと…しょに…どうか…心配なく…』
「愛しき父様だと…!大いなる神の子よ、何故…いや、俺はどうしたらいい!?」
『またね…また、会えるわ…』
それだけを伝えると、池の水は再び平たくなり静謐に戻った。カミナは慎重に、コトノ主の言葉を反芻する。また会える、とは、つまり。
「そういうこと…なのか?コトノ…」
それは長としての彼女の意志なのか、はたまた水の神の予言能力か。いずれにせよ、事が起こる前に急がなくてはならない。
「コトノ主様。そろそろ出立のお時間です」
森の中の小さな泉に浸る美しい女神に向かって、ディゾールは声を掛けた。
『…承知致しました。私のためにお待たせしたかしら』
「いいえ、団長殿は貴女のことなどただのトカゲとしか思っておりません。刻限になれば釣り上げて終いだと」
コトノ主は泉から上がり、その金髪の騎士を面白そうに見遣った。
『…ディゾール殿。何故あのような幼き方が、団長を任されておるのです?年齢からも経験からも、貴方の方が適任でしょうに』
ディゾールは目を光らせたが、注意深く何も言わなかった。コトノ主は妖しく微笑み、トカゲの姿に転じた。ディゾールがそれを腕に抱え、そのまま騎竜に跨った。
「アズ。ちょっと大丈夫か?」
アザレイの飛車の扉を開け、真剣な面持ちのガンホムが乗り込んで来た。
「何だ。お前の竜はどうした」
「若いのに任せてきた。話があってな」
気軽に言うが、ガンホムは世間話のために隊を放棄する人間ではない。
アザレイは念話に切り替えた。
『…今、ここでないと出来ない話なのだな』
(ああ。…裏切りの気配がある)
ガンホムに耳打ちされ、アザレイは溜息をついた。彼を中に招く。
やがて伝令が前から後ろまで駆け抜け、長い一日が始まろうとしていた。