使命と旅立ち
純白の剣グラードシャインを抜いた平凡な少年レオンは、異世界の少女サンリアに、七神剣を持つ者の使命を打ち明けられる。突然降ってわいた使命に、レオンは…。
『こりゃ!ワシの孫に変な事を言わせるな!』
「なっ!?」
レオンは飛び上がった。何故か鼓動が物凄く速い。
「じーちゃん!?何訳の分かんない事言ってんの!」
サンリアが驚いて首を巡らすと、フクロウは飛び立ってレオンの頭をつついた。
「でっ…!」
『中々話が進まんから苛々しとったら、とんでもない言質を取ろうとしよって!
良いか、お前しかおらんのじゃ。
剣の主は使命を帯びておる。つべこべ言わず旅に出るんじゃ!』
憤りに任せてバッサバッサと羽ばたくフクロウを、レオンは呆気にとられて見つめた。
「喋ってる…」
『当たり前じゃ!サンリアの説明聞いとらんかったんか!』
じーちゃんの声は耳にはホーとフクロウの鳴き声に聞こえる。しかし同時に、脳内に男の声が聞こえたような気になるのだった。
「聞いてたけど…当たり前か?」
『そうじゃ!』
「…そうか」
…言い切られると反論出来なかった。
「…で、…使命だと?」
『そう、剣の仲間と共に世界を救う義務じゃ。お主が剣の主となったからには、不正なる侵入を排し次元の均衡を守護せねばならん。森によって断絶された各世界にいる七神剣の仲間を集め、森の今以上の拡張を防ぐのじゃ』
「キンコー?カクチョー??」
「…要するに、悪い奴らに操られて森が沢山の世界を壊してるから、そいつらを倒しに行くって事よ」
初めからそう言ってくれよ、と彼は頭を抱えた。彼のポンコツな頭が痛む。これ程の情報量は一度に入れるものではない。
「駄目だ、ピンとこない。森が世界を壊す?」
『お主が今いるこの森は、お主の世界と地続きじゃ。そうじゃよな?そして恐らく、今の森の境界は、お主が昔に覚えていたものより世界側に侵食しているはずじゃ』
「…えっと」
そういえば。
この小さな神社は段々と寂れてきている。駐車場だったはずのスペースにも、今は木々が生い茂っている。レオンは徒歩でしか来ないから気にならないが…、誰も整備する人間がいないから、という理由だけでは無かったのだろうか?
『心当たりがあったか?それはイグラス、武の民の仕業じゃ。武の民により森が暴走しておるのじゃ。
この世界も、後一年もすれば森の侵略により人の営みが埋め尽くされて消えてしまうじゃろうて』
「…まてまてまてまて。俺の世界、っつーか国は、海に囲まれてるんだぞ?
森じゃ囲むのはどうやっても無理だろ!」
「海ってなぁに?」
『湖よりも大きな水溜まりの事じゃ、サンリア。まぁそれはそのうち見られるじゃろ。
…それよりも、レオンとやら。お主は頭が固いのぅ…
異次元は、何も遠く離れたものばかりを指すのではない。
様々な異次元が、お主のすぐそばで交わり合い、世界を共有し合っておるのじゃ。
そして今、一つの次元が破壊されかけている。
だから、これに属する世界は滅びるのじゃ。
つまり、お主のいる世界も、例外ではない。
無論お主の言う国とやら…お主が普段見ている別の次元でのひと区分かの?それは殆どが無事じゃろう。しかしお主が今現に生きておる世界、それがどのくらい大きいのかは判らんが…
その寿命は、持って後一年じゃ。』
「よくわかんね…例えば?」
「例えば、世界中からイチゴの消える呪文があったとするでしょ。イチゴが消えてもケーキは無事だけど、そのケーキの上のイチゴの中にいた虫の貴方は巻き添えで消えてしまうの。」
『それが他の次元においてどの位の影響になるかは分からん。しかし、そうやって次元と世界に裂かれた物は存在してはおられんからな。土砂崩れ、洪水、津波…何らかの災害が起こって辻褄は合わされ、いずれ壊滅的な事になるじゃろう』
「つまり…どんな場所でも森の侵略は起きる。他人事じゃないって事か」
「やっと解った?」
「…あぁ。悪い奴らを倒して森を止めないと、少なくとも俺達の町は危ないんだな、って事は解った」
「貴方の町だけじゃないけどね…まぁ外れてはいないわ」
レオンは枝から飛び降りて、森の外に向かって歩き出した。
『どこに行くのじゃ?』
「シオンに伝えなきゃ…」
『シオン。』
「俺の兄貴。あいつに、逃げろって伝えなきゃ。待っててくれ、書き置きしたらすぐ戻る。今日中にも出発しよう」
レオンはそう言うが早いか、駆け出していた。
『魔女の息子、か…』
フクロウはサンリアにも届かない念話を虚空に放った。
レオンがドアを勢いよく開けたので、音を聞き付けたシオンが嬉しそうな顔をして出てきた。
「おぉレオンか。吉報だぞ!」
「こっちは凶報…てか、何で居るんだ?彼女は?」
「お前に早く知らせてやろうと思って帰って来たんだ」
「知らせ?何だ?」
「彼女に子供が出来たのさ!」
「マジでか!?」
「マジだよ、マジ。お前もついに叔父さんだな!」
「十五で叔父さんかよ…」
苦笑するレオンを見る兄は、今まで見た事もない様な満面の笑みを浮かべていた。
(やっぱり、潮時か)
「…おめでとう、シオン。じゃあ、結婚するんだな」
「あぁ勿論さ!レオンは此処に住んでて良いぞ、俺は彼女の家に婿…」
「いや、俺は。…俺は此処を出る……旅に出るから」
「お前…今更俺に気を遣わなくても」
「そうじゃない…」
レオンは何と説明すれば良いものか分からなかった。自分自身半信半疑なのだ。
「シオンは信じないだろうけど…俺、旅に出て、世界の為に良い事してこようと思う。」
「いきなり…どうした?環境問題か?治安問題か?それとも、まさかとは思うが貧しい国に学校を?お前馬鹿なのになぁ」
「いちいちオチ付けんな!…ん~、治安になるのかな。悪い奴らを止めに行く」
彼がそう言った途端、シオンの顔が曇った。
「お前がどう動こうと、例え騙されていようと、お前が一人前の大人として行動するんなら、それはお前の自己責任だ。だけどな、これだけは覚えとけ。
…世の中に悪い奴はいない。
いるのは、自分が悪いって自覚してる極悪な奴と、訳も解らずがむしゃらに生きてる罪の無い奴だけだ。
よく見極めろよ」
極悪いるんじゃん、とレオンは思ったが、揚げ足取りする様な所ではないと思い頷いた。忘れがちになるが大切な事だ。
「それだけ分かってれば、後は何とかなるだろ。いつ出発するんだ?」
「今日」
「え!?急だな!」
「前から予定してたんだけど、言い出せなくてさ。良いタイミングかなと」
レオンは咄嗟に嘘を吐いた。珍しくシオンは嘘だと気付かない。
「そうか…残念だな、まぁ俺の子が生まれる頃にはいっぺん帰って来いよ。ここは引き払うが、…ほら、これが俺らの住所」
ロープ、ナイフ、などとレオンが思いつく限りの旅支度をしていると、シオンが紙切れを手渡してきた。
「あぁ、うん了解。荷物は適当に処分してくれ。それから…」
「ちょっと待て」
「何だ?」
「何か…ほら、旅に出るならお役立ちアイテムが欲しいだろ、回復薬とか…」
「あるのか!?」
そんなRPG的な。
「いや、さすがにそれは無いけどな。似たようなのならある、ほらこれ、最近見つけた塗り薬だ。お前がよく森に入るから必要になることもありそうだと思って買っておいたんだ。あ、海外に持っていくなら箱もとっとけよ?謎の薬は没収だからな。
えーと確か、麻酔が入ってて即効で痛みが和らぐんだよ。治りも早いらしい」
そう言ってレオンに兄が手渡したのは、一見ただの軟膏薬だが。
「…本当だろうな?」
「俺を疑うのか?」
「疑う理由は一杯あるからなぁ…」
すぐ人の言うことに丸め込まれる弟は、よく兄に揶揄って遊ばれたものだった。
「いくら俺でも祝儀にフェイクは掴ませないよ」
「そうか。なら貰っとくよ」
「おう」
短く返事をして、シオンは弟の顔をじっと見つめた。
「な、何だよ…」
「…いや、何となく長い別れになりそうだから、大事に育てた弟から涙のひとつでも出ないかと思って」
「そんな女々しい事はしねーよ」
今までありがとう、お互い頑張ろうな、とレオンは笑顔で言った。
彼の兄は興醒めした様にそっぽを向いて呟いた。
「…つまらん。またな」
「おう。あ、シオン…ええと、理由とかちゃんとは言えないんだけど。なるべく神社から遠くに住んだ方が良いぞ」
「ん?よく分からんが、彼女の家は中央通りに面してっから結構遠いが…」
「あー、なら大丈夫そうだな。
…それじゃ。」
「…じゃあな」
レオンはもう何も言わず、ニヤリと笑って出ていった。
「やっぱりこうなるんだな…」
〈兄〉は少し寂しそうに苦笑する。彼はとっくの昔から、〈弟〉がやがて世界から乖離することを知っていた。だから高校にも社会にも居場所を作らせなかった。
それ故とはいえ、最後まで〈弟〉に情が移る事が無かったのは、今や愛を知る彼にとって少なからず衝撃的だった。
彼がパチン と指を鳴らすと、生活感を通り越して男臭さのあった2DKが、一瞬にして何もないがらんどうの空間に変化していた。
更に深く息を吸い、長い呪文を呟く。
「呼応。銀鎖は邪を祓い夜に輝く。連結。ひとつ足らざればふたつ、ふたつ足らざればみっつ。重ねて束ねて網と成す。収斂。守るは人、守るは人為、其の生命の営み。連ねて示す。呼応。銀鎖は邪を祓い…」
彼の右手から沢山の銀色に輝く文字が現れて、付近の森や林、山を避ける様にざっと十キロメートル四方を囲んだ。
「こんなとこか…一年は持つだろ。子供が生まれたら、こんな次元おさらばだ」
茶髪の男は溜め息混じりにそう言うと、停めてあったバイクに跨がった。