百竜長たち
イグラス軍に囚われたサンリアは、アザレイにより精神的拷問を受ける。サンリアは絶対に屈しないと意地を見せる一方、彼との語らいの中でどうにか分かり合えないのかと考えるようになる。そしてサンリアが会話中にうっかり漏らした情報を、アザレイは聞き逃さなかった。
イグラスとの戦の日。イグラスが海の都に到着し、森との境界に陣を敷くと、コトノ主がレオン達の前に姿を現した。
『サンリアの居場所が分かりました。イグラス陣営の奥にて、死の剣の主が捕らえているようです。私の権能が届きませんでした…恐らく強力な結界魔術の檻に入れられているようです。風の剣はそのまま持たされているようですから、それですら壊せないのでしょう』
「コトノ主様、感謝します。やはりあちらでしたか。様子などは見えましたか?」
セルシアが片手を胸に当て、膝を曲げた。
『サンリアは気丈にされていましたが、ナギラの姿が見えませんでした。あまり良い予感はしません』
「あのフクロウさんが…。ご無事だといいのですが…」
「サンリアは助けられそうか?」
『檻を回収するにはかなり深くまで陣に切り込まないといけません。…相手は騎竜を持ち出してきています。まずあれらをどうにかして、死角を増やす必要があるでしょう』
レオンがグラードシャインで陣の映像を共有する。
「この黒いデカいの、騎竜っていうのかー。翼あるし、竜に乗って飛んで戦う感じかな。前線に見えるだけで結構数いるぞー?」
クリスが映像を見て十、二十…百くらいか?と騎竜の数を数える。
「…サンリアさんと連絡がつきました。檻は光の剣と死の剣でしか壊せないものだと言われているそうです。レオン君が姿を隠して忍び込むのはどうでしょう」
森から出て同じ世界に戻って来たと分かったセルシアが、早速音の剣を使って連絡を取ったらしい。
「俺一人なら行ける。帰りはサンリアと飛んで帰って来る」
「いや、その時にまだ騎竜がいると危ないだろう。レオンと別に陽動が必要だなー。俺とセル、フィーネちゃんで本隊を引きつけるぞ。コトノ主様の力も借りられそうかな?」
『可能です。しかし私は、レオンとサンリアの補佐を主にいたしましょう。本隊の方は、フィーネがいれば私は不要です』
「正直助かる。体が濡れてると姿を隠してもすぐにバレるしな…」
「良し、じゃあ姫の救出はレオンとコトノ主様だ。死の剣の主は騎竜で出るとは思うけど、その能力が遠隔でも発動できるなら、本陣で待ち構えているかもしれないからなー。油断はするなよ」
イグラスの黒天騎士団が誇る百竜長のガンホムとディゾールは、それぞれ本来騎竜百頭を率いる空挺強襲部隊の隊長格である。つまり、花形だ。百竜長という肩書は戦闘時のもので、彼らは普段は中隊長として騎竜十頭を預かり、そのための旅隊を組んでいる。空挺部隊、俗称竜騎士は騎竜の頭数だけしかおらず、指南役の老兵および従騎士と小姓は重装歩兵、工兵、魔法兵、輜重兵、稀に衛生兵などの役割を持ち、五百人一個大隊、百人一個中隊、二十人一個小隊、十人一班単位での活動が出来るようになっている。一つの班で複数の役割を持つ者が混在することはほぼ無い。工兵は先陣、魔法兵は後方など、配置が異なるためだ。騎竜だけは、どの班でも一頭面倒を見ることになっている。その機動力のため、空に飛び上がってしまえば配置なぞ関係ないからだ。むしろ、ひとところに集めておいてそこに壊滅的な被害があった場合の損害の大きさを考えると、万遍なくバラけて配置されていた方がいいと考えられる。
しかしこの仕組みのために、従騎士は普段の役割と関係なく、隊の竜騎士が死んだ場合代わりに竜を駆ることになる。勿論入団時に騎竜を駆る適性は見ているが、魔法兵上がりの竜騎士もいれば、輜重兵だった竜騎士もいる。竜騎士の入れ替わりが激しい。これが黒天騎士団の人数が少ない最たる理由だった。
その中で、ガンホムは二十九歳、ディゾールは二十八歳と、ほぼ竜騎士の最高齢に当たる。この二人が中隊長ながら百竜長を務める理由がそこにある。断トツで強く、そのため死なないのだ。
ガンホムは主に重装歩兵と工兵の前衛側百竜長で、ディゾールは後衛側百竜長である。今回の遠征では重装歩兵の数をぐんと減らしたため、ガンホムはディゾールの補佐という立場で参加している。ガンホムが居残り待機することをアザレイは提案したが、ディゾールに却下された。百竜長が片方抜けるのは、その一人だけで戦力が半減したのと同じことになる、という主張だ。今までにない大規模遠征で、今までの様な温存は敗北に繋がる。至極当然の話だった。
ディゾールの戦い方は堅実、ガンホムの戦い方は勇壮、とよく称される。ガンホムは、自身の目が見えないからと、戦闘時味方に雄叫びを上げさせる。それが催眠の様に作用して部隊全体を鼓舞し、また敵を怯ませる。狼狽の気配が伺える箇所に強襲し、突破し、機を見てさっと引き返す。騎竜の機動力を存分に生かした戦法だ。
ディゾールが彼と組む時は大抵、ガンホムのフォローを行う。魔法による守護陣を形成し前衛を補佐しつつ、第一陣が突撃した所に多段攻撃を仕掛けて前衛の転進を支援し、また増援を叩く。崩すのがガンホムの仕事で、纏まらせないのがディゾールの仕事となる。
今回はディゾールの下にガンホムが付いているが、彼に細かい指示を投げても無駄だということをディゾールは知っている。まずはいつものように彼のやりたいようにさせ、自身はガンホムの狙いを読んで動く。ガンホムは竜の顎、自分は竜の爪だと彼は考えていた。
しかし、昨晩の作戦会議で彼らの団長アザレイが別の提案をした。
「恐らく今回、ガンホムの耳は別の使い方をした方がいい。今までと違い相手は大自然だと思ってくれ。怯みはしないし、逃げもしない。そうなると向こうの攻撃は見えないと避けられないし、こちらの攻撃で圧倒することも出来ない。ガンホムの普段の戦法とはかなり相性が悪い。
それよりも、雷の剣、水の剣だ。これらの攻撃は発生直前に音がするだろう。ガンホムにはそれを聞き分けてほしい。雷鳴、水流。できるか」
「ああ、できる。できるが、それを聞き分けたところで、雷の速度に対応できるとは思えないが」
「それは問題ない。私が視認出来れば打ち消せる。隊を回避させる必要はない。声…は音の剣の主に捕捉されるから、数字の手信号で方角を教えてくれ」
「音の剣…。この会議は奴に筒抜けだったりしないのか?」
ディゾールが思い当たり尋ねると、アザレイは首を横に振った。
「まだ森の中だし、私が意識していればこちらに伸びてくる作用線は断ち切ることができる。森を出たら、私が剣を手放しているか、就寝している間は機密事項は口にしないでほしい」
「思ったより大変だナァ、これ…」
ガンホムが騎竜に乗り上空からサインを出す。一、三、十一。
雷光が断たれ、氷の槍が海上に落ち、雷雲が断たれる。
矢継ぎ早にこれらの攻撃を仕掛けてくる七神剣の魔力にも恐れ入るが、それらを全て捌ききる自身の主の技量には舌を巻く。
『出処が見えた。二時の方向に居る!ディゾール、頼む』
アザレイから念話が飛ぶ。
「二時だ、第一、構え!第四、構え!」
ディゾールが隊列に指示する。第一部隊が強襲の構えをし、第四部隊が魔法撃をつがえる。
「イーラ、イグラス!」
ガンホムの真似事。前衛にはやはりこれが一番効く。前方の建物の屋上に人が三人、その内灰色の長身がハッとこちらを見た。遅い。
「全弾命中!目視確認!」
「防がれています!水の防壁です!!」
「想定内だ!魔法第一から三!空挺第一から三まで水の結界展開!」
水には水の結界が相性が良い。異質なものは全て断つ力を水は持つが、同じ水を断つことはない。そうやって穴を開ければ強度も下がる。
「波状攻撃始め!」
「こっち来やがった!くそ、雷は全部防がれるし、どうなってんだ!?」
「水流で移動しましょう!見通しが良すぎて狙われ放題です、…セルシアさん!?」
「まさか、そんな…」
セルシアは呆然と空を見上げていた。先程から騎竜軍に指示を出している、あの一騎。
「ヨナ、リア?」