元気すぎる虜囚
水の都の偵察に出たサンリアは、魔女サレイの手に落ち、茶会に招かれ、彼女の行動の理由を知る。最後に、「レオンのこと、好き?」との問いに「嫌いよ」と即答したのだが…。
「で、何でこうなるのよ!!」
サンリアが鳥籠を内側からガンガンと殴る。
「大魔導師殿、ご協力感謝致します」
サレイにそっくりな少年兵が敬礼する。ぬばたまの黒髪と、レオンに似た形の黒目、身長はレオンより少し高いくらいか。セルシアが前に話していた服装に特徴が合致し、その背中には漆黒の大剣。もしや、この少年が。
「アザレイってば、お母様って呼んでくれてもいいのに…。将来のお仲間なんだから、大事にするのよ」
「それは、無論」
アザレイと呼ばれた少年が、サンリアを一瞥する。射抜くような冷たい視線だった。
サレイがふらりと鳥籠に近付きサンリアに耳打ちする。
「この鳥籠、死の剣と光の剣でしか斬れないようにしておいたから。貴女のナイトはどっちかしらね?」
「嫌だ、最低ー!趣味悪ぅー!!!!」
サレイは笑いながら姿を消した。アザレイがめちゃくちゃ睨んでくる。怖い。サンリアはこれみよがしに溜息をついた。
「何で私がこんな目に…。このまま皆の前で見せしめに犯され辱められ殺されるんだわ…」
「…捕虜にそんな事はしない」
「信じられないわ、この状況で…。貴方が死の剣の主、アザレイね?サレイから名前を聞いたわ。私はこれから一生貴方の下で、奴隷として飼われて風の剣を振るうことになるのかしら。それとも殺されて、別の兵士に風の剣が渡るのかしら」
「そんな事はしないと言ってるだろ」
「だって、サレイが言ってたわ。この鳥籠から出せるのは貴方の死の剣だけだって。私の命は貴方次第。どう弄ばれても従順にはいと言うしかない奴隷になるのよ」
「…少し黙れ」
おやおやそっぽを向いて、かなり恥ずかしがってませんか?お兄さん。サンリアは嘆き悲しむフリをしつつその様子を楽しく見守っていた。
「それが彼女のお望みってんなら、ひとつ躾けてやっても良いんじゃないか?団長殿」
突然天幕に別の男が入ってきて、サンリアはドキリとした。その男は巨漢で、黒い硝子の面をしていた。力では到底勝てそうにない。
「私はそんな野蛮なことはしない」
「だがそいつ、楽しんでるぜ、この状況。中々どうして肝の据わった少女じゃないか」
「…そうなのか?」
アザレイにじろりと睨まれて、サンリアは萎縮した。レオンとよく似た目をしているのに、いやそれだけに一層、彼に睨まれるのが苦手だった。
「…あんた達に何が分かるってのよ」
「俺は目が見えない分、声の表情が分かるのさ。お前、団長殿を与し易しと判断したな?ナメられたまま返す訳にはいかねぇ。火あぶりか水責め、好きな方を選ばせてやる」
「ガンホム、風の剣の主にそれはどちらも効かない」
真面目か!サンリアは無言でアザレイを睨んだ。
「なるほどそうなのか…それじゃ、やっぱ野郎共の天幕に放り込むしかないな。こんなに小さいのに可哀想だが、なるべく耐えろよ」
「ガンホム、その子は別に小さくはない」
お前は何の話をしてるんだ!サンリアは頭を抱えた。指摘されたガンホムも、呆れたようにアザレイの方を向く。
「…アズは相変わらずだナァ…いや、そこが美点でもあるけどよ。あーもう、やめやめ。小芝居とかくだらねー。お嬢ちゃん、こいつはこんな奴だが、仲良くしたってくれや。俺の気遣いとか何も伝わらん朴念仁だが、悪い奴じゃねえんだ」
「む…気遣いだったのか。それは済まなかった」
「…ほらな」
「貴方も苦労してるのね…」
サンリアはなるべく声だけで伝わるように心から同情を込めて言った。
アザレイの軍勢は、粛々と森を移動しているようだった。サンリアにも一日二回、兵糧が支給された。彼女の存在はかなり秘されているらしく、アザレイの隊の荷車に載せられ、夜はアザレイの天幕に入れられた。出入りするのは決まった数名だけだ。騒いだところで鳥籠から出られる訳でもないので、サンリアは基本的に大人しくしていた。勿論、アザレイで遊ぶことは止めなかったが。
「ねえアザレイ、私を見て可哀想だなーとは思わないの?」
「お前は戦の捕虜だ。戦とはそういうものだ」
「私ね、貴方と同い年くらいの、好きな人がいるの」
「……」
「今、彼と離されて、心細くて寂しくて仕方ないの。目を瞑って貴方の手を取ったら、少しは落ち着くかしら」
レオンが聞いたら驚きのあまりひっくり返りそうなセリフをいけしゃあしゃあと吐く。アザレイは少し迷ってから溜息をつき、サンリアの手を握ってやった。
「…ほら。これでいいか」
「うーん、喋っちゃったら台無しかな…。」
サンリアは目を閉じたまま、自分の左手を掴んだアザレイの右手を握り返し、その手首を右手で掴んで持ち上げ、大きい手のひらを自分の左頬に当てた。アザレイがぎょっとして手を引っ込めかける。しかしサンリアがあっと小さく残念そうに声をあげると、また差し出してくれた。
サンリアは笑いを堪えきれず少し笑顔になりながらその手に頬ずりする。こいつ、絶対に女慣れしていないな、とサンリアは確信した。わざとらしく安堵の溜息を当てる。だいぶ慣れたのか、手はぴくりと動いただけだ。アザレイの手の力が抜けてきたところで、その手をするりと自分の首に滑らせ、そのまま服の中に誘った。
「っ!?」
少女の柔らかい胸を掴まされて、アザレイはたじろいだ。サンリアは逃さない。鳥籠の檻越しにアザレイの肘からがっちりと抱え込み、彼女の胸を触らせた。冷静に考えればどう見てもおかしい状況なのだが、アザレイは気付かない。感じたことのない触覚が、腕、手のひら、そして指先に当たる。
「はぁ…好き、大好きよ…」
名前は呼ばない。呼べばアザレイが正気に返るからだ。律儀に沈黙したまま混乱しているアザレイが可笑しくて、サンリアの目に涙が浮かんだ。ついでにそれを腕になすりつけてやる。アザレイの興奮と混乱が一段階上がった様だった。
「…ねぇ、そっちの手も頂戴?」
サンリアがアザレイの余った手を指差す。アザレイは混乱している。訳も分からずサンリアの顔を見つめる。サンリアが目を開けた。上目遣いで彼の視線を射抜く。
「…だめ?」
アザレイは左手を差し出していた。サンリアは嬉しそうにその手首にキスをし、右胸に持っていく。アザレイは両手でサンリアの胸を揉まされることになった。頭が痺れたようにぼうっとする。サンリアの気持ち良さそうな声が彼の判断力を奪う。
「…ねえ、いつもみたいに抱いて。ここから出して?」
「…っ、いや、出す訳、ないだろ」
アザレイは辛うじて残った理性で彼女を振り払った。そのまま逃げる様に天幕を出る。
「あー、駄目かー。残念」
「あー、危なかったなー、残念」
「…何でガンホムが残念がるのよ」
天幕の外に声を掛ける。黒面の大男が中に入ってきた。
「そりゃまあ、アズの混乱っぷりが面白かったからだけどな」
「怠慢な部下ね。あと、趣味も悪いわ、立ち聞きなんて」
「俺は人より耳が良いんでね」
そう言われてサンリアは思わず外耳を確認した。両方ある。まあそりゃそうか、と彼女は一人納得した。セルシアの世界の人間がイグラスにいる訳がない。
「いや、しかし本当に肝の据わったお嬢ちゃんだ。それでアズより年下だって?信じられんな。俺だったらまんまと籠から出してたな」
「自慢することじゃないわよ、それ」
「俺にはハニトラは無いのか…一兵卒は辛いぜ…」
「当たり前でしょ、好きでやってるんじゃないんだから」
サンリアは胸がはだけているのに気付き、焦って直してから、そういえばガンホムは目が見えないのだと思い出した。脱力して鳥籠にガシャンともたれ掛かる。鳥籠はその程度の衝撃にはびくともしなかった。