海の戦場
水の都跡地へと移動中、初めて明確に敵と集団戦を行うということで、剣の仲間たちは自分達の権能を確認しあった。
「これで全員出揃ったか?正直俺の剣以外はもうその一本で軍隊なんか何千人いても勝てんじゃね?って感じだけど…」
レオンが気楽そうに全員を見回す。
「そうですね、ここからはイグラスの戦力との読み合いになると思います。長の一人が敵に回った以上、今までにした七神剣の説明は、当然向こう側にも共有されていることになります。対策を講じていない筈がない」
『ふむ、まず考えられるのは結界の魔法じゃの。水、風、炎、電気、光。それぞれ外圧を弾く魔法が存在する。音に関しては、全く遮断するとそれはかえって危険なのでしないじゃろうが、ある程度の音圧からは遮断してくる筈じゃ。声なら届くが攻撃は無理じゃろうな』
「ふーん…外圧を与える戦法は無理かー。結界の内側にあるリソースなら使えるんだよな?遠隔操作系の能力は可能なのか?サンリアちゃんの窒息とか、俺の電場操作とか」
『七神剣の権能を防ぐ結界は無いと思われる。じゃが、死の剣で権能を殺すことができるゆえ、操作の作用線を断ち切られればその策は封じられるな』
「死の剣が敵に回ったのは厄介なんですね…」
『そうじゃな。しかし、結界に引き篭もったままでは向こうもこちらに有効打が与えられん。こちらも水や風の結界を張ることができるからの。遠隔攻撃は効かん。じゃから必ず、近接戦闘になる』
「で、死の剣の主が出てくるというわけですね」
『そうなるじゃろうな。こいつを捕虜にし、洗脳し、味方に引き入れられれば最上。向こうも可能であれば味方にしたいと思っているじゃろうから死の剣の権能をこちらに向けてくることはない、と思いたいが…なるべくその一太刀は受けるな。死にかねん』
「中々無茶言ってくれるじゃない…近接戦闘はしつつ、本当に打ち合うのは避けろっての?」
『死の剣を叩き落とせ。それで終わる』
「それは僕達も同じ条件なんですけどね…。まあそこは五対一の優位を守るとしましょうか」
細かい作戦をいくつか練っているうちに、日が傾き、辺りに潮の匂いが漂い始めた。ランザーが川から広い水辺に出る。それは湖ではなく、海だった。
「すごい匂い…。これが海、なの?」
『サンリアは海を見るのは初めてじゃったな。左様、これが海じゃ。コトノ主は街を海に沈め、その複製と共に水源ごと移動したのじゃな』
「主様がここにいないこと、敵さんにはバレないでしょうか?」
『正確にはコトノ主はここにもいるんじゃが。まあ、七神剣がこれだけ揃えば、ここにいないとは思わないじゃろう。宮殿は無いようじゃがの』
じーちゃんの言う通り、工場、つまり宮殿があった場所には、同じ面積の分のだだっ広い四角い建物が建っていた。ランザーが近づくと、宮殿と同じように壁が取り払われ、中に誘導された。
『無事に着いたようで何よりです。数日滞在できるだけの設備はありますのでどうぞ、その時までお寛ぎを。フィーネ、貴女の部屋があった場所に案内してさしあげて』
コトノ主の声が響く。フィーネは昇降所でランザーから降り、少し辺りを見回した。
「内部は宮殿と同じ作りのようですね、勿論水路なんかは減っていますが…皆様こちらです」
金属製の階段を上り、フィーネの部屋に案内される。
「うわ広い、この階全部?貴女お嬢様じゃない、フィーネ」
「そうなんでしょうか。私以外に巫女付きの給仕さん達も住んでらしたので、その人数分お部屋があるからかもしれません」
「ああそれで…身支度もせずに寝ていたのですね…」
「で、出来ますよ?昨日はちょっぴり疲れちゃっただけです」
「ま、フィーネのお世話は私がするから。セルシアは結構よ」
「自分で出来ると思うんですが…」
フィーネがサンリアに背中を押されて部屋に入っていく。
「さて…俺らはこっちかなー」
王宮育ちのクリスは特に怯みもせず別の部屋を物色し始めた。レオンとセルシアは顔を見合わせる。
「…なー、晩飯どうする?」
「ああ、確かにね…何かあると良いけど…」
「こっちの炊事場に米ならあったぞー。缶詰もあるぞー」
クリスが入った扉とは別の扉から顔を出す。
「…逞しいですね、クリス君は」
「えー、それ褒めてるー?」
「褒めてますよー」
どんな場所でもまず腹ごしらえが必要だ。男性陣は笑いながら炊事場に入っていった。
翌日、複製された街のマッピングのため、サンリアとレオンが偵察に出ることになった。レオンはフィーネが作った背の高い水獣に乗せてもらっている。
「本当にこいつ出しっぱなしで大丈夫か?フィーネに負担にならないか?俺泳げるから足がなくても平気だぞ」
「大丈夫ですよ、リオンさん。一度作った水獣は、完全に私の魔力から切り離されます。新しく指示を出さない限り、私の負担はありません」
「分かった、それじゃあサンリアはこの建物から右側、俺が左側な」
「良いわよ、戦えそうな足場のある建物を重点的に見れば良いのよね?」
「はい、宜しくお願いします。本当は私がこの街に詳しくあるべきなのですが…」
「気にしないで、皆出来ることをそれぞれすればいいのよ。だから建物内の探索はお願いね。地図があればそれに越したこと無いんだし」
「任されました!」
「僕もついてるから大丈夫です、行ってらっしゃい」
「お目付け役のお目付け役もいるから大丈夫でーす」
「ホント頼んだわよ、クリス…」
サンリアは上空から街を見る事ができ、レオンは視力強化がある故の人選である。居残り組の方はこの世界の文字を読めるのがクリスとフィーネだけなので二手に分けたいが、建物の中で二手に分かれるといつセルシアがフィーネに手を出してもおかしくないと危惧されたために、三人一緒に動くことになった。信用無いなぁとセルシアはボヤいたが、つい一昨日フィーネの部屋に押し入って寝ている彼女の服を脱がすという狼藉を働いたばかりなのだ。それが昨晩フィーネの証言によりサンリアにも知られてしまった今、残念ながら当然の警戒だろう。
「こんな奴だけど有能だし、何より代わりがいないから…」
「貴方しかいないの、ですって。レオン君、聞きました?」
「そんなこと言ってないでしょうが!」
サンリアのローキックがセルシアに刺さる。
「セルシア、そろそろいい加減にしないと俺レベルまで扱いが下がるぞ」
レオンが全然有難くない予言をした。
「…で、サンリアが帰ってこないんだけど…」
レオンは刻限になってもサンリアが戻ってこないので、先に中に戻ってセルシア達に進捗ついでにそのことを報告した。
「どうしたんでしょうね…。風の剣で飛ばし過ぎて疲れてしまっている、とか?」
「水に聞いてみましたが、この街の水中にはいなさそうです。建物の中で休んでいるのかもしれません」
フィーネが首を振る。水に聞く、なんてことも出来るのかとレオンは驚く。昨日出来ることを報告し合った時には挙がってこなかった話だ。水の巫女としての性質かもしれない。
「僕の聞こえる範囲にもいませんね…」
「それってどれくらいなんだ?」
「この街全体です。建物の中なんかに入ってると分からないですが」
レオンの問いにさらっとえげつない返答。この街全体って何キロメートルあるんだ。
「プラズマイドでサンリアちゃんのナノマシン探してみたけど、建物内含め半径一キロメートル以内にはいなさそうだ。」
クリスもそういうこと出来るのかよ、とレオンはちょっと聞いてないぞという顔をした。だが、正直建物の中の限定が出来るのは有難い。
「じゃあそれより外側の建物の中ってことか」
「その可能性が高いですね。どうします?」
「日も沈んだし、そろそろ外は真っ暗になる。恐らくサンリアちゃん一人ではもう動かないだろう。こちらもレオン以外は動けなくなるし、明日また日が昇ってから捜索しよう」
「そうだな…まあ、あいつなら大丈夫だろ。じーちゃんもいるし」
レオンはどうしようもなく不安になる心を抑えつけて夜の準備に加わった。