異世界の少女
森の中で純白の剣を抜いたレオンは、異世界から会いに来たと主張する勝ち気な少女と出会い、一気に非日常へと転がり落ちてゆく。
「事の発端はね、じーちゃんのフクロウなの。
私の世界では、皆小さい頃から鳥を使役して暮らしてるの。私は鳩のクルル、じーちゃんはフクロウのヨルル、っていう具合にね。
普通は鳥の寿命が来たら手厚くお葬式してあげるんだけど、私はクルル…その鳩ね、そのクルルを十歳の時に貰ったばかりだったからまだ死なないと思ってた。
それに、じーちゃんのフクロウみたいな例外が身近にいたから余計にね。
じーちゃんのフクロウのヨルルは有り得ない位の長寿だった。じーちゃんと一緒にもう五十年位生きてたらしいわ。
んで、そんなに生きるなんて神様の鳥じゃないかっていう噂がたったの。賢いフクロウのお陰で、じーちゃんは村長にもなれた」
サンリアの肩のフクロウがホーと鳴く。サンリアはそれを聞いてクスクスと笑った。しかしどういう意味で鳴いたのか、素人のレオンには鳴き声だけでは分からない。彼は少し首を捻って、サンリアの話の続きを待った。
「…でも、そんなフクロウは当然偽物だ、機械仕掛けだって疑う人も、逆に神様の鳥を狙うハンター達も、……。…少数だけどやっぱりいない事はなかったわ。
…フクロウは何度も狙われて、ある時、それを庇ったじーちゃんは死んでしまった。
そしたら、やっぱり神様の鳥だったのかもしれない、フクロウはじーちゃんの魂にその体をあげたの。じーちゃんはフクロウに乗り移って、私のじーちゃんはフクロウになった。
それが知られてからは、誰もフクロウを狙わなくなったわ。次に狙われたのは、孫の私のクルルだった」
少女が淡々と話すのでレオンは物語の様にそれを聞いていたが、ハッと身を起こした。少女の鳩は見ていない。という事は…
サンリアは一旦言葉を切って、また同じ調子で話し始めた。
「私はクルルを助ける事は出来なかった。
矢が首に刺さってるクルルを見て私は、他の人が触る前にクルルを抱きしめてじーちゃんのとこに走ったわ。
じーちゃんはクルルを見るなり言ったの。
〈とうとうこの日が来たか。かの予言通りになってしまったのじゃな。…サンリア、クルルをこっちに置きなさい〉
私はじーちゃんの傍にクルルを置いた。じーちゃんはクルルに覆い被さる様に乗って呪文みたいなのを唱えた。
そしたらクルルが大きくぱあっと光って」
彼女は右手に握った杖を掲げた。
「こんな形になったの」
レオンは大きな風車のついた杖を見上げた。少し傾き始めた太陽がその向こうにあり、眩しくて目を細める。
「それがお前の鳩なのか?」
「ええ、そうよ。見た目は違うけど…雰囲気が同じだもの」
杖の末端の羽根飾りを愛おしそうに撫でる彼女に、レオンはファンタジーだとか妄想だとか言う気にはなれなかった。
違う世界ならそんな事もあるかもしれない、と思えた。
「…じーちゃんは言ったわ。
〈サンリア、この剣の名前はウィングレアスじゃ。これからもクルルに、いやウィングレアスに、守って貰いなさい〉
って。クルルって剣だったのよね。
ウィングレアスは七神剣、村長だけが代々密かに語り継ぐ、世界の運命を変える剣の一つだった。今、色んな世界が森の暴走で壊されかけてる。それを防がないといけない。その為の七神剣なのよ。
だから私は剣の仲間を探しに旅に出る事になったの。じーちゃんと一緒にね。
そんで最初に出会ったのが貴方。レオン、だったよね?」
「俺、名乗ったっけ?」
「最初。吃ってたじゃない!」
サンリアは鈴の笑い声をたてた。
「でも不思議なのよね…その剣、性質からしてどう考えてもグラードシャインなのに、形が全然違う」
サンリアがレオンの持つ純白の剣を覗き込んで首を傾げる。レオンはパシパシと片手で剣を弾ませながら言葉を探した。
「その、何だ、グラッドシャインがお前のウィングレイスと形が一緒って保証はないだろ」
「ウィングレアス!それに、グラードシャインよ!」
んなややこしい名前が言えるか、とレオンは頭を抱えた。
「私のと違うのは当たり前なんだけど、じーちゃんが持ってた本に載ってるグラードシャインの絵とも違うのよ。
かと言って他の剣と似てる訳でもないし。何て言うか、飾り気が無いよね、それ」
「じゃあ、また違う剣なんだろ。お前の目的と関係無い、普通の綺麗な剣」
レオンがちょっと不快に思って言うと、彼女は思い切り頭を左右に振った。
「それはないわ!大体、この森に入れる人間は長・武・英の三種類だけなの。
貴方が事情を理解してない上敵でも無さそうって事は英のなりたてに違いないんだから、つまり私と一緒の立場の筈なのよ」
「ちょー・ぶ・えい?」
「長はじーちゃんみたいな世界の担当者達、武は敵でこの森を操って暴走させてる人達、英は私達剣の仲間の事よ」
…漢字が多いんだよ、と彼は思った。
が、カタカナも漢字も弱いなら、何に強いんだお前…。
「剣の仲間?って事はもっといっぱいいるのか?」
「うん。七本あるから。
光の剣グラードシャイン、
炎の剣エンブレイヤー、
雷の剣プラズマイド、
風の剣ウィングレアス、
音の剣オルファリコン、
水の剣アクアレイム、
死の剣ディスティニー」
「うん。無理だな!」
潔く覚えるのを諦めたレオンは、サンリアと、彼女の肩のじーちゃんに睨まれた。
「何が無理なのよ」
「覚えるのが。ってか、集めるのも無理じゃね?何年かかるんだか」
「そんな事無いわよ…多分。剣は剣を呼ぶんだから」
サンリアは自信なさ気に困り眉になりながら唸っていた。
レオンにも漸く、嫌な予感がし始めた。剣が剣を呼ぶ、ということは、誰かがこの剣を持って、サンリアが今やっているように、他の世界の剣の仲間とやらを迎えに行くことになるのだろう。そしてこの剣を運ぶ誰か、とはつまり。
「ふーん…で、それだけ?」
レオンは敢えて、突き放すように彼女に声を掛けた。
「え?」
「それを俺に話して、どうするんだ?」
「どうするって…」
サンリアは言葉に詰まった。いや、理屈では分かっている。剣の仲間と共に暴走する森を止めるのだ。そのためには一人も欠けてはならない。光の剣の主を仲間にして、次の世界へ向かわなくてはいけない。
…と、分かっているのだが、どうしよう。この何も事情を把握していない少年と一緒に、旅を続けるのか。それを彼に納得させるだけの材料はあるのか。
「…ホントはね…」
彼女は一つ溜息を吐いて、また話し始めた。
「…私だって、村を離れてたった一人で…じーちゃんはいるけど、でも一人でこんな森の中歩き続けて…
…たまらなかったわ。ちっとも楽じゃないし、危ないし。
長・武・英しか入れないっていうのは、次元のずれる場所って大抵迷い込んだ人が出られなくなってすぐに死ぬっていうんで、中に入らない様に長が結界を張ってるからなの。森の中には危ない生き物もいっぱいいるし、食べ物だって探すのも大変で…自分の世界で慣れたルールの中で生きるのとは全然違ったわ。
そんなとこで今までずっと一人、光の剣がこの辺りにあるっていうじーちゃんの古い記憶だけに頼って…。
だから、グラードシャインを持つ貴方に会えて、すっごくすっごく嬉しかった。」
レオンは彼女の隣でそれを聞いて顔がやや上気するのを感じた。会えて嬉しいなどと女の子に言われたのは、もしかすると人生で初めてかもしれなかった。
しかし夕暮れ時が幸いしてかサンリアはそれに気付かずに前を見て続けた。
「でも今、どうしたら良いのか分かんない。
多分貴方は世界を救うって言ってもピンと来ないだろうし、貴方には貴方の生活があるだろうし…。
うん、私はさ、じーちゃんがいるし、元々特別な村長候補だったし、クルルが剣だし…だから良いんだ。
でも…幸せそうな顔してる貴方に、一緒に来てなんて…言えない。」
捉え方によっては失礼な告白だが、それが彼女の本音である事は間違いなさそうだ。
レオンはサンリアと同じ方向を見つめた。
木々の影が長く伸びている。
〈弟〉がいなけりゃ、という昼間のシオンの言葉。
軽い気持ちで吐いたのだろうが、あれは本音だった。
確かに今のままでもレオンは幸せだ。何の苦労もせず、日々やりたいことだけをして生きている。しかし、それはぬるま湯だ。与えられた幸せであって、彼が勝ち取った幸せではない。いつかは出なくてはいけない楽園なのだ。
それに、この剣は本当にきっと光の剣なのだろう。写真に写らなかったのが、何よりの証拠だと思う。そんな現象、光を操れないと無理な話だ。
レオンはサンリアの言葉を反芻した。
「…一緒に来てって言ってみろよ」
「…は?」
サンリアが面食らったような顔をする。いや、確かに今の言い方は上から目線のようで良くなかったかもしれない。
「俺もまぁその、今の生活に満足してる訳じゃない。楽な生活は捨てがたいけど、ずっとは続かないって分かってる。
だから多分お前に言われたら…行くよ、俺」
わざと、我ながら困った奴だ、という表情をしてみせたレオンの顔をサンリアは穴の開くほど見つめて、呆れた様に笑った。
「…何て奴。素直じゃないのね」
「…どっちがだ!」
そのツッコミが彼女の琴線に触れたらしく、サンリアは声を上げて笑い、レオンにくすぐったい思いをさせた。
夕日が最後の力を振り絞り二人の頬を紅く染めて、消えた。
「…うん。私と…」