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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
三全音
36/105

挿話〜竜に乗るということ〜

夜の国イグラスでは、水の都への出兵に際し、竜騎士達が準備を始めていた。

プラチナブロンドの長髪の男が、友人を探し寄宿舎から出てきた。髪を雑に左胸で束ねる。今は亡き姉の真似事だった。

恐らくあいつは今も、騎竜舎に詰めているのだろう。竜の手入れなどは従騎士に任せろと言っても、あいつは曖昧(あいまい)に笑うだけで辞めようとはしない。竜が好きなのは仕方ないが、従騎士と竜が心を通わす大事な仕事を取り上げてしまうのは、後続が育たずあまり宜しくないのだが。

騎竜は滅多(めった)な事では死なない。死ぬのはいつも、我々竜騎士だ。

彼が騎竜舎の屋根をくぐると、黒髪の男が(おもて)を上げる。夜中なのにバイザーサングラスをしているのは、彼が極度の弱視だからだ。

「…ディゾールか」

「ああ。ガンホムは相変わらず耳が良いな」

「ふふ、こんな時間にここに来る騎士は俺かお前くらいのものさ」

「俺はガンホムに用がある時にしか来ないぞ?」

「そうか。じゃ、俺だけだな」

そう言うと盲目(もうもく)の男は竜に向き直り、鼻面を撫でた。偉丈夫(いじょうぶ)である彼の背丈(せたけ)程もある頭を押し付けられ、おふ、と声を上げる。竜騎士の翼となり空を舞う騎竜のオスは大きいが、メスは更に一回り大きい。

「…そろそろなのか」

「ああ、産まれそうだ。旦那が居なくなるので心細いらしい」

「心配するな、こいつがおっ()んでもお前の旦那は連れて帰って来てやるから」

ディゾールがそう声を掛けると、憤慨(ふんがい)したようにバルル、と竜のメスは鼻を鳴らした。

「笑った。元気が出てきたかな」

「え?今の笑ったの?」

「ちょっとは騎竜の個性も知っておいた方がいいぞ、ディゾール」

(たしな)められたが、そもそも常人には竜の鳴き声の聞き分けなど難解を極めるのだ。これだから耳の良い奴は、とこっそり呆れる。多少溜息が()れたか、ガンホムはディゾールの方を見てニヤリと笑った。

「ディゾール、お前が何でここに来たか当ててやろう。我らが団長殿は今度の作戦にかなり緊張しているご様子。まあ無理もないが。今までせいぜい二個中隊(※二百人)だったのが、いきなり二個大隊(※千人規模)ときた。お前は基本的に若いのに弱い。いつもの団長ならともかく、今のあの人は見てられない。だから俺んとこに逃げてきた。俺がいればお前もあの人も落ち着くからな」

「…さぁて、夜の散歩もこれくらいにして帰るか」

「それじゃ、俺も帰るか」

「要らねぇよ、余計なお世話だよ」

「ははは、どうやら図星だったようだ」

笑いながらガンホムが竜の手入れの後片付けをし始めたので、ディゾールは仕方なく彼を待った。

「…お前が死んだら、って言ったがよ」

「ん?」

「死ぬんじゃないぞ。〈竜盾(りょうじゅん)〉してでも生き残れよ」

「…お前。俺にそこまでの価値は無いぞ」

竜盾、とは避けられない攻撃に対し、騎竜を()らせて盾にすることで乗り手のダメージを防ぐ戦法だ。しかし、貴重な騎竜をそんな扱い方する竜騎士はいない。師団長クラスでしか許されない暴挙だ。

「俺は目が見えない分、本来なら竜騎士どころか従騎士にすらなれない一兵卒だ。たまたまアズ…現団長殿の配属になったお陰で、腕を磨けて今の地位まで来られたが、常に最前線で危険に突っ込めない俺など不要だ」

「止めろ、俺はお前の価値はその腕っぷしだけじゃないと知っている。お前は前線を退(しりぞ)いても後続の指導、騎竜の扱い、兵達を(まと)める力、どれもこの騎士団に必要なものだ。それに…単純に、お前が死んだら…あいつも、俺も悲しい」

「まるで自分達は死ぬことは無いみたいな言い方だな」

「お前が一番危ないんだから仕方ないだろ。見えないってのはハンデではあるもんよ。次は市街地戦だろ?しかも、相手が魔法を使ってくることは確定している。今までの様にはいかない」

「…分かってるさ。でもな、竜に乗る以上、誰だって明日死ぬかもしれない。だが戦力を減らす訳にはいかない。だから、従騎士を育てて、いつでも自分の竜をくれてやれるようにする。そうだろ?…竜盾だと?自分の竜を粗末(そまつ)にする奴は、今俺が殺してやるよ」

ガンホムがディゾールに苛立(いらだ)っている。滅多(めった)にない事だった。

「…悪かった。戦友を(うしな)いたくない俺の弱さだ。忘れてくれ」

ディゾールが(つと)めて真摯(しんし)な声で謝罪する。目が見えない彼の友は、ディゾールの万人を魅了(みりょう)する秀麗(しゅうれい)な容姿などには誤魔化されてくれない。もしかするとそれこそが、ディゾールがガンホムに執着する理由なのかもしれなかった。





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