セルシアVSリノ
レオンがクリスに負けた。その際にクリスが放った、「雷様にジャックできる」という言葉の意味をセルシアはリノの技術だろうと推測した。次はセルシアがリノと当たる番だ。リノもここで負けるわけにはいかないようで…。
金色の旋風のようだ、とセルシアは思った。
リノはやはりと言うべきか、片手剣を持ちながら人間離れした捷さでセルシアに猛攻を仕掛けてきた。セルシアが間一髪でそれを全て受けきれたのは、彼の生来の才能と、音の剣の増幅による、異常なまでの聴力の賜物だった。
弾む呼吸を聞く。
筋肉の軋みを聞く。
体重を掛けた瞬間の砂の擦れを聞く。
それらから太刀筋を読むことで、動きが目に見えて判ってから対応するよりも早く動ける様になり、結果的に何とか全て捌いていた。
リノは自身の攻撃が読まれていると感じ、まず初めにクラッキングを疑った。しかし、自身の攻性防壁は何も反応していない。
では自分と同じブーストの類か?しかし、スキャン情報には何も載らない。そもそも、セルシアのデータは事前にすべて読んでいるのだ。そんな秘策があったとして、自分が知らないはずは無かった。
(確かに、この人は異常に耳が良い…。でも、まさかそれだけで?)
ついにリノの剣が押し返される。リノは距離を取り、不敵に笑んだ。
「驚いたよ、セルシアさん。この僕のブーストに、生身でついてくるとはね。大した聴覚だ」
「やはり、ご存知でしたか。僕くらい耳が良いとね、その人の心の声まで聞こえてくるんですよ」
「…何だって?」
読心ということは、やはり盗聴されているのか?
リノは、周囲のナノマシンに司令を出し、自分の周囲の攻性防壁を一段階高めた。セルシアは何かを聞き分けたのか、少し訝しげな表情を浮かべる。これでも読まれると、電磁スキャンに使っている分をそちらに回さないといけない。
でもそうなると、レオンの影分身をセルシアも使ってきた場合に、防げなくなる。読心の発言はフカシかもしれない、その為に実際発動しかねない技に対する防衛策を捨てるのは悪手だろう。
(読まれてでも、やってみるしかないよね…!)
セルシアも、防戦一方で攻めあぐねていた。リノの動きが速すぎて、隙を見つけたと思った瞬間閉ざされる。わざと用意されているらしい隙に手出しをしようものなら、確実に獲られるだろう。その罠は十七歳の若者とは到底思えない、熟練の技術だった。
やはり、音の剣で隙を作るしかない。
聴覚破壊は永続しないと雷様から釘を刺されてはいるが、逆に言えば、一時的には十分な有効打となりうる、ということに違いない。
空飛ぶ鳥が落ちる程の爆音波を、脳内に叩き込むのだ。
リノが打ち込んだ瞬間、バーン!と何かが破裂するような激しい衝撃が頭を襲った。一瞬にして防御モジュールが打ち消したが、思わず後ろにふらつく。セルシアはその一瞬を逃さず左上から袈裟斬りに音の剣オルファリコンを振り下ろした。
ギキン!!
スッと出てきた剣に防がれる。
(何だとっ!?)
今のはあり得ない動きだ。
絶対に見えていなかったし、体を支える足は出ていなかったし、息を吸う音も聞こえなかった。
リノの体が意識と切り離され勝手に動いた…
その様に思えた。
直ぐ様リノは距離を取り、セルシアを睨んでくる。
「危ないな……、おい、やってくれたな?」
「おかしいな、そんな反応出来るような半端なダメージじゃなかったはずだけど?」
「残念だけど対策済みだよ。音響兵器が使われてそうな入力はカットされるんだ」
「それでいて、僕の声は聞こえてるって訳か。流石の腕前ですね」
セルシアは歯噛みした。音の剣でダメージを与える目論見は外れたし、隙を作っても意識外で体を動かす技術を持っているらしかった。
(後はもう、消耗戦か…仕方ないな…)
リノも同じ事を思ったらしく、綺麗な顔を歪めた。
「次がある以上、お互いにこれ以上の消耗戦は避けたいだろうからね。悪いけど使わせてもらうよ」
「何を…、…っ何、だ、」
セルシアの視界が突然揺らぐ。目を回しているのか。立っていられない。酷い耳鳴り。ノイズ。土の匂い。酸の臭い。吐き気。口が勝手に開いてくる。唸り声。幻視。幻聴。浮遊感。
「これ、は…ぐ、うぅー…」
「はい、チェックメイト」
突然踞ったセルシアの無防備な首に、リノはトンと剣を置いた。どよめきが歓声に塗り替わる。勝者、リノ。
「リノ、ちゃん…もしかして、あの時の」
「出来ればこんな勝ち方したくなかったけどね。貴方に負ける訳にはいかないんだよ」
リノがしゃがみ込み、セルシアはだらしなく緩んだ顎に指を突っ込まれた。口蓋をそっと撫でられる。すると、さっきまでの不調は嘘のようにセルシアは正体を取り戻した。