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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
三全音
30/105

人を斬ること

雷の剣を巡る武闘会にて、レオンは光の剣を使って影分身の技を生み出す。かくて、彼は準決勝戦に進出するのだった。

目の前で、自分の手で、確実に人を殺した。

殺さなければ、殺されていた。

殺したと思ったのに、生き返った。

何とも言えない気分だった。


レオンは闘技場の上ではカッコつけていたが、控室に戻って()いた。それまでの試合で人を傷つけることには慣れたと思っていたが、さすがに即死攻撃は(こた)えた。それとも、とっくに限界だったのかもしれない。平気だと目を(そむ)けていた(よど)みが(あふ)れ出ただけのことだったか。

「まだ(ふる)えてる。無理しないで…レオンは十分頑張ったわよ…」

サンリアが隣に座り、背中をさすり続けてくれている。有難いが、レオンはそれすらも怖かった。いや、自分が次の瞬間、サンリアを(おそ)いそうで怖かったのだ。


サンリアの顔が縦に割れる。そして、今度は、返らない。

二度と。


「嫌だ、嫌だ…もう、嫌だ……」

「人を斬る痛み、恐ろしさ。(ようや)く身に()みたようですね」

セルシアは壁にもたれて立ち、レオンに声を投げかけた。自分が傷付く経験よりも、人を斬る経験の方が痛い。セルシアはとっくに通り過ぎた彼自身の過去をレオンに見ていた。

「でも俺は…今までも…セルシアの街でも…他の生き物も…殺、うぐっ……この、剣で」

「そうです。君は気づかなかった。だから殺戮(さつりく)できた。これからは、殺人を行うことになります」

「セルシア、ちょっと…今そんな話しなくても」

「サンリアちゃん、レオン君には次の試合がまだあるんですよ。しかも次は、顔見知り相手です。このままでは戦えない」

「だから、もういいじゃん!棄権(きけん)でいいわよ!こんな武闘会、私達には何の意味も無いわ!」

「レオン君には意味があるんですよ。僕達はこれから、剣の力を使って、人を殺していく。彼にはその覚悟が足りなかった。ここで立ち上がれないなら、これ以上旅は続けられません。

 …サンリアちゃんは、人を殺したことがありますね?」

「なっ……」

肯定形(こうていけい)でそんな質問をされると思っていなかったサンリアは怯えた。レオンの肩を支える手が強張る。誰にも知られたくない過去。一番聞かれたくない相手。サンリアの胃の底がぎゅうと熱を帯びた。

「詳しく話を聞きたいとは思っていません。誰だって大抵(たいてい)思い出したくもない記憶です。でも、貴女は命を相対的に見ている。自分の命も、他人の命も、他の生物の命も。

 生まれついての才能でなければ、自分の責任において、命のやり取りをしたことのある人間特有の考え方です」

「…(おどろ)いたわ。やっぱり貴方、怖い人よ」

「優しいやり方は得意じゃないんですよ」

「そんなので、その商売成り立つのかしら?」

「おやおや、お(じょう)さん十歳くらい(さば)読んでません?今の返し最高ですね」

「えぇ、やだ……」

サンリアは閉口(へいこう)した。


レオンはまだ震えていたが、(うめ)くように声を(しぼ)り出した。

「俺……俺は、負けたくない」

「武闘会で、ってこと?」

「いや、そうじゃなくて…弱い俺に負けて、旅を()めたくない」

「レオン……」

「なあセルシア。剣の仲間になったら、皆これを知るのか?人を斬るって、こういうことでしかないのか?こんな、どうしようもない怖さを、セルシアも、サンリアも知ってるってことなのかよ」

「レオン君……」

「…そうよ。私は十一歳の時に、人を殺したわ。ひとりでやった訳じゃないけど、それでも私が殺そうと思って殺したの。その前にそいつに私の…尊厳が殺されて…殺し返しても、戻ることはなかった。

 悲しかった。私が人を、殺せる人間だということが分かってしまった。もう子供の私には戻れなかった。色んなことの選択肢に、殺す、という行為が混ざるようになった。

 怖くて死にたくなった。でも、それすら自分を殺すってことだから、嫌だった。」

レオンははっとしてサンリアを見た。今の自分も同じだ、と理解できた。サンリアは柔和(にゅうわ)な笑みを彼に向けた。


「あのね、人を傷つけなければ、その人と一緒にいていいのよ。」


レオンの目から唐突(とうとつ)に涙が溢れ出た。限界で耐えていた心が、(せき)を切った様に動き出す。さっきの、サンリアを殺す幻覚を、絶対に本物にしたくない。一緒にいたい。旅を、続けたい。


「だから私は、必要な時以外は、どんな時でも、攻撃しない選択肢を選び続けてるの。剣を振る代わりに手を(つな)ぐ。毒を盛る代わりにご飯を作る。首を絞める代わりに抱き締める。それを積み重ねて、私は、人を殺さないこともできる人間だと分かったの。

 大丈夫よ、レオン。貴方は優しい人。剣を正しく振るい、人を守ることのできる人よ。殺人鬼になんかならない。この旅を続ける以上、これからも人を殺さないといけない時はきっと来るわ。そんな時は、自分が何を守るために相手の命を奪うのか、しっかり考えて、腹を(くく)るのよ」

「俺にも…できるかな」

「できるはずよ。私はレオンを信じてる」


少女は少年の両手を握り、優しく微笑んだ。その笑顔は、救いを求める少年の渇望(かつぼう)に染み渡った。もはや少年の手は震えていなかった。

セルシアはその様子を観察し、畏怖(いふ)と共に心に留め置いた。

(まるで洗脳のようだ。この短時間の説得で、見事彼女に命を(ささ)げるナイトの誕生だ。手腕(しゅわん)(あざ)やか、ですね。さては初めてじゃないな?口先三寸は僕の専売特許だと思っていたが…怖い人は貴女ですよ、十三歳のオレンジ姫)





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