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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
一筋の光
3/105

純白の剣

写真撮影のために森に通う少年レオンは、ある日純白の剣を抜いた。彼はその剣を撮影し帰宅した。

レオンは中学を卒業したあと、高校には進学せず、(しゅ)()のカメラをやらせてもらっている。学力的に厳しくて、進学しないと決めた時、就職(しゅうしょく)先を探そうとしていたらシオンに止められた。家計は大丈夫なのか?と聞くと、

「お前は今は自分のやりたいことをしろ。金のことを考えるのは大人になってからで十分だ」

と男前な言葉が返ってきた。だからせめて、良い写真を()って喜んで貰えればいいなと思う。


「早く食えよ、ほら」

「お、ありがとう。シオンは良いよなー。料理上手で」

「まーお前よりはな」

「…俺だって一通り習ったぞ」

「俺に、な!どうせお前暇なんだから晩も作ってくれりゃー良いのに」

「ん、今日は彼女のところへ行くのか?」

シオンは真っ黒なコーヒーを飲みながら目を閉じ、レオンを無視した。

「行くのか!?」

「…それがどーした」

「行くなら泊まれって言いたかっただけサ」

「手の掛かるレオン君がいるから泊まれません!」

「料理位なら大丈夫だって。そのかわり…」

「…土産(みやげ)話か?」

つまり、下ネタである。昔は逐一(ちくいち)()(まん)するように語ってくれたシオンだが、ある時を期に一切黙秘(もくひ)するようになった。本気の相手を見付けたのだろう。

「おう!たまにはきっちり教えてくれよな!」

「まだ早いだろ。お前彼女いないし」

「気になるもんは仕方ないだろ!?」

「断・固・と・し・て・拒・否・す・る!」

「ケチ~」

レオンは口を(とが)らせ、突然()き出した。シオンも笑う。何てことのない(ほが)らかな日常だ。


「ごちそうさま。今日もうまかったよ」

「そりゃ良かった。じゃ、掃除の続きしますか」

「あ、待って待って。今日はすげえもん撮ったんだ、ちょっと見てくれよ」

「へえ…?」

シオンに見せるためにカメラをパソコンに(つな)ぐ。シオンが作業椅子に座り、フォルダを開いて見始めた。

「今日のはここからか?…ほー、こりゃ立派な老木だな!」

「だろ、それにほら、ここ見て……あれ?」

「ん?」


写っていない。

あの美しい剣は、写真には一枚も写っていなかった。


「…おかしいな…。ここに剣が()さってたんだよ、すっげぇ()(れい)な真っ白な剣…。俺がキュッとやったらスポッと抜けて…ここから何枚も写真撮ったんだけど…」

レオンは(あせ)って()(どう)が速くなるのを感じた。シオンに見せようと思って撮ったのに。

まずい。

すごいものを見せると言ったのに。

失望、されてしまう、のでは。

そうなったら、俺は。俺の立場は。

「…白昼夢でも見たんじゃないか?」

シオンが軽く笑う。レオンは(あわ)てて弁明しようとした。

「いや、ホントにあったんだって…そう、こんくらいの大きさの、何の(かざ)りもないシンプルな剣でさ…びっくりするくらい軽くてキラキラしてて…」

早口でまくし立てるレオンを、シオンが面白そうに(なが)めてくる。

「それに、そうだ、抜いた時にサレイ母さんの声がしたんだよ!レオン、って…」


その瞬間、シオンの表情がストンと抜け落ちた。


レオンは兄の様子を見て、自分がやらかしたことに気付いた。

「…今のは笑えない(じょう)(だん)だな、レオン」

「違う、違うんだシオン、冗談言いたくて(うそ)付いたんじゃない…」

「ふーん。まあ、夢で会えただけでも良かったな」

「う……」

夢じゃなかった筈なのに、本当に手に取り声を聞いた筈なのに、それ以上主張出来る雰囲気ではなかった。

「…俺、昼からもっかい見に行ってくる」

「良いぞ、俺は掃除の後彼女のとこ行ってくるから」

「分かった…」

シオンは今の彼女ともう二年近く付き合っているらしい。

兄がいないと生きていけない、という訳ではない。と思う。

明日から結婚して家を出ていくから、と言われても大丈夫な心構えは出来ている。

しかし、この家に二人で住んでいる限りは、兄に見放されるわけにはいかなかった。お前が出て行けと言われたら、レオンは()(たん)に途方に()れる羽目になる。兄は優しいから、滅多なことでそんな流れにはならないと思うが…

(サレイ母さんの話は危なかった)

レオンは再び(くつ)()きながら、ふぅーっと長い溜息(ためいき)をついた。



森の木々に付けた目印は回収していなかったので、彼は迷うことなく歩き続けた。

やがて老樹が見えてくる。その根元に、あの白い剣を放置して帰ったはずだ。

レオンはふと立ち止まった。

(……誰か、いる)

(はな)の様な橙色(だいだいいろ)(かみ)(あか)(ひたい)当てに羽根飾り、黒目九割の可愛らしい顔立ち。所々に(あざ)やかな(しゅ)と黄色のラインが入った白いワンピース。レオンと同い年か、もう少し年下に見える少女が、老樹にもたれかかり、肩にフクロウを乗せ、背中に巨大な(かざ)(ぐるま)を背負い、何か大きなものを抱えている。

レオンは(とっ)()にカメラを探した。しかし、剣の様子の確認だけだと思っていたので、今度は持参していなかった。それに、勝手に撮るのは良くない。撮影交渉(こうしょう)から入るべきだし、そのために女の子に声を掛けるのは…レオンには、無理だった。

少女の方がレオンに気付く。目が合った。

「こんにちは、そこの貴方」

少女が甘やかな声でレオンに声を掛ける。

「おっ、お俺?…ちは…」

「ねえ、この剣を抜いたのは貴方?」

彼女が抱えている物を突き出した。それはいつの間にか(さや)に入っているが、間違いなくレオンが朝、抜いて写真を撮ろうとした剣だった。

「そうだけど…」

レオンが答えると、少女は突然、消えた。


「ねえ」

「おわっ!?」

突然自分のすぐ隣で声がして、レオンは()()った。少女が真横まで一瞬で移動していたのだ。

「お前…誰?」

レオンは少し身構えながら少女に相対する。少女はレオンの警戒(けいかい)を気にするでもなく、

「私はサンリア、十三歳。貴方は?」

とさらっと答えた。

「お、俺、俺はレオンだよ」

(ども)ってしまった、と彼は軽く恥じ入る。

少女サンリアは(しば)しレオンの言葉の続きを待った。小首を(かし)げつつじっと相手の顔を見ている姿は、正直に言おう、実に愛らしい。

「…年は?貴方、(いく)つ?」

(年?)

先程(さきほど)心の中で断言した内容について少し後ろめたさもあり、レオンは(あわ)てた。

(俺って幾つだ?)

「わす…いや、十五歳…だったと思う」

「って、自分の年を忘れるかなぁ!?」

(悪いかよ。)

ちょっと腹が立つ言い方だ。

「でも、十五にしちゃ子供っぽいのね…」

(てめーに言われたかねーや!)

レオンは片眉(かたまゆ)を上げ、心の中だけで(どく)づいた。初対面の、正真正銘の子供に馬鹿にされる(いわ)れはない。子供だからなのか、相手への敬意も無く(から)んでくるので印象は悪く、もうこいつの事絶対に可愛いなんて思わないようにしよう、と心に決める。

「…何か用?」

話し方まで()()なくなってしまう。少女は我に返った様に(まばた)きしながら、少し困った顔をした。

「あー、えっと。貴方が抜いたって言うなら、この剣、持ってちょうだい」

ずい、と(つか)を向けて渡されたので、レオンはそれを(つか)んで受け取った。

「…その剣、持てるんだ…」

サンリアが瞠目(どうもく)する。

「あぁ、軽いぜ?お前のその風車の方が重そうだ」

レオンはサンリアが背負っている大きな杖に目を遣った。よく見れば風車の羽だと思ったそれは、ギザギザとしたノコギリ(かま)(じょう)の四枚の(えい)()な刃だった。

「ううん、違う意味で私は持てないの。柄を(にぎ)ると目の前が真っ白になるから」

「はぁ?でも此処まで運んで来たじゃ…」

(さや)に入れて運んだから」

「…そういえば、鞘どこにあったんだ?」

「私が作ったのよ」

「早!?」

「一週間前に始めたし」

「でもサイズぴったり…どうやって合わせた?」

「その革はある程度(しん)(しゅく)自在なの。それにじーちゃんが教えてくれたしね」

「じーちゃん?」

「このフクロウよ」

サンリアは肩に乗ったフクロウを()でた。フクロウは目を細めてホーッと鳴いた。フクロウが教える?意味が分からない。

「私はね、違う世界から来たのよ。世界は森で(つな)がってるの。で、多分貴方(あなた)に会いに来た。(くわ)しくはじーちゃんに聞いてよね。私は上辺だけしか知らないから」

サンリアはまた一瞬で近くの木の枝まで飛び上がり、そこに腰掛け足をぶらぶらさせている。

スパッツか。慌ててレオンは目を()らしたが、その赤い色が(みょう)に脳裏に焼き付いた。

貴方に会いに来た…軽く発せられたその言葉が、ジワジワと彼の胸を打つ。


「フクロウに聞け、とは?」

「…元は人間なの。私の〈じーちゃん〉、つまり祖父が死んでその魂が〈じーちゃん〉の飼ってたフクロウに移った。だから〈じーちゃん〉。

 テレパシィ、念話で話せるの。でも今は無理、じーちゃんの魔力が足りないから夜まで待たないと。解った?」

本当は全く理解していなかったが、そもそも気になる点がひとつある。

「えーと…違う世界、って何だ?」

「遅いわよ!?」

少女は容赦(ようしゃ)なくツッコんだ。女の子に耐性のない彼は今にも涙目である。

「何だよ…違う世界って。此処(ここ)は」

「此処は世界の(はざ)()。貴方はこの森が何なのか知らないの?」

「何って神社の森だろ?」

「…え?何それ」

「は?知らないのか?」

「だから!違う世界!」

「あぁ…、やっと何となく理解した」

「そう?」

「お前が怪しい妄想(もうそう)女だって事をな」

「!…(ひど)い……妄想なんかじゃ…」

サンリアの声色が(ふる)える。しまった、普段の兄と言い合う調子で言い過ぎたか?

「分かった、分かったって。そんな泣きそうな顔するなよ…だけど、説明してくれなきゃ」

あぁそうか、と真顔で少女は(またた)いた。全く切り替えの早い…とレオンは(あき)れた。

「んー、どこから説明したらいいのかな…。とりあえず、貴方も座りましょ?」

サンリアが背中の風車を手に取りブンと振ると、レオンは足を(すく)われ、そのまま音もなく宙に浮き上がってサンリアの隣に座らされた。周囲の空気ごと運ばれたような感覚だ。

「びっ…くりした〜……」

「うふふ、今のが私の剣の魔法よ。風の剣、ウィングレアス。そして貴方が抜いたその剣は、多分、光の剣グラードシャインだわ」

レオンは魔法なんてものを使われると、流石(さすが)に「違う世界」とやらを信じざるを得なくなっていた。魔法。ゲームや本に出てくる、ファンタジーの単語だ。

「…ちょっと待ってね、今どこから話すか考えてるから…。」

サンリアが剣の台座になっていた老樹を(なが)めながら(だま)り込む。二人に午後の陽気と小鳥の(さえず)りが()(そそ)ぐ。まあ、そんなのんびりした気分なのはレオンだけで、サンリアの頭の中は高速回転していたのだが。

やがて彼女は語り始めた。




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