混ぜるな危険
レオンとセルシアは武闘会のための訓練をしていた。レオンは夕食後、サンリアから雷の剣に関する特殊な事情を聞く。一方、クリスの誘いに乗って夜の街に出かけたセルシアは…。
ひかり。におい。くらくらする。あまい。うるさい。しびれる。いたい。きもちいい。なにをされている?べつにどうでもいい。うっとうしい。たりない。のどがかわく──
「あーあ、ガンギマリじゃん。数日でこんななる?普通。勘弁してよね」
かわいい、声。カランカランと鐘の音。何かを口に突っ込まれる。途端に口蓋から頭蓋へ電流が駆け抜ける様な衝撃を感じた。
視界が、五感が、思考がジャックされる。いや、ジャックを解除されたのだ。頭の中が明確にクリアになっていく。
「──っ、あー……効いたァ………」
「だっさいなぁ…」
毒づく眼前の天使に、彼は抱きついた。
「うわっ!?ちょっと、もう大丈夫な筈だよ!まだおかしいフリなんて通用しないからね!」
「分かってる、愛してる、リノ、んちゅー」
「うわーやめろー!臭い!汚い!!水風呂で頭冷やせクソ野郎!!」
「こらこら…僕の前でイチャイチャするのやめてもらえますか…」
同じく口内に注射を打たれ、まだぐったりと壁にもたれて座り込んでいる灰色の髪の青年が、力無く笑った。被せ直されたヘッドセット以外、全裸で。
「おにーさんもだよ…何がどうなって二人素っ裸でこんなとこにポイされてるんだよ…」
そこは薄暗いホテルの廊下。ティルーンなどの荷物や衣類は彼らの側に捨てられてそのままになっており、それが治安は悪くても犯罪は少ないことの証左かもしれない。
「女の子達と楽しく遊んでるところで何か多分食べた?飲んだ?吸った?かして、そこからはちょっと自信ないです」
「無防備!!」
「いやー、うん…次から気をつけますね…」
「ラリッてるセルシアさんもーさいこーだったよぉ」
「…こいつの仕業?」
「あー、んー…まあそうかも?」
「なんか…ごめんね…。こいつに入れてあるモジュールがあんまり長いこと酩酊状態示してたから来てみたんだけど。もうちょい早く来るべきだったか」
「なーに、心配してくれたのー?リノも混ざるー?」
振り解かれ地面にひしゃげたクリスが手を延ばすと、リノは
カラン…
と無言の鐘ひとつで応え、クリスはその冷たい瞳に被食者の本能を自覚した。目を伏せ額を床に擦り付ける。体が震えるのは恐怖か、歓喜か。
「…すんません」
「うん。次うざ絡みしたら捨てて帰るからね」
「ハイ…」
「あと国外の客人に変なパッチ使わないで」
「ハイ…でもセルシアさんが」
「言い訳無用」
「ハイ…」
その様子が、奔放過ぎる幼馴染達を叱る苦労人の親友に似ていたので、セルシアは懐かしく可笑しくてニコニコと眺めていた。
「大方宿代が切れて部屋から追い出されたんだろうけど…まず風呂に入らないとだからまた一部屋借りたから。ほら二人とも荷物と服持ってそこの部屋入って。さっさとシャワって出て来て」
「あの、リノさん…クリス君と一緒にシャワーはちょっと」
「お前ホントに何したの!?」
仕方なく、リノは大の男が二人で入る風呂場のドアを開けて見張り番をした。クリスは「ちょっといいかも」などと巫山戯ていたが、リノは完全に無視した。
「あのさぁ、大会までもうあと二日なの。知ってる?」
「お、もうそんなに経ってたかー」
「お、じゃないんだよ!僕が助けに来なかったらお前ら出場すらできなくなるとこだったぞ!?その場合クリス、お前は間違いなく有罪だ。雷様が呼んだセルシアさんを誑かした罪」
「そんなー、俺は誑かされた側だよー!有り金すっからかんだしー。こんな美人なお兄さんがさー、金さえ払えば何でもしますよーなんて言っちゃうのが良くないんだよー」
「ははは、マスクは付けてないけどクリス君の声は普通に聞こえてるんですよ」
「そして否定はしないんだねセルシアさんも…はぁ、嫌な化学反応だな…。てか何?有り金すっからかんって言った?」
「あっ、そうじゃんリノちゃん貯金も…!ごめん!」
「別に?元々クリス…脳味噌下半身野郎の金だし、謝らなくていーけど。僕んとこに来るはずだったものがこんな一時の快楽に使われたのは何となくムカつくな。その顔やめろ」
「リノ…そんなに俺に期待してくれて…無理、我慢出来ない。今から抱かせていただきます」
「え、何そういう流れ?お手伝いします」
「違あぁぁう!!!!!!」
リノは忌々しげに壁を叩いた。正気には戻せたのだから、このまま捨てて帰るかとも思う。しかし技師として、大会に出る前に二人の体のメンテナンスも必要だと判断し、その晩は彼の自宅に引き摺って帰った。
そんな訳で、セルシアが宮殿に戻ったのは、本当に大会前夜となったのだった。