雷様のやり方
雷様の説明を受けて武闘会に出場することに決めたレオンとセルシアは、雷様が用意してくれた環境で、それぞれの特訓をし始めた。
大会一週間前の夜、それぞれの訓練を終えたセルシアとレオンがお互いにアイシングしていると。
「ちゃー!セルシアさんいるー?」
ノックの音より大きな声が扉の向こうから聞こえてきた。
「ああ、クリス君ですか。いらっしゃい」
セルシアが声を掛けると、扉がロックを自動で外す。シュンと開いたその向こうに立っていたのは、果たして茶髪の好青年だった。彼はずいずいと笑顔で入って来たが、セルシアとレオンが下着姿で向かい合っているのを見てピタリと足を止めた。
「おっとお邪魔虫?」
「そういうんじゃないですよ頭の中お花畑ですか?」
「何だ?」
「ほらレオン君が理解できずに困ってるじゃないか…何です、偵察ですか?」
「偵察なんてしないよー俺はこう見えて強いからねー!まあ今回はリノも出るから、あの子と当たったら分かんないけどー」
「そうなのか?リノって強そうには見えないけど…」
「あいつが本気出す時は、ガチガチに固めてくるからなー。生身の人間と戦ってるとは思わない方がいいよー」
なるほど、純粋な体力勝負というものでは無さそうだ。しかしそれは、まだ少年であるレオンにも勝機があるということだった。
「有益な情報ありがとうございます。しかし僕らもわざわざ外から参戦するんだ、無策ではありませんよ。」
「ふふ、やっぱサンリアちゃんみたいに飛ぶのー?」
「そんなことはしねーけど」
「こら、レオン君。情報は出し惜しみしなさい」
「えーん、何かめっちゃ目の敵じゃん。折角今夜はセルシアさんをイイトコに連れてってあげようと思ったのにー」
「おや、そうでしたか」
塩対応しながらも人当たりのいい微笑みは絶やしていなかったセルシアの顔が、本当の笑みに変わった。
「君の奢りでいいんですか?」
「うぇ!まあいいけどー。その楽器背負ってけば遊ぶ金くらい簡単に稼げると思うけどねー」
「…まさかそれ目当てで?元々持っていくつもりでしたが」
「よーし、いいぞー!楽しみだなー!」
「何で僕より君の方が嬉しそうなんだ…レオン君、そういう訳で僕はしばらくいなくなりますね。大会前夜には帰ってきます」
「どんだけ!?」
セルシアが去ったので、レオンは自室に戻りベッドにダイブした。
連日のトレーニングで、体が休息を求めている。しかし、食事を取らないと筋肉は付かないのだ。
「コール、ルームサービス、昨日と同じので」
ARに向かって呼び掛ける。
サンリアが考えてくれたトレーニング用ディナーメニュー。結構ガッツリ系だが、誰かと話しながら食べれば苦ではなかった。でも今日は食べ切れるだろうか。
案の定、部屋に食事が届いてベッドまでいい匂いが漂ってきても、レオンは中々起きられなかった。
コンコンコン、とノック音。レオンはもしかして、と跳ね起きた。期待通り、ドアの外にはサンリアが自分の食事盆を持って立っていた。
「今日も晩御飯一緒に食べるでしょ?」
「ああうん、待ってた」
「あら、待たせた?ごめんね。セルシアは?」
「クリスと出かけたよ。数日帰ってこないってさ」
「へぇ、そうなんだ。何の特訓かしら」
(少なくとも大会のための特訓ではないだろうな…)
レオンは出かける二人の浮ついた様子を思い出しながら、「さあな」とだけ応えた。
「今日は何してたんだ?」
「今日も調べ物よ。
雷様が、雷の剣プラズマイドを今回の大会の目玉に据えてる。剣の仲間の物語は、ここでは皆が知るおとぎ話だった。図書館でおとぎ話を調べてみた。他の剣の名前や数、能力については言及されていないから、じーちゃん的にはセーフ。
っていうここまでが昨日までの話ね。覚えてる?」
「勿論」
だがおさらいはありがたい。細かい話は何度もされないと忘れてしまいがちだ。
「良かった。で、今日の収穫は…、雷の剣は今までも何度か褒美として、賞品として人の手に渡ってるみたいなの」
「そんなことして平気なのか!?」
レオンは思わずテーブルに身を乗り出した。サンリアは動じない。
「結論から言うと、平気だったみたい。選ばれし者…誰が選んだ選ばれし者なのか、ずっと気になってたのだけど、どうやら長が選んだ者、という訳みたい。
雷様が選んだ者だから、その人は雷の剣を持てた。レオンのことは昔にレオンのお父様が選んだ。私のことはじーちゃんが。セルシアは、メイラエさんが。
長は、先代の長から秘伝で受け継ぐものなんだけど、そこに血縁関係が関わるのは仕方ない。血を継がないといけないからね。そして長は血族から、英も選ばなければいけない。いつ来るか分からない、侵略の時に備えてね。
そしたら、分かるでしょ?次代の長に選ばれるのは、かつて英として指名された者。先代の、選ばれし者…という訳よ。これが秘密を守り抜く手段だった」
「それじゃあ、この剣は昔父さんが使ってた剣…ってことか?」
「ううん、それも違うわ。本来剣は封印されたままになっている筈のもの。風の剣は姿を変えて、光の剣は神社の森に、音の剣は城の地下に。でも雷の剣は、というかこの世界は特殊。長が代替わりしないの。だから秘伝にする必要すらない。英は事あるごとに選ばれて、まだその時ではなかったと判明すると、消される」
「……け、消される?」
「消されてた。過去の大会のうち、何十年かに一度のペースなのだけど、過去何度も優勝者は確かに雷の剣を戴いている。そして、数年たして返納した記録もある。そして…そこから先、その人が何かの職に就いたという記録は無い。一人も。つまり、」
「消されてたっぽい…ってことか…」
「そう。そして人が消えている事は、こんなに簡単に辿れるくらいだから、隠したい事実でもない様なのよ。
……この世界は雷様の世界だわ、だからあの人が何をしようと咎められる人はいない。でも万事こんな感じなら、その…言っちゃ悪いけど抗議の自殺者も出るわよね…」
サンリアは頬杖をついて溜息を漏らした後、ふとレオンを見遣り、彼の食事がまだ全然終わっていないことに気づいた。
「あっ、ごめんね!?こんな話したらご飯も美味しくなくなるか」
「え、ああいや、大丈夫大丈夫…。食べる食べる、へへ」
レオンはサンリアに気を遣わせまいと、頑張って食事を続けた。サンリアは、そんな善良な彼の姿に、自分達の使命が正当で誇り高く、誰かを不幸にするものではないと信じたい気持ちを無意識に仮託し、心の暗雲を振り払っていた。