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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
三全音
26/105

武闘会に備えて

半人半神が()べる未来都市がもたらす幸福から(はぐ)れた者の隠れ家を離れ、旅人達は(あお)い宮殿に向かう。

ゴンドラがゆっくりと駅に入り、ゲートが開いた。タラップに、白髪を短く刈り上げた初老風の男が立っていた。切れ長の目を強調するような目尻の(すみ)と、(ひたい)に生えた小さな黒い角が、人の良さそうなその顔立ちにあって異彩(いさい)を放っていた。

『よう来た、我が旧友の(すえ)達よ』

口は開かない。じーちゃんと同じく念話の様だ。

「げ、雷様。待ち構えてたのー?」

『まさか。今来たところだよ』

「なら良かったけど、現場が混乱するからあんまりうろうろしないでほしいなー。執務(しつむ)の間まで連れて行くのにー」

『ナギラを助けるためさ。サンリアよ、出してやってくれ』

サンリアは言われて背負袋の口を開けた。じーちゃんが器用に羽と脚を使って外に飛び出した。

「お、昨日のフクロ…ん、フクロウじゃない、人なのか!」

クリスが驚き、レオン達も驚いた。AR越しに見るじーちゃんの顔にはタグが付いていた。

【公開情報 N=マルカトリラ=エズベレンド十五世 シロフクロウ(人格転写)】

『…雷公?』

じーちゃんが怪訝(けげん)そうに雷様を見遣る。

『そうした方が過ごしやすかろう?』

「…じーちゃん、シロフクロウ(人格転写)って書かれてるわよ」

『まあ…間違いではないか…。念話もどうやら既知の技術のようじゃし、乗っからせてもらうとしよう』

「リノが見たらきっとめちゃめちゃ興奮(こうふん)したのになー!」

『ワシを研究しても生身のフクロウの構造以外何も出てこんぞい…あの者からは逃げることにするので宜しく頼む』

『空を飛んでしまえばいい。いくらあの子とて、空を舞うことは出来んよ。お(じょう)さんと違ってな』

雷様がサンリアに微笑(ほほえ)んだ。何故クリスの前で剣にまつわる話をするのか?ルール違反ではないのか?サンリアは少し困惑したが、意図を(つか)みきれないのに不用意な発言をしてはいけないのでぐっと黙った。

雷様がエントランスまで迎えに来たので、クリスとはその場で別れた。クリスも武闘会には出場するらしく、皆の活躍も楽しみにしてるよー!とニコニコ握手していった。


『さて、この(かご)にまた乗って欲しい。私が運転していく』

雷様に(うなが)され、乗ってきた籠に再び全員が乗ると、明らかに今までとは違う動きで籠が飛んだ。今までの動きが電車に近いとすれば、今はバイクに乗っている感覚だ。人の頭上や柱の間を()って、すいすいと籠は宙を泳いだ。


『君達には大会まであと二週間、客人として西の瑪瑙(めのう)(きゅう)に滞在してもらう予定だ。簡単な木人(もくじん)や的などは用意してあるが、もし訓練で必要なものがあれば気軽に私に言ってほしい。私に用意できるものであれば用意しよう』

「失礼ですがまず、武闘会の具体的な話をお聞かせ願えませんか?どの様な形式で、どんな制約があって、何を(もっ)て勝敗が決定するのでしょうか」

セルシアがスッと挙手した後、その手を静かに振り下ろし胸に当て、少し(こうべ)()れて片膝(かたひざ)をついた。恐らく敬意を表する挨拶だろう。

『ああ、それは(もっと)もだ。ところで、私に対してその様に改まる必要はないぞ。君達は剣の仲間であり客人なのだ。ナギラに対する態度と同じでよい』

『もうナギラとは名乗っていないんじゃがな。エズベレンド十五世、エズベレンド公、マルカトリラ殿に直さんか?』

『ああ、こういう面倒くさいことも私は言わないからな。あのナギラが私の中でナギラ以上の価値であるものか』

『誰が面倒くさいじゃと!?』

「じーちゃんは黙ってて」

サンリアにぴしゃりと叱られ、じーちゃんは荒々しく羽音を立てたが、それ以上は何も言わなかった。


『さて、武闘会の説明だったな。一対一のトーナメント戦で、得物(えもの)は近接武器一本のみ。鉄以上の硬度を持つ防具は禁止。事故や怪我に対応する為、必ず医療モジュールを設定しておく事。これはさっきモルガンの店で君達も条件をクリアしたから問題ない。これさえあればそれこそ首が飛ぶ様な(ひど)負傷(ふしょう)でも死なないし、完治に時間は掛かるかもしれないが後遺症も残らないから安心してくれ。

 敗北宣言はいつ出してもよい。医療モジュールが無ければ死んでいたと認められる場合、敗北宣言が出来ない状態になったと認められる場合はその時点で敗退とする。武器を手放して十秒カウントされても敗退だ。

 それから、フィールドは私のナノマシンにより相手に対する妨害の(たぐい)は無効となっている。また、何らかの方法で相手に知覚出来なくなるモジュールもだ。並の魔法は発動しないものと考えた方がいい。

 ただし、このナノマシンを上回る〈奇跡〉を用意することが可能であれば、違反とはしない。つまり、君達の剣の権能(けんのう)は十全に発揮(はっき)できると考えてよい。

 ああ、でも光の剣による視力破壊や音の剣による聴力破壊などの機能破壊は、正しく医療モジュールを設定してある相手には、永続しないと思っておいてくれ。それから、外野や審判にまで影響が出る妨害や知覚遮断を行った場合は違反退場となる。戦いぶりが分からないものは意味がないからな』

「参戦しない、という選択肢もあるのかしら?」

『勿論、強制ではない。実戦により技量を上げる経験になるかと思って提案しているだけだからね』

「それじゃ、私は辞退しておくわ。魔法も無い中でウィングレアスは異質(いしつ)過ぎるもの。風を起こしたり空を飛んだり…出場したって誰の経験にも応用できないわ、きっと」

『それは一理あるかもしれないな。後の二人は?』

「僕は出ますよ。まだオルファリコンで人を斬った経験が少ないんです。殺さないで済むならありがたい」

「セルシア…怖いこと言うなぁ!でも、俺も出るよ。確かに実戦経験は全然ないもんな。死なないならありがたい」

かくしてセルシアとレオンは、似ているようで全く違う動機で武闘会に参戦することになった。


用意された宮殿は、豪奢(ごうしゃ)ではなかったが機能的で美しく、居室も寝室も浴室も三人各々に十分過ぎるほど広い部屋が用意されており、とても居心地が良かった。居室にはフルダイブ型シミュレーション機が置いてあり、武闘会の模擬戦闘ソフトが充実していて、なんと実際には出ないビームまで出せたので、ゲーム好きのレオンは歓喜した。勿論雷様が先に言っていた様に中庭で真剣を使って木人を殴ることも、セルシアとレオンで手合わせすることも可能だ。

だがレオンが困ったのは食事だった。各々の居室にルームサービスが来る形で、何を隠そう彼は今まで食事を一人で食べる習慣が無かったのだ。最初は目新(めあたら)しさで食が進んだが、翌朝には寂しさが限界に達していた。

「おはよーセルシア、朝飯はもう済んだか?」

「おはようレオン君。今からですが、どうしたんです?」

「一緒に食わね?」

「…いいですよ。サンリアちゃんも誘いますか?」

「う、うん…頼む」

サンリアと聞いて耳を赤くするレオンを見て、最初から二人で食べればいいのに、とセルシアは面白くなさそうに片眉を上げた。


昨晩のうちに雷様に早速頼んだらしく、セルシアは朝食を終えると中庭で何やら不思議な器具を使って訓練を始めた。(たたず)むセルシアの周りに人の絵と、人の影の絵が次々現れる。セルシアは影を斬らず人の絵だけを斬り伏せる訓練をしているようだった。セルシアが一息つくまでレオンは筋トレしながらそれを(なが)めていた。

「セルシア、それ何の訓練なんだ?」

「あぁ、レオン君には不要だと思いますよ。これは聴覚に頼りがちな僕が、視野を(きた)える特訓です。

 妨害や知覚遮断が無効化されると言っても、雷様の魔法を上回る使い手が現れればおしまいでしょう?もし何も聞こえない相手に当たった時は、他の感覚に頼るしかない。全部遮断されたらもう勝てないですが、音頼みは克服(こくふく)しておきたいんだ」

「ははぁ、意識高いな…」

普段から剣と共にあるセルシアは、体や剣技を磨くよりも、ここでしか出来ない訓練をと考えたのだろう。レオンも折角だし相手が全く見えなくなった時の対策を考えるか?と考えたが、今更自分の耳が良くなる気はしない。

「まあ、剣で知覚すれば問題ないとは思いますよ?」

「剣で…?」

「うーん、音の剣と一緒かは分からないですが。レオン君、目を(つぶ)ってグラードシャインに意識を向けて、剣に映る景色が見えるようにイメージしてみて」

「剣に映る?」

「今はグラードシャインが君の目だ。グラードシャインを(かか)げれば、辺りを見渡すことも出来る。はい、イメージして」

「あ、何かそれ、」

(戦いの最中、今までも無意識にやっていた気がする。普通見えないような位置の敵も、こうやって剣を振れば、)

「ああ、分かった。見えた!これで勝てる!」

「早い、流石ですね。良かった良かった、これでレオン君は剣の素振(すぶ)りに集中できるという訳です」

「あ、ハイ。基礎頑張ります…」

レオンがすごすごと中庭の端に戻っていく。


セルシアは、剣を弾き飛ばされたら知りませんけどね、とまでは教えてやらなかった。そもそもそんな妨害ですら杞憂(きゆう)かもしれないし、実際に剣を飛ばされて一度斬られてしまえとも思っていた。

どうやら平和な世界にいたレオンは、恐らく剣で傷を負ったことすらないのだろう。その彼が剣を振るう事が、セルシアには危険な行為に思えて仕方なかった。木剣で叩きのめすのも良いが、やはり一度は真剣の怖さを味わうべきだとセルシアは考える。この武闘会ではどんなに斬られても死なない、まさに理想的な環境だ。

セルシアはレオンと当たった時には、サンリアにも遠慮せず、完膚(かんぷ)無きまでに叩きのめすつもりでいた。





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