挿話〜黒の竜騎士〜
「…以上でございます」
若い騎士アザレイが玉座の前に跪き、委細を語り終えた。
「ふむ。大魔導師殿が、な」
「想定外でございました」
「仕方あるまい。彼女には好きに動く権利がある。
が、連携はしようと思わぬことだ」
「と、申されますと」
「彼女の忠誠は余に向いておらぬからな」
「それは…」
アザレイはどう反応するのが正解か分からず言い淀む。王はゆっくりと首を横に振った。
「気付いておらぬとは思うまい。彼女は神のご意向のためにのみ動く。
余は神が何をお望みなのか、正確には分からぬ。イグラスのために余は存在するが、余の為すことは神への反逆やもしれん。
しかし、たとえ沿わぬとしても成さねばならぬ。そうなれば当然、其処元は彼女と敵対することも起こり得る。次からは、彼女が現れたとしても連携は考えずに、己の為すべきことのみを為せ。
偵察はもうよい。…水の都を叩き、〈卵〉を連れ戻せ。騎竜百頭を率いよ」
「御心のままに」
アザレイは王の私室を退がると、その仏頂面の眉間に僅かに皺を作りながら黙々と王宮を後にした。
(水の都を……)
イグラスには六つの騎士団、すなわち金天騎士団、銀天騎士団、紅天騎士団、蒼天騎士団、白天騎士団、黒天騎士団が存在し、それぞれ規模は異なるが概ね数千単位の兵を擁している。騎士団長の下に、二千人規模の旅団、五百人規模の大隊、百人単位の中隊、二十人単位の小隊、五人単位の班と分かれてゆく。年若くもアザレイが束ねる黒天騎士団は竜を操る強襲空挺部隊で、騎竜の少なさから一個旅団程度の規模しかなく、さらに騎竜に跨る実質兵力はその十分の一、つまり二個中隊ほどであった。
王は騎竜百頭、と命じた。それは黒天騎士団の半数を動員せよと言ったに等しい。過去の記録の中でしか知らぬ〈水の都〉攻略に、突然己の命運を賭けることになったのだ。他の騎士団に協力を仰ぐことも考えたが、水の都は確かに空から攻める以外になく、空挺工作部隊の蒼天は拡がり続ける森の維持に手一杯の筈だ。ここは王の命じた通りアザレイのみで踏ん張るところなのだろう。
(しかし、〈卵〉にはどう対抗すれば……)
母の助言が欲しくなるところだが、彼の王はそれを望まない。騎竜が完全に使えなくなる状況も考えて、魔導師を多めに組み込み、重装歩兵を減らして工作兵を…
(…いや、まずはガンホムとディゾールに相談しよう。俺独りで決めるのはまずいという予感がする)
彼は結論を保留し、腹心二人にどう説明するか、彼等なら何と答えるかに思いを巡らせることにした。彼等はアザレイが軍属となる前からの付き合いで、彼が最も信を置く部下達だ。アザレイの出世が早過ぎたせいで二人共まだ中隊長でしかないが、遠くないうちに実力で麾下となるだろうとは考えている。
(父上の顔を潰す真似はできない。絶対に目的は完遂せねばならない。この剣に賭けて……)
彼は背負う漆黒の大剣を繋ぎ止める帯に手を遣り、手甲越しにぐ、と押さえた。