吟遊詩人の旅立ち
宴の翌朝、城で起きた事件の答え合わせの為に話し合いがなされた。といっても、レオンが寝込んでいる間に彼抜きで一度行われており、彼はほぼほぼ教えられる側だったのだが。
『まず、床が抜けたのは明らかに細工の跡があったので間違いなく罠じゃった。光を担当するお主が先行することを読んで、あの迷宮に招き入れたのじゃろう。
サンリアが入ることまでも予想しておったかもしれん。サンリアがセルシアを共に降ろすことも出来たはずじゃが、その場合は誘いの言葉ではなかったかもしれんな』
「セルシアが裏切り者だっていうアレか。結局嘘だったんだよな?」
『難しいところじゃな。あの声の主、メイラエのアニマにとっては、本当のことじゃったのかもしれん。
あれは確かに、メイラエからセルシアに受け継がれるべきものじゃった。正気を失っておっては、己の剣を奪った者に思えてもおかしくはないのじゃ』
「閉じ込められたって言ってたぞ」
「被害妄想だったってことですね…。
しかし問題は、僕が音の剣を取りに一度あの宮殿に立ち入った時、あの迷宮には誰も居なかったということです」
『そう。恐らく、アニマの状態で音の剣が持ち去られた事に気付き、自分で迷宮に入った。
アニマに反転していたならば、例の入り方も間違えたかもしれん。そこを待ち受けていたイグラスのサルレイに、憎悪を煽られ化物の姿に変えられた。
つまり、音の剣を奪った者と共にいた女に閉じ込められた、じゃな』
「持ち去られた、いや僕が手に入れた時点で、メーおじはもう正気じゃなかった、と……」
『お主を宮殿に誘導した時点で、きっと仕込みは済んでいたのじゃろう。でなければただ正当に受け継がれてしまうからの』
セルシアは怒りに唇がわなわなと震えるのを抑えるようにゆっくりと息を吐いた。
「…他人の人生を、何だと思っているんですかね…」
『きゃつらの大義の為には、何だって道具に成り下がるのじゃ。一兵卒に仁義を説いても仕方あるまい』
「思考し行動する自由を奪われているのか。嘆かわしいですね…大義なんて、食えやしないのに」
『その悲運を歌ってやるか?ワシの知る吟遊詩人は、儚むのも得意じゃと思うが』
「もう少し、時間が経つか、せめて正体見たりとなるまでは無理ですね!」
彼はニヤリと笑ったが、両の目は怒りを顕わにしており、その予定は無いと何よりも雄弁に物語っていた。
『…すまぬ、脱線したの。
ああ、ちなみにアニマについてじゃが、メイラエがヨナリアを理想の女の子として捉えていれば、ああいう名乗り方をすることもある。理屈や常識はほぼ失われ、感覚が優先されるんじゃな』
「男の子を理想の女の子として見るってどういうことよ…どんだけ可愛かったのよ」
「今の僕と瓜ふたつでしたが」
「……ますます混乱するからやめて?」
サンリアはセルシアのノースリーブから剥き出しになっている、女性というには逞し過ぎる腕の演奏筋を見ながら首を横に振った。
『さて、そして、恐らくサルレイの仕掛けた罠がまんまと発動した。レオンとサンリアが迷宮に入り、セルシアも後を追う。
ワシは先に一度階下の迷宮を魔力で大まかに把握しとったし、そこにメイラエが化物と成り果てて在ることも分かっておったから、追わずにまずメイラエの居室を目指した。事態解決の手掛かりを探す為じゃ。
奴の日記は勤勉ではなかったが、その日のことは記されておった。サルレイが接触してきた日じゃ』
「その時はまだ正気だったってことか?」
『一日ほど抵抗できたようじゃな。
これは恐ろしいことじゃ。メイラエは強い術師じゃったから。サルレイの術師としての能力は、恐らくどの七神剣をも凌ぐ。己の権能に対し凡そ万能であると考えられるお前達の剣を、じゃ』
事前に聞いていたらしいサンリアとセルシアの顔が曇る。レオンはきょとんとした。
「この剣がすごいのか?」
『すごいんじゃよ!そこをまず分かれ!というかちゃんと使いこなせ!というかお主はまず早よう本来の形まで成長させよ!』
じーちゃんが急に怒って羽ばたいたので、レオンは慌てて反射的にごめんごめんとじーちゃんの肩、もとい羽の付け根を押さえた。
『はー。たまに頓狂が出るから調子狂うわい。
ま、正直一対一では誰も勝てん。剣を集めて対処するしかなかろう。
しかし、恐らくじゃが、さすがにそこまで強い術師はそうそうおらんじゃろう。大魔導師…も、かくやといったところじゃ。
それに、直接対決を避けて事を運ぶ手も考えに入れておく。我々の目的は、あくまでイグラスを打ち倒すこと。敵を出し抜き一気に懐に入れば、かの者と対峙する場面は今後無いかもしれん。
勿論、悲観視すれば先回りされ続ける可能性もあるが…どのみち進んでみなければ分からん』
「そんなに強いなら、何で今直接俺らに手を出して来ないんだ?」
『ふむ…、自分に万一にも危険が及ぶのを避けているのじゃろう。
メイラエは強いといっても剣を操れる訳ではないから攻撃手段に乏しかった。じゃからこれを利用して化物に仕立て上げ、剣の主共を一網打尽にするのが一石二鳥だとでも考えたのじゃろうな』
「僕一人を倒すよりも、僕ら三人をまとめて、ということですね…。しかし、僕が城になど見向きもせず旅立つことも考えられたのでは?」
『そこは、小癪じゃが、ワシの動きまで読まれていたということかの。黒の男が聞き耳を立てていたのは、城をお主らがどう扱うかを把握せんがため、というところか。
もし放置し出立するようなら、化物を街に解き放つこともしたかもしれんな』
「何もかも計画のうちってことかよ。なんか、ムカつくな」
『ああ、間違いなく、化物が倒された場合のことも考えているじゃろうな。次の剣か、その次…必ず近い内にまた仕掛けてくるじゃろう。近さで言えば次は雷、水…』
「おじいさんは違う世界が近いとか遠いとか、分かるんですか?」
『うむ、長の者の役目として、何度か旅をしておる。メイラエやカオンとも既知であった。雷の長も水の長も、無事にしておるといいのじゃが…』
「俺、父さんのこと、色々聞きたいな」
『…すまん、無理なのじゃ。この体に、全ての記憶を移すことはできなくての。人となりなどは記憶しているが、個々のエピソードなどは壊滅しておる。
道にしたって曖昧なものじゃ。本来ならもっとすんなりと案内できた筈なんじゃが。
これは本当にワシの落ち度じゃ、申し訳無い』
「いや、じーちゃんは悪くないだろ。俺もごめん」
じーちゃんがフクロウになった経緯を思い出し、レオンは悪いことをしたなと唇を噛んだ。
『いや…そしてレオンには酷な話をする。メイラエの日記に書かれていたのは、大魔導師サレイが来た、という一文じゃった』
更に数日セルシアの家に滞在したのち、いよいよ出立の日となった。
メイラエと城の件は、ミリヤラにも誰にも伝えずレオン達の胸に仕舞っておくことにした。一度は葬儀を執り行ったこと、誰にも城は認識されていなかったこと、メイラエの遺体が塵となって崩れ落ちた城に埋もれたこと、が理由として挙げられたが、得体の知れない敵のことを伝えて不安にさせたくない、というのが一番大きかった。
セルシアのお別れ公演をミリヤラが提案し、一ヶ月は客が絶えず押し寄せて街から出られない事態になるからやめろとウイリマに却下された。あくまで隣街まで軽い巡業に出る体で、少し離れるだけという雰囲気作りをしていた。アルソエの元締めをしていたシオヤリには、和解のため反対に帰ってくるつもりはないとまで言い切ることにしたが、何故か泣かれたらしい。他にも数人の太客を回る必要はあった様で、数日の滞在延長は主にそのためだった。
ミリヤラ、エルマリ、ウイリマの三人は、城壁を出て街道の最初の看板まで見送りに来た。
「見送れるのはここまで、なのよね?」
「そうらしいね。僕にも以前と変わらない草原にしか見えないんだけど」
「別の国に行っちまうんだなぁ、セルシアも」
「僕は絶対帰ってくるから。安心してよ」
「帰った頃にはウイリマに孫が出来てたりしてね!」
「ミリヤラ、それは洒落になんねえよ。数年内には帰ってきて貰わんと」
「そうよ、セルシア目当てのお客様が干上がってしまうわ」
「見限られない内に帰らないとね!大丈夫、あと剣は四振り、レオン君達のここまでの旅から見ても、本当に意外とすぐに終わるんじゃないかなって思うから」
(すぐに終わらせないと、まずいしな)
レオンはこっそり思ったが、頷くだけに止めた。
「それじゃあ、行ってくるね。元気で」
「こっちの台詞よ。頑張ってらっしゃい」
「もし無理そうだなってなったら構わず逃げ帰って来いよ!てめえの命より大事なもんはねえからな!」
「僕らは、その日が楽しければそれで良かった筈さ。後悔とか責任とか、らしくないことで悩まずにまっすぐ進みなよ」
「皆心配症だね?大丈夫、このセルシアが演らない日は無いからさ」
からりと笑う彼を見て、レオンは不思議と自分も前向きになれそうな気がしてきた。きっと彼等はそうやって、一代限りの己の全てを使い、これまでも、そしてこれからも世界を奮わせてゆくのだろう。
客観的にも、まだ二十歳とはいえ大人が加わることで頼もしさが段違いになったし、音使いは猛獣跋扈する森の中でとても有難い能力だ。光、風、音、とあまりファンタジーの王道ではないような始まり方をしているが、水や炎よりも劣るという訳では断じてない。気分が上がるのも道理である。
それに、音楽家が入って旅が明るくなる、というのは所謂冒険モノでもよくあるパターンだ。
じーちゃんの先導で森を目指しながら、セルシアは旅立ちの歌を歌っていた。背後に彼等を見守る視線がまだあるが、もう振り返らない。
街は窮屈、旅は楽しみ!といった歌の内容を、見送りの人間はどう思うだろうか。
セルシアは、昨日までの仲間よりも今日からの仲間の方に、鼓舞が必要であることを理解していた。
十五歳と十三歳。世界を背負わされるには、あまりにもまだ幼い。
そして、大切な家族の思い出を壊す、敵。
次はもう少し自分に年近い人間が仲間になりますように、出来れば美しく強い女性を、と祈りながら若い詩人は紡ぐのであった。
暁の中 僕は旅立つ
ポケットに銀貨を握りしめて
父さんがしていたマントを羽織り
まだ見ぬ 明日へ
これから何があろうと
僕は後悔しないだろう
もう轍の上は飽き飽きしたんだ
誰も知らない世界へ
僕は 飛び立つんだ
夜更けの頃に 僕は旅立つ
目の奥に故郷を焼き付けて
母さんがこさえた袋を背負い
まだ見ぬ 未来へ
これから何と会おうと
僕は振り返らないだろう
もうぬるま湯の中は飽き飽きしたんだ
誰も咎めぬ世界へ
僕は 出ていくんだ