進化する剣
夢を、見ていた。
何故かすぐに夢と分かった。
懐かしい黒髪の後ろ姿。柔軟剤と少しの卵焼きの匂い。
「……サレイママ?」
少年、いや幼児が口にしたのは懐かしい呼び名。
兄が父親のことを、本当の父親とは区別したいから、と頑なに名前をつけてカオンパパと呼ぶので、彼も幼いながらに対抗して、名前をつけてその母親のことを呼ぶことにしたのだった。
「レオン、どうしたの?」
黒髪の主は振り返らない。近づいて覗き込むと、真剣な表情で化粧箱に映った己の眉と格闘していた。
「…何してるの?」
「お父さんに好きでいてもらうためのお手入れよ」
「……ふぅん。……」
「何か、言いたいことがあるのかな?」
彼は自分の唇がつんと突き出ていることに気づかず、なぜバレたのだろうと鏡の中の母親の目を見つめた。
「んー、うーん。あのね、昨日僕のお誕生日だったでしょ」
「うん、レオンはどんどん大きくなって偉いねぇ」
「シオンが誕生日だった時は、サレイママ、ご本をあげたでしょ」
「あら、知ってたの?でもレオンにはあれは…、ロボのおもちゃじゃ嫌だった?」
「嫌じゃないよ!嬉しかったよ!でもシオンの時はおもちゃもご本もあった」
「あぁ、そっか…本は内緒のつもりであげたからなぁ。レオンにも、内緒で何かあげなくちゃね?」
「ふへへ〜」
この優しい女性と秘密を共有する。それはとっても家族らしくて、彼はそれだけで幸せな気持ちになった。
「それじゃあ、このペンダントをあげましょう」
「!!ええぇー!?いいの!!?大きくてキラキラだよ!?」
「いいけど、大きくてキラキラだから、お母さんの大切なものをあげるからね。投げたり傷つけたりしないで、大事にしてね?
誰かに見せて欲しいって言われないように、こうやって首から掛けて、お服の中に入れておくのよ」
彼は自分の胸元を覗き込みながら何度も頷いた。
母親は贔屓をしない公平な人だと思っていたが、本とこの美しく蒼い宝石とではちょっと価値が違いすぎないだろうか。兄に見つかっても平気だろうか。
ドキドキしながら、でもだから尚の事大切にしようと心に決めて……
ふと、胸元に手を遣ると、いつも肌身離さなかったはずのそれが無い。
「あれっ!?」
思わず飛び起きる。無い。首と繋ぎ止めておく鎖の先が、無い。
「あ、レオン君起きたのね!!良かった…」
薄金色の髪の知らない女性が彼の名を呼ぶ。いや、この人は確か、セルシアの伴奏で歌っていた人だ。
「あの、俺…」
「ちょっと待ってて、皆呼んでくるから」
「俺の…」
彼女は戸惑うレオンを放置して部屋を飛び出していった。
『おぬしの首の宝石なら、グラードシャインに取り込まれよったぞ』
「え、そうなのか。…ええっ!!?」
『グラードシャインはお主の下敷きじゃ』
枕元に休んでいたじーちゃんが布団をポスポスと翼で叩く。レオンは飛び起きて剣を手に取り鞘から抜いた。
「な、何だよ、何だこれどうなってんの…」
純白に輝く刀身の根元に、青い宝石が、まるで最初からそこにあるのが当然のようにがっちりと填り込んでいる。正しく取り込まれた、というのが相応しく、どこからも外れそうにない。
刀身からの光を受けてその宝石が今までになく輝き、こちらの方が美しいなと思う気持ちと、返してほしい気持ちが、思わず宝石に指を掛けた彼の中で競り合う。躊躇いがちにぐっと指に力を込めたが、全くびくともしないようだ。
「はは、外れないな…サレイ母さんの形見…」
『…なるほど、ただの装身具ではなかったか。填るべくして填ったというところかの。
お主の魔力と相性が良いその石が、グラードシャインに取り込まれることにより、お主とグラードシャインの魔力が疎通するようになるのじゃろう。
グラードシャインは進化する剣と聞いていたが、この様に拡張するとは予想外じゃった』
「ま、魔力とか…俺にそんなんあるのか…」
『え、あるじゃろ…』
「そうか…本当にあるもんなんだな…」
『無いと教え込まれとったんか?』
「無いでしょ普通」
『普通あるじゃろ…』
これ以上は無駄だし、そもそも剣の不思議な力が魔力で説明できるのなら、自分にだって本当にあるのかもしれない。魔力。魔力ときたかぁ…
『何ニヤついとるんじゃ気色の悪い。
それより、グラードシャインが進化したのじゃし、活用の幅も拡がっとるかもしれん。何か思いついたら試してみることじゃ』
「分かった…」
ますます手放せなくなったな、と今更ながら彼はその剣を少し恨めしく思う。勿論、手放す気なんかなく、大切にするつもりなのだが。
(活用って何だろうな、新しい技?光の剣…
やっぱりビームかな…光…通信?あ、映像?光で発電?紫外線?光って…何だ?もっと真面目に勉強してれば良かったか)
『しかし、三日も寝込んでおいて、最初に心配するのがペンダントとはな』
「三日も!?」
そう言われると、途端に空腹感が襲ってきた。たまらず蹲る。
「レオン!!」
「レオン君!起きたって、わ!?」
「レオン!?どうしたの!!?」
駆け込んできたサンリアとセルシアがレオンに駆け寄る。
「お…お腹空いた」
レオンが絞り出すようにそう言うと、サンリアは思いっきり彼の背中を叩いた。
「馬鹿!どんだけ心配したと思ってんの!!」
「痛え!痛いけど痛い間は腹減りが紛れるな」
「もうー馬鹿馬鹿!」
バシバシと背中を叩くサンリアに苦笑しながら、セルシアはテントの外に顔を出した。
「ウイリマ、飯出来てる?」
「いつでも来い!」
威勢のいい男の声がする。
「ほら、レオン、ご飯できてるって。行くわよ」
案内された部屋は、既に料理と飲み物で埋め尽くされていた。レオンの体調を気遣うような粥やスープから、青菜の炒め物、がっつりと香草を敷いて焼いた肉、饅頭のようなもの、恐らく甘味にいたるまで、何の祭りかというくらいの食事が用意されている。
「レオン君の体調が分かんなかったから、ウイリマが色々作ってたのよ。
あ、私はエルマリっていいます。覚えてるかな?」
さっきテントを出て皆に知らせてくれた、薄金色の髪に、セルシアと同じ曇りガラスのような目の女がレオンに声を掛ける。両耳は髪で隠しているが恐らくセルシアと同じく外耳が無いのだろう。
「はい、覚えてます!あの、看病もしてくれてたんですか?ありがとうございます、えと、エルマリさん」
「ふふ、いいのよー。セルシアにタメ口なんだから私にもタメ口でよろしくね!」
「う、うん」
太陽のような笑みを向けられ、思わず顔を赤くしたレオンをサンリアが茶化す。
「へー、レオン丁寧語とか使えたんだ?」
「お前は使えなさそうだな」
「使えますぅー!時と場所と場合を考えるだけですぅー」
「俺にもセルシアにも最初からタメ口だったし」
「セルシアはレオンがタメ口だったからそういうものなのかなと思って…レオンはいいでしょ別に」
「おー、俺もタメ口でいいぜ!」
横から鍋を持って現れたのは背の高い黒髪の青年。髪を後ろで纏めて両耳を出している。
ということはセルシア達と同じ人種ではないのだろうか?ただ目は彼らと同じガラスの瞳をしている。
更にその後ろからミリヤラもついてきた。縦も横も前の男より小さいので、横から顔を出してくれるまでレオンは全然気が付かなかった。
「僕もだよー今更だけど。あ、この鍋より顔がでかいのはウイリマね」
「おう、ミリヤラ今晩酒抜きな」
「酷い!?」
「俺はウイリマ、音の民じゃないがこいつらの幼馴染で、このグループの生活課課長ってとこかな」
「課といっても一人しかいないわよ。変な誤解生むでしょ。私とセルシアとミリヤラとウイリマでおしまいの小さなグループなんだから」
「あ、あの、ウイリマ。ご飯ありがとう」
「きゃーこの子良い子!お姉さんギューしちゃう」
「その胸は思春期男子の手に余るからやめてやれ…」
そう言うとウイリマは、どちらかというとレオンの方に力を込めて、エルマリから引き剥がした。