ヨナリアと白い迷宮
レオン達はメイラエ氏を救うため、街の中心にありながら位相がズレてしまった寂れた古城に足を踏み入れた。光を灯しながら先行したレオンは床の崩落に巻き込まれ地下に落ち、助けに飛んだサンリアと共に、そこで怪しげな扉を見つける。扉に触れると『待って!』と少女の声の念話が飛んできた。
『私はここに閉じ込められてるヨナリアっていうの。扉を開いちゃ駄目。貴方達も閉じ込められるわ』
「閉じ込められて…だと?どうして」
『私が本当のオルファリコンの継承者だから』
「「!!」」
衝撃を受けるレオンとサンリアの気配を感じたのか、少女の声が小さくなる。
『…ここに来るってことは貴方達も七神剣の関係者でしょう…?
そしてこんなあからさまなイグラスの罠に掛かりそうになるなら、私の仲間に違いないわ。ただし、本当のことは何も知らない。知らされてない。
…そうよね?』
「…あぁ、そうだよ」
ちょっと、と囁くサンリアに肩を竦めて見せ、レオンは続けた。
「俺は光の剣を持つレオン。隣にいるのは風の剣のサンリアだ」
『レオン、サンリア。初めまして。…なんて暢気なことは言ってられないわね…。
残念だけど、音の剣はもうここには無いわ。奪われてしまった』
「それはもしかして、灰色の髪の男だったか?」
『えぇ、そうよ。…まさか会ったの?』
さらっと返ってきたその言葉に二人は戦慄した。
一体どこからが罠だったのか。
「会った。この城に一緒に来た。落ちたのは俺達二人だけだったけど」
『何てこと。そいつはイグラスと通じているのよ。
この城に閉じ込めて、他の剣も奪おうって魂胆なんだわ』
「…でも、この城に連れてきたのは私のじーちゃんなのよ?」
『えっ…』
少女の声が動揺を見せた。
『…じゃあ、貴女のおじいさんも裏切者なのかも』
「そんな筈無いわよ!何のショーコがあってそんな!」
『ここにはもう音の剣が無いのよ。それなのにここに連れて来ることなんて、剣に引かれたのでなければ道を知っている人でないと不可能よ。
それに貴女のおじいさんも罠に掛かっていない』
「違うわ!私のじーちゃんはフクロウだから落ちなかっただけよ!」
『羽があるならどうして貴女を助けに来ないの?』
「それは…っ、でもそんなことある筈…」
涙目になりながら反論しようとするサンリアに、少女の声は同情した様に言った。
『誰が裏切者なのか、という話は後にしましょう。取り敢えず貴方達は脱出しないといけないわ』
「うん。でも、この扉の向こうにいる君を見捨てる訳にはいかない」
『…優しいのね。じゃあ、この扉を手前に引いて。押し開けると呪いが掛かって出られなくなるのよ、私の様に』
「分かった」
レオンはサンリアの手を握って扉を開いた。
そこは地下なのに妙に明るい空間だった。二人して辺りを見回す。壁、床、天井全てが白い世界。そしてそれは明らかに、
「…迷路、かな。俺苦手なんだけど」
少女の声の主はいない。そして背後の扉が音を立てて閉ざされた。
「…。行くしかねぇってことか」
そう呟いてサンリアを見たが、じーちゃんに裏切られたかもしれない、という言葉に動揺しているのか、俯いたまま返事は無かった。
レオンは溜息を吐き、サンリアの手を取って歩き出した。
もう長いことさ迷い歩いた気がする。
同じ所を行ったり来たりしている様な。
「なぁサンリア、何とか言えよ。俺迷路苦手なんだよ…
このまま出られなくなるかもしれないんだぞ。助けてくれよ」
背後に声を投げ掛ける。サンリアは黙ったまま。泣きたいのを我慢しているかもしれず、振り向くのも躊躇われる。しかし、それにしても…
何も言わない。
息遣いすら…聞こえない。
不意にレオンは恐怖を感じ身を硬くした。
(本当に俺が手を繋いでいるのはサンリアなのか…?実はまた何かの罠で、とんでもない化け物になってるんじゃ…)
迂闊に振り向いてはいけない予感。
彼は余った右手を密かに剣の柄に伸ばした。
サンリアはさっきからずっとイライラしていた。
「ねぇレオン、ここさっきも通ったんじゃない?本当に合ってるんでしょうね…」
しかしその問いかけにも答えず、俺に付いてこいとばかりにしっかり手を握って、前の少年はずんずん進んでゆく。
「ねぇ」
もう何度目かの問いかけをしてから、サンリアは嫌な想像に捕らわれた。
(これは、本当にレオンなのかな…さっきキョロキョロしちゃったからその時に入れ替わって…前から見たら顔が無かったり、とんでもない化け物だったりするんじゃ…)
先に動いたのはサンリアだった。
「もうっ!」
手を振り払いウィングレアスを構える。
前の少年は振り向きざまに剣を抜き、躊躇無くウィングレアスを斬り上げた。
物凄い衝撃でサンリアはウィングレアスごと後方の壁に叩きつけられた。
(うぅ、強…!)
レオンの顔の少年が剣を構え、まだ立ち上がれないでいるサンリアに突っ込もうとする。
「レオン!?レオンなの!!?」
サンリアは渾身の叫び声を上げた。グラードシャインの切っ先があわやというところで止まる。
レオンの口元がサンリアの名を呼ぶ様に動いた。
(もしかしたら…)
サンリアは自分の口を指差し、それから手でアヒルの嘴の様な形を作り口の前で数回開閉し、レオンの耳を指して、自分の顔の前でダメダメという風に手を振った。
(私の声は、君には聞こえないみたいなの。)
レオンは暫くそのジェスチャーを眺めて漸く理解し、首を縦に振った後同じジェスチャーをして返した。
(俺の声も、お前には聞こえていないんだな)
サンリアは頷いた。
レオンは溜息を吐いた様に肩を落とし、サンリアの隣に座った。
(どうしよう…何もかも真っ白で目がおかしくなりそう)
部屋に入る前に聞いた少女の声も嘘みたいに静まり返っている。
ふと、肩を揺さぶられた。
ぼうっとしていたサンリアは、ハッとそちらを見る。
レオンが会心の笑みを浮かべて親指を立てていた。
サンリアが彼をまじまじと見つめると、彼は頷いた後立ち上がり壁に向かい、グラードシャインを抜き払って体ごと突っ込んだ。
ドオォォン、という轟音と共に壁が一部崩れる。
「そっか!」
サンリアが歓声を上げるのと、
『何て乱暴な!』
慌てた少女の声がするのが同時だった。
『そんなことをしたら、城の上部もただじゃ済まないのに!』
「閉じ込められたと主張する貴女がどうして城の心配なんかするんでしょうねぇ?」
凛とした声に二人が振り向く。
そこにセルシアがいた。
『お前…!!』
「セルシア!」
「なんで此処にいるんだ?」
「何故って奈落に落ちたお二人を助けに参ったまでですよ」
『だ、騙されちゃ駄目よ二人とも!』
「騙そうとしているのは貴女でしょう。
しかし残念ですね?貴女の魔力が強すぎて、念話が宮殿中に丸聞こえでしたよ。
あぁ、よりにもよってヨナリアなんて名乗るとはね…誰の記憶を読んだかバレバレだ」
『何よ、私がヨナリアって名前なのは元から…』
「この世界ではね、ア段で終わる名前は男性なんですよ。ご存知でした?」
『…!!』
「間抜けな術士だ。メイラエさんの記憶を読んだんでしょう。
ヨナリアは僕の兄の名前ですよ。可愛かったでしょう?
あの人は本当に女の子の様でしたからね。よく親父さんと小母さんに娘扱いされていました。
でも、…あの人はもう居なくなったんです。もう十年以上前に旅に出て、ね」
セルシアは天井を睨んで唸るように話し続けた。まるでそこに敵が潜んでいるかの様に。
「レオン君達が貴女の罠に嵌まったのはすぐに分かりました。でも普段の僕なら彼らを見極めるためにもう少し様子を見たかもしれない。
あなたがヨナリアを名乗らなかったなら、ね!」
セルシアがティルーンから音の剣オルファリコンを抜き放った!