ルグリアの古城
本来のこの世界の長メイラエは、セルシアの恩人のことだった。彼が暗闇病に冒されており、光の剣でそれを祓えると聞いた音の剣の主セルシアは、光の剣の主レオンに助力を願う。かくて剣の仲間たちは城へと向かうのだった。
城は街の中心にあって驚くほど寂れていた。
煤けた色の鴉が数羽、塔下段の宮殿の様な建物の屋根に留まっているだけで、他には人どころか生き物の姿すら見えなかった。
三人と一羽は、身軽なサンリアとじーちゃんを先頭に、レオン、セルシアと続いて建物に向かった。
「街の中央にある広場なのに誰もいないなんて…普通じゃないわね」
「えぇ、此処、普通の人には見えない様になってるんですよ。
サルレイさんが言ってました、森と同じ様に、他の部分と位相がずれているんだとか。
僕もサルレイさんに案内されるまでは、こんなものが街の中にあったなんて全然知りませんでした」
『何かのきっかけを与えられると、人は揺らぐんじゃ。
住んでいる世界の多層性が判る様になる…かもしれんし、
知らぬ間に全く違う位相に移ってしまってそれきりという事もあるかもしれん。
お前達が思っているほど、〈日常〉は当然ではないということじゃな』
「で、この城のある世界が、僕達が救わなきゃいけない次元のものなんですね?」
『そういうことじゃ』
「じゃあさぁ、もしかしたら俺等の知らないとこでも滅びそうな次元もあるかもしれないんじゃねぇの?」
『勿論あるじゃろうな。しかし存在を知らぬものを助けることは出来ん。
ワシ等は偶然この次元を知っているから、自分が存在しているから、この次元を助けようとしているだけじゃ』
「まぁ、当然でしょうね。僕達は万能ではない、多少力のある剣を手に入れただけの普通の人間だ」
セルシアが皮肉のこもった目でじーちゃんを見遣る。何故そういう目をするのか、レオンには理解出来なかった。
しかしじーちゃんは平気な顔で、
『案ずるな。相手も同じ人間じゃ。単に向こうの方が恐らく此方よりも様々な知識や技術を有しておるというだけでの』
と言った。
レオンは何も言わなかったが、植民地支配という中学校で習った歴史を思い返していた。
一方的で圧倒的であったあれも、同じ普通の人間同士で起こった出来事なのだ。
今起ころうとしていることもそうなのではないだろうか。
そうか、それでセルシアはあんな目をしたのか、と思い当たる。
(本当に勝てるのか…?)
物思いにふけっていたレオンの前で、サンリアが宮殿の重い扉を風の力でこじ開けて、小さな歓声をあげた。
「…すごい!暗いけどあちこち金色が輝いてる…すごい豪華ね」
サンリアの言う通り、宮殿の中は古風で豪奢なつくりになっていた。
濃緋色のカーテン、色褪せたタぺストリー、翼の生えた天使達のレリーフが壁面に施され、金は燭台や手すり、床の模様等に控え目に、しかし惜しむことなく配置されている。
窓が少ない為にかなり暗いが、燭台全てに灯火が点されれば、それはそれは美しい大広間になるのだろう。
「暗いのが勿体無いですね」
「レオン、何とかならないの?」
「あ、うんちょっと試してみるか」
〈点火〉
レオンは呟いてみたが、何も起こらない。
「火、じゃ駄目なんじゃないですか?」
「光専門だものねー」
「あー、なるほど。…仕方ねぇな、ちょっと大規模だけどじーちゃんと同じのでいくか」
〈調光〉!
レオンが叫ぶと、剣の輝きが増した。
ぼわっと三人の周囲が明るくなる。
「おぉー!凄いですね」
「でも期待してたのと違うわ」
「俺の考えてたのとも違う…」
「よね。蝋燭が全部点く感じが良いわ」
「じゃ、それを指定してみてはどうですか?剣とちゃんと意志疎通とらないと」
「うぃ。…えーと、んじゃぁ」
〈調光燭台〉!
レオンが叫ぶと、広間全ての燭台がキラキラと輝き出した。
「…燭台全体が発光してません?」
「くく、あ、案外うまく、く、いかないものねぇ」
「サンリアちゃん、笑い堪えきれてませんよ?
っと、レオン君どうしました?」
「ごめん、へこんだ?」
「…いや」
レオンは急に襲ってきたものすごい脱力感に喘ぎながら、光の剣を握り直した。フッと燭台の光が消える。と同時に体中の血液がドッと巡り、彼の体力を回復させようとしているのが感じ取れた。
「……これ、負担きつかった」
「あちゃぁ…ヘタレなのね」
「まぁ無理はしないで。〈調光〉の時の明るさで、歩くには十分でしょう」
『…お遊びの時間はもうないぞ』
じーちゃんが三人の頭上を旋回した。
『こっちじゃ』
じーちゃんは左右の大小様々な扉を全て無視し、真っ直ぐ奥の大きな階段の方に飛んで行った。
レオンはまっしぐらに、サンリアはきょろきょろしながら、セルシアはもっと調べてみたい気持ちに後ろ髪を引かれながらそちらに向かう。
と、カタカタと床が、燭台が、建物全体が小刻みに揺れ始めた。
皆慌てて階段に向かって一列に走り出す。
レオンが一段目に足を掛けた。
その瞬間!
「っぐわぁああぁあ!!」
「レオン!?」
轟音と共に階段が砕け、彼は地下に放り出された!
「大丈夫ですか!?」
セルシアが呼び掛けるも、返事はない。
迂闊に近寄るとまた崩れるかもしれないので、中を覗き込むことも出来ない。
「…私、行ってくるわ。セルシアさんは地下に下りる階段とか探してちょうだい」
そう言うとサンリアはふわりと浮かんだ。
「そうか、風の剣…。了解です、気を付けてね」
セルシアが手を揚げたのを見てサンリアは頷き、穴に飛び込んだ。
「レオン?どこ?」
地下に着地したものの、辺りは真っ暗で何も見えない。
光の剣の輝きも、無い。
一歩踏み出し、サンリアは足元がぐらつくのを感じた。
「っと、とっ!」
どうやら瓦礫の上に乗っていたらしい。転びそうになりながら駆け降りる。
「この中…かな?」
自分が降りた床が今度は平らなのを確認してから、サンリアは瓦礫を退かし始めた。
中から光が洩れてくる。
「レオン!」
埃まみれになって倒れている彼。傷だらけでダウンしているが、腕などは骨折していない様だ。
「…生きてる?」
サンリアはレオンの頬を捻った。
「っでぇ!」
「あ、何だ」
「え、何だ?」
「生きてたのね」
「悪いか!…サンリアも落ちたのか?」
「ううん。私がそんなへまする訳無いじゃない」
「へまってお前。今の予測出来たか?」
「私はウィングレアスがあるから何とでもなるけど、あんたはもう少し慎重になるべきだと思うわ」
「あ、そ」
レオンはそれを聞き流し、被害のチェック。
「すげぇ、どこも折れてねぇ。青アザとたんこぶは出来そうだけど」
「生きててラッキーだったわね、本当。床が主に木材でなかったら、死んでたわよ」
「あれ、もしかして俺が無事で喜んでる?」
「…ばーか!も一回落ちなさい」
サンリアがウィングレアスを握る手に力を込めると、レオンの体が浮き上がった。
「すみませんすみませんもう勘弁して下さい!」
「分かれば良いのよ」
サンリアは鼻を鳴らした。誰だよこいつに武器を持たせた奴は、とレオンは密かに恨んだ。
「で…此処はどこだ?」
「知らなーい。案外天井高いわね」
「地下の廊下ってとこかな。で、この正面のが何か怪しい扉、と」
「あら…気付かなかった。確かに…
わざわざ何重にも錠を通してるのに全部外れてる辺り、かなり怪しいわね」
「ヤバそうな雰囲気だな」
レオンは言いつつ取手に手を掛けた。
『待って!』
唐突な少女の声、いや念話か。
「誰だ!?」
レオンは大声で呼び掛けた。