音の剣の主
石の都、ルグリア。そこは音の民と呼ばれる音楽の才能を持った外耳を持たない人々が暮らす街だった。レオンとサンリアは笛吹きミリヤラからセルシア青年を紹介され、そのセッションに聞き惚れる。直後、ピンチに陥った二人を救ってくれたセルシアは、レオンに「それ、光の剣ですか?」と問うた。
気を失っているサンリアは、以前レオンが受け止めたサンリアよりも重く感じられた。
しかし、目の前を歩く灰色の男に任せようという気にはなれなかった。
彼は既に抜き身の剣を持っているから荷物が増えると大変に違いない、と考えたのもあるが、やはり先程見せた冷たい笑みが心の何処かで引っ掛かっているのだろう。
セルシアはレオンを紺色のテントの中に案内した。ミリヤラが駆け寄ってくる。
「獅子丸君!心配したよ~。オレンジ姫は大丈夫?」
「獅子丸って、俺か。俺はレオンっていう名前だよ。こいつはオレンジ姫じゃなくてサンリア。
んー…、今は気を失ってるけど、生きてる」
大丈夫かどうかは分からない、と喉まで出かかったが、言い触らしたくもなかったのでやめた。そっとサンリアを床に降ろす。
「そうか、なら一先ず安心だ。いやぁ、吃驚したよ。急に拉致られるんだもんなぁ…傍にいたら止められたんだけど、あ、無理かな、僕は非力だから。ごめんね。
まぁ、代わりにセルシアを助けに行かせたのは僕だから、許して?」
「僕が駆け付けた頃にはもう、レオン君は何人も斬り伏せていましたよ。こっそり感嘆しました、この人はまるで鬼武者の様だと」
セルシアが剣をするりと床置きしてあるティルーンに仕舞いながら言うと、ミリヤラはずずいとレオンを覗き込んだ。
「えぇっ、獅子丸君、あいつらやっつけちゃったのか!?」
「いや、半分も無理だったよ。セルシアさんが来てくれないと危なかった」
「そうですか?お役に立てたなら良かった」
セルシアは柔らかく微笑んだ。彼を警戒するのはお門違いかもしれない、とレオンは思った。
「しかし、弱りましたね…。シオヤリのグループと角突き合わす羽目になるとは」
「あれ?全員殺さなかったの?」
ミリヤラの何気無い一言にレオンは目を剥いた。やはり自分のいた平和な世界とは常識が違うらしい。
セルシアもミリヤラの危険な発言を当然の様に受け止め、肩を竦めた。
「しても仕方ないでしょう、目撃者が多すぎる」
「ああ、うんまぁ、確かにね。アルソエの奴にしては大っぴらにやらかしたよね~」
「相手は寄る辺無い旅人だから大丈夫だと思ったんだろうね。
事実、サンリアちゃんが背負ってるあの大きな風車を見ていなければ僕も動かなかった」
『ウィングレアスを知っとるのか、音の剣の主よ』
突然横たわるサンリアの隣に置かれた袋から声がした。
「あ、じーちゃん忘れてた!」
レオンは慌てて近寄り袋の口を開けた。
『っぷはー!サンリアが気絶したせいで圧迫されて死にそうになったぞい。ワシを忘れるとは太ぇ奴じゃ』
「ごめんよじーちゃん…サンリアがまだ目覚めないんだよ」
『あんな目に遭ったら、さらに目の前で人がばっさばっさ斬られたら、そりゃあ普通の娘はのう…
お主は狂ったみたいな笑い声なんぞ上げておったし、余計にショックじゃったんじゃろ』
「…俺がぁ?!嘘だろ?全然記憶に無いや…楽しんでいる余裕は無かったんだけど、それに人殺しなんて、怖いし」
「…あれだけ手に掛けていた人の言葉とは思えないですね。本当に鬼みたいで感動すら覚えたというのに」
『剣に使われとるんかもしれんな。…ほれ、サンリア、起きろ。起きるんじゃ』
レオンが鬼でなかった事に少し失望した様な目で見てくるセルシアと、レオンの器を見くびっているじーちゃん。
どちらも見るのが嫌で、じーちゃんに突かれてうっすら目を開けたサンリアの顔を覗き込んだ。
「ん…っひあっ!?」
サンリアはレオンと視認するなり悲鳴を上げた。
その表情は明らかな恐怖。
(……そんな、顔を)
『そんな顔をするでない、サンリア。それが恩人に見せる態度か。それでも村長候補か』
「じーちゃん、今は」
良いよ、と言いかけたレオンを遮って、サンリアはレオンの右手を取った。一度しっかり瞬きした後、真っ直ぐレオンを見つめる。
「そうでした。……ありがと、レオン。助かったわ」
「無理すんなよ?」
「大丈夫。な…んともないわ、覚悟はできてるから。レオンこそ、無理しないでね。沢山血を見た後だし……」
「それが、まだ実感が沸いてないんだ。俺が剣を振ったっていう」
「……危ういわね。そんなのマトモじゃない」
『サンリア…』
「いや、本当にな。俺も怖いよ、自分が。
悪い夢の様な…って逃げてる訳でもないんだが、何だろうな…頭に血が上ってたっていうか。
こないだの狼の時もそうだけど、覚えてないんだ。記憶を消されているみたいな」
「光の剣の仕業かもですね?」
セルシアが莞爾として言った。しかし、その言葉にサンリアは身を固くした。
『そういえば話が中途じゃった。セルシアとやら、お主が音の剣の主じゃな?』
「そうです。……、えーと」
「じーちゃんよ。祖父の意味で」
「じーちゃんって、おっしゃるんですか…」
「な、何よ。文句あんの?」
「いいえ。似合ってますね。まるでずっと前からそうだった様だ」
「あら?」
サンリアも、この反応は予想外だった。恐らく疑問形の発言が来ると予期していたのだ。
「ん?何か僕変な事言いました?」
「…いいえ。気にしないで」
「はぁ…」
セルシアは、それ以上尋ねるものでもないかと思い、じーちゃんの方に向き直った。
「…それでは、僕もおじいさんと呼ばせて頂きましょう。
おじいさん、確かに僕は音の剣の主です。そしてサルレイさんから他の七神剣の存在も伺っています」
『…サルレイ、じゃと?誰じゃ、それは』
セルシアの予想に反して、じーちゃんの声は険しかった。
『メイラエではなく?』
「……いえ、メイラエという名前は知りません。
サルレイと名乗る金髪の美しい女性が、僕達に剣の在処を示し、他の七神剣の絵を見せてくれました」
『僕達とは?』
「ミリヤラ達ですよ、なぁ……あれ?」
セルシアが振り向くと、先程までそこにいた筈の赤髪は姿を眩ましていた。
まぁ順当に、気を遣ってこっそり席を外したのだろうと思われる。
「またいなくなっちゃった。ま、要は僕の活動仲間ですよ。
笛吹きのミリヤラ、歌手のエルマリ、裏方のウイリマ。
こいつらは本当に子供の頃から一緒にいるんです。誰にも話せない秘密も、この中でなら共有出来る」
『うーむ……』
じーちゃんはフクロウの顔で器用にも難色を示した。
『メイラエではないとな。しかし彼奴は会合で自分は独りじゃと報告しておった…
サルレイ…金色の髪の女…関係者以外に剣の特定を許す、危険なルール違反じゃな。一体どうした事じゃろう』
「身内でないミリヤラ達に剣の事を教えてはいけなかった?
…でもね、おじいさん。ルール違反だったとしても、僕は彼等に事情を説明する事無しにはこの剣を手に取りませんでしたよ。
行方を眩ませた唯一の肉親な兄貴より、彼等の方がよっぽど身内だから…。
そのメイラエさんは、自分でルールを侵す訳にはいかなかったから、サルレイさんに託したんじゃないですか?」
『一理ある。が、そのサルレイが敵方である可能性もある。
裏切りとは思いたくないが…本人に問い質すのが一番じゃろう。
ちょいとひとっ飛び、今から行ってくるとするかの』
その前に何か食べる物を、とちゃっかりベーコンを何枚かせしめてから、じーちゃんはテントの外に飛び立っていった。
飛び去った方角を見ると、どうやらメイラエという人物は、例の城の辺りにいるらしい。
異世界だというのに迷いのない羽ばたきだった。