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七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
二人を誘う風
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楽園の光と影

レオンとサンリアが辿り着いた初めての異世界。そこは不思議な目を持つ人々が暮らす、石と音楽の都だった。

二人は、レオン先導で手を繋いで歩いた。

やがて大通りに出た。あちこちで美しい楽の音がする。街の中を練り歩いていた笛吹きも、此処から来たのだろうか。


「あぁ…自信無くなっちゃったわ。この街には演奏の(うま)い人が多すぎる」

「ま、音の民が多い街で有名だからな、此処は!」

サンリアの独り言に、背後から突然いらえがあった。

さっきの笛吹きだ。

ただし、今はもう取り巻きは一人もいない…撒いたのだろうか。


「お若いご夫婦、初めての小旅行かな?ようこそ、我々の都ルグリアへ」

「いや、こんな奴夫じゃないから。初めまして笛吹きさん。…我々って?」

「音楽に初めも終わりも無いよ。またお会いしたかもね、オレンジ姫。

 我々って音の民さ。僕もそうなんだよ、ほらぁ右の外耳が無いでしょう?左はあるけど…」

笛吹きが髪を()き上げると本当に右耳がある(はず)の部分が平らだったので、二人は目を剥いた。

見えているのかすら分からない、瞳孔の無い灰色の目よりも衝撃的だ。


「…そんなにまじまじ見ないでよ、照れるから。珍しくも無…

 …あ、田舎から来たとかで音の民の恩恵をあまり受けた事が無いのかな?でも巡業があったでしょう?

 ルグリアは運命に愛された街だから音の民も多い。此処には(まが)い物は絶対いない、皆耳が肥えててすぐにバレるからね。安心して祝福を交換する相手を選べば良いよ」


レオンは途中で聞くのを放棄していた。話が長いしテンポが速い。隣に任せよう…


「情報有難う、笛吹きさん。あのね、最高の祝福を交換したいの…」

「最高の祝福!それならセルシアだよ。

 彼の声は開闢(かいびゃく)、空前と(たた)えられる程だし、〈天使〉エルマリと組んで伴奏に回っても、彼のティルーンから()まれる音は他じゃ絶対に聴けない、何故って仕込んでる剣が違うからね。もう全然!魅了されてしまうよ。

 そして何より僕、笛吹きのミリヤラの仲間だ。でも身内贔屓(みうちびいき)なんかじゃないよ?」

「剣?」

「そう、だってティルーンだもの、剣が無いとね。

 何処で見つけて来たのか、あれは間違いなく最高だ、どんな鍛冶屋もあれを作る事は出来ない…詳しくは企業秘密だけど」

「ま、話だけ聞いても分からないでしょうからね!じゃあ、その人の所に連れていって下さる?」

「勿論さ!」


サンリアは心の中で快哉(かいさい)を叫んだ。

剣を仕込んだ楽器ティルーンの使い手。

音の剣の持ち主にこれ以上相応しい存在はいないではないか!




やがて笛吹きが指差したのは、紺色(こんいろ)のテントだった。

「あそこの人だかりだよ。僕権限で裏まで連れて行ってあげよう。その前に曲を聞いて行くかい?」

「ええ、是非お聴きしたいわ」


若い、というより幼い風貌(ふうぼう)の割に顔が利くらしい笛吹きに引っ張られたサンリアに引っ張られ、レオンは最前列に来た。

目の前に立つ見目麗(みめうるわ)しい女の歌手が一人。長い白曇(しらぐも)りの金髪を前に流し、マントを肩まで脱いでいる。

その左斜め後方に首の長い弦楽器を抱えて座る男が一人。(わず)かに夕雲の気配を帯びた灰色の髪は襟首(えりくび)まで伸び、口許(くちもと)に生まれつきのような自然な微笑み。白く高い鼻筋に細い銀縁(ぎんぶち)の眼鏡を掛けて楽器の調整をしている。

あの楽器がティルーンで、その持ち主がセルシアなのだろう、とレオンは見当をつけた。

歌い手が笛吹きに気付き、微笑んで右手を差し伸べる。

こんな予定じゃなかったんだけどな、と彼はレオン達に軽く肩を(すく)めて見せてから彼女の手を取って演奏側に回り、テントの前に並べてある楽器から今度は大きめの縦笛を手に取り、弾き手の隣に立った。

弾き手が笛吹きを見て一瞬ニヤリとし、目を閉じて穏やかな旋律を(かな)で始める。

聴衆の心を柔らかい風が吹き抜け、セッションが始まった。



御空(みそら)は遠く 君の上にも

変わらずにある そう信じてる


幼い頃の 僕等はいつも

その生き方を 疑いもせず

十年先や もっと未来を

共に過ごすと 決め付けていた


人のえにしは 分からないもの

今では君は 遠い世界で

僕を忘れて あの騎士の(そば)

庭の花さえ 見慣れない青


ラララそれでも 僕は今でも

君を想うよ ダリアに寄せて

僕は幸せ そうさ幸せ

それでも君を 忘れはしない


御空は遠く 君の上にも

祈りを運ぶ 永久(とわ)に幸あれ


あの時君は 僕を捨てたね

僕が気付いた 時には既に

あの美しい 花は枯れてた

もう許してる ただ懐かしい


今願うのは 君の平安

いつか再び 来世でも良い

叶うことなら 話がしたい

昔話を 沢山したい


ラララそういや 僕は今まで

君を(した)って 泣いた事なし

君は幸せ きっと幸せ

笑顔のうちに 君を想うよ


御空は遠く…



透明な声に笛の軽やかなメロディが重なり、高い空の様に人の心を晴れ渡らせる。

弦の響きは時に低く時に高く、歌詞に寄り添い、同時に底から支えながらゆったりと流れる。

それは美しい昔に想いを()せ、最も別れがたき人との別れを(しの)ぶ、(はかな)い歌。

それは大切な人を失いながらも自分の道を(たくま)しく生きようとする、強い歌。

捉え方は聴き手の自由。

解釈は歌い手の仕事でない。

ただありのままを(かな)で歌う、それが音の民。


最後の爪弾(つまび)きの余韻(よいん)が消えた時、聴衆から怒涛(どとう)の拍手が巻き起こった。

ぼうっとしていたレオンも慌てて拍手する。

と、ぐいっと後ろに引っ張られた。

サンリアだ。しかし彼女も乱暴に引っ張られている。

誰に…?



あっという間に二人は路地裏の空き家に連れ込まれ、眼光鋭い男達に囲まれてしまった。

二人の悪漢(あっかん)が前に出てくる。


「おいチビ、さっきは調子に乗りすぎたな」

背の低い方がサンリアに話し掛けた。

「謝るんなら今のうちだぜ」

脳まで筋肉の様な体つきの方の男も口を開く。

サンリアは彼等を(にら)み付けて溜息をついた。


「何言ってんの?私は賭けで勝ったのよ、正当にね。

 しかもあんた達ったら言い(がね)の半分しか持ってなかったのに勘弁してやったのよ。感謝されてもおかしくないのに何で謝んなきゃいけない訳?」

自分が走っていた四時間余りの間に賭け事なんか…しかも、全部巻き上げたのか。レオンは(かたわ)らで絶句した。


「ガキがごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!」


何か言おうと口を開けたサンリアの両頬(りょうほほ)を、脳筋男が咄嗟(とっさ)にがっちりと革の手袋をはめた片手で挟んだ。

サンリアは何も言えず、口を閉めようにも閉められず、痛みをこらえながら脳筋を()めつけた。

小男がニヤついてサンリアの髪を掴み上げる。

レオンは思わず手を伸ばしたが、脳筋に余った左手で張り飛ばされた。壁に叩き付けられ、目が回る。完全に伸びたと認識されたのか、追撃が来ないのが幸いだった。

小男の笑い声が聞こえる。


「良いねぇその目!早く屈辱(くつじょく)(ゆが)むところが見たいよ。音の街に来るのはもう少し大人になってからにするんだったな。マトモな音の民には相手にされなかったろ?お前らみたいな可哀想な奴の為に俺が一肌脱いでやろうってんだ。

 感謝しろよ?チビ。解ったら、その口はもっとマシな事に使え」

「アルソエ、お前と一緒にすんな。俺はその趣味はねぇ。目障(めざわ)りは早く消すのみだ」


脳筋の()し殺した声、つづいてサンリアのくぐもった悲鳴。


「まぁ待てや。お前や兄貴には無くても、この中の何人かはそのために来てんだ。あ、抵抗すんなよ、分かってるよな。大切な坊やが死んじまうぜ?」

ぐるぐる回っていたレオンの視界が漸く戻った。男達に無理矢理抑えつけられたサンリアの頭が、隙間から見えた。

その瞬間、彼は強く光り輝く剣を抜いていた。


まっしぐらに小男の頭を落とした。しかし、〈それ〉は頭を失ってもサンリアを手放さない。その化け物じみた醜悪(しゅうあく)な姿を認め、彼の脳は完全に沸騰(ふっとう)した。


小男の腕が落ちる。

脳筋の腹が割れる。

歪んだ少女の顔。

叫び声。

慌ただしい足音。

敵は何処だ。

的は何処だ。

遅まきながら抜かれる剣が十本。

そこにいたか。

剣が八本。

これで六本。

開かれる扉と差し込んだ光に気を取られた一瞬、剣が飛ばされる。

牙が。

思わず振り向き、背中ががら空きになってしまった。

殺られるか──

「──ッ!?」

目の前に広がるは闇色。

布だ。

痛みは、無い。

声が聞こえる。

「……大人気ない」

肉を斬る音。誰かが代わりに戦っている?

レオンは頭から被せられた布をどけた。灰色のマントの様だ。

「全く…」

影の中に見覚えの無い、背の高い人物がいる。

彼は襲ってきた剣を(かわ)して振り返り、相手の頸椎(けいつい)を突き刺した。

急所を外す気は無いらしい。

更に三人を(まと)め斬りする。

「子供一人に何人がかりですか?」

それでも起き上がろうとした一人の(のど)に剣を突き立てる。そいつはもう起き上がる事はないだろう。


「もう終わりですよね。それとも、まだやるんですか?」


彼は這いつくばる男達にニコリと微笑んだ。冷たい笑みだった。

くるりとレオンの方を向く。

(あ…)

「ティルーンの人…!」

レオンは息を飲んだ。灰色の髪の人は相好(そうごう)を崩した。

「そうです、僕はセルシアと言います。どうぞ宜しく」

「あ、はぁ。レオン…です。宜しく」

柄にもなく敬語を使ってしまった。

セルシアは笑顔のままズボンのポケットから布を取り出し、彼の剣を(ぬぐ)った。

そして飛ばされたままのレオンの剣を拾おうとし、

「う…!」

咄嗟(とっさ)に目を(つぶ)り、(あわ)てて手を離す。

何が起きたのか彼自身も(わか)らぬ様子で(しばら)自失(じしつ)した後、レオンの方をじっと見てきた。

「あ…それ、」

(私は持てないの。(つか)を握ると目の前が真っ白になるから)

レオンはサンリアの言葉を思い出し、慌てて駆け寄り剣を拾い上げた。

セルシアは怪訝(けげん)な顔をしながらも布を少年に手渡した。レオンはども、と言って剣を拭った。

(さや)に戻した所で、もう良いと判断したのかセルシアが口を開いた。

「それ…、光の剣ですか?」

「…え?」

「グラードシャインではないですか?」

大正解だが、突然過ぎてレオンは(あせ)った。やっとこさ声を(しぼ)り出す。

「…取り敢えず、サンリア」





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