花盛りの墓標
夜明けの神が降臨なさってから三年後。
あの大災害からちょうど今日で三年。
漸くイグラスの人々は新しい生活に慣れてきた様だった。
大小様々な問題は勿論残っているが、それを解決するための仕組みが機能し、負荷の偏りも許容範囲内に収まり始めた。初めは国と新教会との間で引っ張りだこだったアザレイの仕事も臨時のものはほぼ無くなり、学園の教師として充実した日々を過ごしている。
そろそろ身長がディゾールを追い越しそうなので、二十歳になったら長命種にしてもらうのも悪くないな、と彼は考えていた。ガンホムは…このまま背が伸びたとしても、追いつけるビジョンが見えない。アザレイは自身の前を行く二人を見比べた。
今ではガンホムが黒天騎士団団長。ディゾールが蒼天騎士団団長である。
王宮は無残に、呆気なく潰れた。
父も、国王陛下も、ハルディリアも、皆三年前に死んでしまった。
イグラスの兵力も多く喪われた。白天、紅天はついに一兵たりとて帰還せず、金天は王と共に全滅。黒天と蒼天のうち崩壊に巻き込まれなかった運のいい百数名と、銀天の二百余名が、大樹の幹で命を繋いだ。そこから更に移民船などで兵が流出し、騎士団は団という名の中隊以下レベルまで人を減らしていた。
しかし、世界が狭くなったのだ。それ以上兵力に人材を割く必要はない。蒼天は輜重兵上がりで元竜騎士であるディゾールの方針のもと、騎竜や海竜を用いた海上保安にも手を延ばし、黒天は普段は大樹の枝の保守を任されている。銀天はダイスモン卿を団長に迎え入れ、夜明けの神と司教達を守る近衛騎士団となった。
アザレイは騎士団には戻らない。それは、近いうちに長命種となるという夜明けの神との約束のためでもあり、策略に嵌められたせいとはいえ一時でもイグラスより私情を優先した、自身へのけじめのためでもあった。
国を挙げて行われた、追悼式典からの帰り道。
「…ちょっと寄る」
アザレイは相変わらず最低限の省エネ発言で、ガンホムとディゾールから離れることを知らせた。二人は振り返り頷く。輝く銀の瞳と穏やかな緑の瞳が彼の背を見守った。
アザレイが向かったのは、新しい学園校舎が建造中の枝の先。海を見晴らす芳しい花園の中に建てられた、王女の墓だった。
今なならば分かる。アザレイは彼女に、将来の伴侶となることを期待されていた。しかし、アザレイは不忠者だった。王宮の被害を見た瞬間、ダークラーに転じていた彼が思ったのは、「ああ、潰れているな」という事実確認だけだった。戦場に生きる者の残酷さが、前に立ってしまった。大樹の枝が落ちた後、丁寧に転がり滑り落ちたのだろう、あれ程巨大だと思っていた王宮に無事な壁は一枚も残っておらず、金色の兵が右往左往していた。そこに追撃の落下物。最早その時には、彼の意識は樹上の神の方に戻っていた。
そんな自分が今更、王と王女の為に涙を流すことすら烏滸がましい。アザレイは弁えていたので、ただ黙って王女の墓に祈りを捧げる。
（貴女の願いに応えられず、貴女のお傍に居られなかったことを懺悔します。そして、これから先も、貴女の下へ行くことは無いでしょう。何処までも不忠な某を…私を、お許しください、ハルディリア。）
「やっぱり、アズは王女様のことが好きだったのか？」
背後からガンホムに声を掛けられる。
「……。」
答えないのは、答えられないからだ。
弱者の他に守るべきだったものを、ひとつ、それと気付いた頃には既に喪っていた。
「……思慕ではない。後悔だ」
アザレイはそう言い残し、墓を立ち去る。
ディゾールとガンホムは目を見合わせ、肩を竦めた。
