唄の司教
夜明けの神が降臨なさってから四ヶ月後。
夜の神は弑逆され、夜明けの神に代替わりした。
今やイグラスの全員が、それを認識している。
何故ならば、夜明けの神の司教が一人、セルシアという名の長命種が、何度も人々に歌って聞かせたからだ。
大樹の恵みに抱かれて 闇に眠りし者達よ
今イグラスの夜は明ける 新たなる神迎え入れ
迫りくる朝に備えよ 大聖堂の鐘が鳴る
昨日に去りし夜の神 惜別の波押し寄せて
世界は沈む海の底 二度と戻れぬ夢なれば
目覚めて奮え明日の為 新たな神の名の元に
神の隣人迎え入れ 共に祖国を盛り立てよ
夜明けの神よご覧あれ!
夜明けの神のご加護あれ!
「聖歌隊でも、今度あのお歌をやるそうです。僕が司教様の役になりました!やっぱりお顔が似ているからですかね!」
ウルスラが嬉しそうに従兄弟に報告する。しかし、従兄弟はちょっと困り顔で微笑んだ。
「ああ、あれね…。正直歌い飽きたよ…。ホントはもっと自由に色んな歌を歌いたいんだけどね…」
「あらら…。それじゃ、僕がとびきり頑張って、セルシアお兄ちゃんの出番を無くしちゃいますね!」
「それは…有難いな。是非頼むよ。…ところで、過激派の件なんだけど。その後は大丈夫?何もされてない?」
「…はい、今のところは…。…僕の声ってそんなに大事なんですかね…」
長命種という存在が明らかになり、夜明けの神に仕える司教達が続々と長命種に転じていくと、人々の中にウルスラを子供の段階で長命種にしてしまおうという過激派が出て来た。天使の歌声を持つウルスラが、将来声変わりをしてボーイソプラノとしての価値を失うのを良しとしない一派だ。
一度だけ本当に危険な目に遭って、ウルスラは危うく去勢されそうになっているところをガンホム率いる黒天騎士団に助けられた。それ以来、ウルスラは歌をセルシアに、護身術をガンホムに、それぞれ習いに通っている。
「やっぱり、人口自体がぐっと減っちゃったからねぇ。娯楽に飢えているというか…君に救いを求める人達が出てくるんだよ。これは音の民の宿命だと思うしかない。」
過去の自分にも心当たりしかないセルシアは、強く生きてくれと願いながら小さい従兄弟の頭を撫でた。
危険な目に遭わせたくないだけなら、歌など禁止してしまえば手っ取り早い。しかしそんな非道なことを、セルシアやディゾールが実行できる訳がないのだった。
「でも、そうだな…。ウルスラだけが注目されている現状が良くないと考えたら…僕がボーイソプラノで歌えばいいのか!」
何かトンデモナイ事を言い出したな、この歌の神様は。ウルスラは絶句して従兄弟を見つめた。恐らくきっと、出来ないことではないのだろう。ウルスラは従兄弟の才能が留まるところを知らないのを十分に理解していた。しかし。
「ちょっと…それじゃあ、セルシアお兄ちゃんを休ませてあげようっていう僕の計画が台無しじゃないですか!」
「いやいや、僕がボーイソプラノを歌えることが知られれば、僕に依頼される曲の幅もぐっと増える筈だからね。飽きなければいいんだよ」
「僕の出番を残しといて下さいよ!」
「えー?それは保証し兼ねるなぁ。チャンスが与えられるのを期待するんじゃなくて、もっと貪欲に生きないと駄目だよ?君はまだまだ若いんだから。その歳で街の女の子全員抱くくらいの…」
「セルシアさん。今はお歌の指導に集中して下さいね?」
それまでじっと黙って部屋のソファでニコニコしていたセルシアの最愛の人が、ニコニコ笑顔のまま彼を牽制する。
セルシアとウルスラは、お互いにそっくりな顔を見合わせて、そっと瞠目した。