表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七神剣の森【全年齢版/完結】  作者: 千艸(ちぐさ)
二人を誘う風
10/105

石と音楽の都

レオンとサンリアは慣れない森をたくましく旅していた。次の剣の仲間を迎えに、新たな異世界へと向かうために。

「着いたっぽいわよ」

「…早!」

旅立って三日目の朝。森の中を最短ルートで進んで来たのだとしても、別の世界から来たにしてはちょっと早すぎである。

「でも…遠いな」

目の前にあるのはただ限りなく広がる草原。(はる)か遠くに(わず)かに黒い城のような街のような影が見える、それだけだった。舗装(ほそう)された道すら近くには見当たらない。小規模な集落がある訳もなく、それが近代的に開発された街や畑しか知らないレオンには、ひどく未開で、そして贅沢(ぜいたく)に見えた。

「うーん、そうねー!よし、競走しましょ」

「え!?」

「当然でしょ、一刻(いっこく)を争うのよ。早く行かないとー」

「楽しそうだな…単に走りたいだけじゃないのか?」

「まぁ、まぁ」

サンリアはニコニコしながらはぐらかした。

(まぁ、十三歳の女の子なんかに俺が負ける訳ないけどな)

レオンは心の中で微笑んだ。


「途中で倒れても知らないぞ?」

「そっちこそ!よぉし、じゃあ…よーい」

『ホウ』

(だ、駄目だ…気が抜けた…。)

レオンはつんのめった。

隣のサンリアも(ひたい)に手を当てて「駄目だこりゃ」のポーズをとっている。

「じーちゃん、いきなり気の抜けた声出さないでよ…」

『済まないのう。じゃが、実験は成功したぞ、と言いたくてのう』

「実験?」

サンリアは目を(まる)くして首を限界まで傾けている。その隣で、

「あ、あれか。成功したのか!」

レオンは素直に喜んだ。が、


ガン!!


サンリアにグーで(なぐ)られてしまった。

「ちょっと、どういう意味!?」

レオンは肩を押さえ痛みに耐えながら話した。

「一昨日の夜頃から、じーちゃんと話してたんだ。どうやったらじーちゃんが昼でも話せる様になるのかって。

 んで、思い付いたのが、じーちゃんの周囲だけ夜にしようって案だ。じーちゃんの周りを減光(げんこう)することで〈夜〉みたいな状態になるんじゃないかってね」

『そして、成功じゃった』

「…じゃあ、じーちゃん、これからはいつでもお喋りしたい時に出来るのね!?」

『そういうことじゃ。グラードシャインの力は、抑えられていても(すご)いのう…』


レオンは(さや)に納まっている剣を見遣る。

剣は、レオンが〈夜〉のイメージを明確にして、条件なんかもしっかり考えてから祈ると、驚くほど呆気(あっけ)なくその術を遂行(すいこう)してみせた。翻訳機能と同じく、一度発動してしまえば、柄を握るどころか意識する必要すらない。しかし、確実に彼の体力の一部を今も吸い続けているのだろう。

少し欲張るとすぐにレオンの体力を奪っていく、美しく危うい光の剣。

一昨日の熊との遭遇(そうぐう)で、レオンは(すで)に一度危険に(さら)されている。

遠くの光景を集めることと、対象の光を奪うこと。それらを同時にやろうとして、彼は失神しかけたのだった。

これで力は抑えられているという。本来の力とやらを引き出すとなれば、負担も増えるに違いない。それを彼が十全(じゅうぜん)に使える日は来るのだろうか。

それとも、やはり本来使うべき人間が他にいるのではないだろうか。


(どうして、俺なんだ…)

それは、彼が〈選ばれし者〉だからだった。だが、彼はそんなことは()っていて、信じられずにいた。

(どうして…俺なんかが…)

あのまま剣を抜かなければ、もっと相応(ふさわ)しい誰かが抜いたかもしれない。

サンリアとじーちゃんで、その誰かを探し当てていたかもしれない。

そういえばあの時、謎の声も言っていた。まだ足りない、と。

真実を見せよう、と。レオンの不安を先読みする様に。

旅は辛くて、危険で、知らないことが多過ぎる。

世界を救うなんて重責(じゅうせき)を背負う覚悟(かくご)も無い。

無事に帰れる保障(ほしょう)だって、全く無い。

でも…

(…仕方ないんだよな)

自分が決めた道。この剣を抜いたのは事故みたいなものだったが、サンリアと共に歩むと決めたのは、(まぎ)れもなく自分なのだ。

…自分しかいなかったとしても。


「おし、競争だ!」



草むらを()き分け走るのは、レオンには初めての経験だった。そのせいか、慣れるまでは余計な怪我もするし上手く進まないしで散々な結果だった。

途中から打ち捨てられたような街道の(あと)を見つけなければ、ここをキャンプ地とする!と(あきら)めてしまっていたかもしれない。

(ようや)く城門近くに辿(たど)り着いたレオンは、その場にへたりこんだ。

「つ、着いた…」

「案外遅いのね」

「うるへー!…お前セコいよ!風の力で運んで貰うなんてさ!」

「でも四時間も(おく)れをとる程じゃないと思うけど…」

「…お前一回自力で走ってこい」

「嫌」

「…んなあっさりと…」


フウッと大きく息を吐いて、レオンは城門を見遣った。

外敵など全くいないのだろう。門は開かれたままだ。


「服替えなきゃね。私達のじゃちょっと寒いみたい」

そう言って彼女は、道の(わき)にあった荷車から(いく)つか衣類を取り出した。

「お、お前何処からそんなもの…」

「ん?この荷車から」

「っじゃなくて。いつどうやって手に入れた?」

「レオンがたらたら歩いてる間、(ひま)だったから。出所は聞いちゃやーよ」

「…(ぬす)みは駄目だぞ」

「ご心配なく。正当な取り分よ」

取り分って、おい。レオンは突っ込みかけたが、やめた。

ここはやはりサンリアに感謝(かんしゃ)しておくべきである。

「有難うな、サンリア」

「照れるからやめてー」

(…普通そこはどういたしまして、とかそう言うもんじゃないのか?)

言いかけて、またやめた。レオンはいまだに彼女との距離感を測りかねている。


「…き、着替えよねっ」

サンリアの声が上ずっている。本当に照れている様だ。

可愛い所もあるのにな…と彼は思った。その瞬間、一昨日の晩の記憶が過ぎり、揶揄(からか)われたことと(むね)チラを思い出してしまった。

いや、これは、よろしくない。レオンは(あせ)った。今後事あるごとにサンリアの胸チラを反芻(はんすう)してしまうかもしれない。

記憶を兄の胸に置き換えてみた。勿体無い気もしたが、サンリアの思うつぼに()まってやるのは歳上として(しゃく)だった。

(うーん…よし、平常心)

「じゃ、着替えたらまたここで落ち合おう」

「そうね」

サンリアはあの回転ノコギリ…もといウィングレアスを振って居なくなった。


レオンは着替え終わって、サンリアを待った。

服に()い付けられた(こし)までの()げ茶色のマントが、重くて慣れない。色合いも、今まで着ていた黄色のシャツとは違って地味な若草(わかくさ)色だ。

サンリアの趣味にしては、彼女の服装の様子ともかけ離れている。

どうやら服を選んでいる時間までは無かったらしい。

ただ、長袖長ズボンになったので、手足の傷はきっとかなり減ることだろう。


(しばら)くして、薄灰色(うすはいいろ)のワンピースを着たサンリアが戻って来た。

しばしお互いの服装を見つめる。

「似合わねー」

「変なのー」

これが二人の意見。この世界の服は彼らの感覚には合わない様だ。

「じーちゃん、(かばん)の中に入ってて」

サンリアは荷車の中から帆布(はんぷ)背負袋(せおいぶくろ)を取り出し、フクロウを押し込んだ。

じーちゃんは羽ばたいて必死に抵抗(ていこう)した。

他人の目から見ると完全に動物虐待(どうぶつぎゃくたい)だ。

「行きましょ」

サンリアは苦しむじーちゃんなどお(かま)い無しに進み出した。



城壁の中の街並みは全て、石と煉瓦(れんが)で出来ていた。

小麦のパンが焼ける香ばしい匂いが南から流れてくるかと思えば燻製(くんせい)のキツい匂いに眉を(ひそ)めさせられ、氷を置かない魚屋の側を足早(あしばや)に通り過ぎ角を曲がると、お口直しとばかりに花屋の百合が道までせりだしている。

道行く人の装いこそ石の都と一体化した(すす)けた色が多いものの、活気に満ち(あふ)れていて、その流れは途切れる事がない。

気になったのは、街の人々と目を合わせられない、という点だ。


「サンリア、気付いてたか、この人達、目が…薄い灰色だし、…黒目の中の黒目、真ん中の黒い部分が無い。ガラスみたいで、どこ視てるか分からねぇ」

「勿論。瞳孔(どうこう)って言うのよ、確か。

 …最初見た時はちょっと怖かったけど、慣れたわ」


彼は、簡単に慣れたと言われてみれば、確かにそれだけの事、気にするまでもないという気持ちになった。彼が今まで遊んだゲームはシオンのお下がりばかりだったが、この人達に似たようなキャラクリエイトができるものもあった筈だ。彼自身、一時期ゴツい白目キャラで遊んでいた事もある。

雰囲気に慣れて気楽になってきたレオンとサンリアは、両手に並ぶ石積みの精緻(せいち)さに一々感動しながら、自然と街の奥、(そび)える宮殿に向かって足を運んでいた。


と、喧騒(けんそう)の中に笛の音色(ねいろ)を聴いた二人は、どちらからともなく歩みを止めた。赤い髪が、明るい旋律(せんりつ)と共に近付いてくる。

…しかし、二人は近付けなかった。周りをがっちりとファンの群れが囲んでいたのだ。

老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)入り乱れているが、やや女比率が大きい。という事は、あの赤髪はきっと男なのだろう。

とても美しい音色とその一団が過ぎ去るまで、二人は壁際に寄ってじっとしていた。

漸く人が(まば)らになると、サンリアは笛吹きが歩き去った方向に付いて行こうとし、レオンは思わずその腕を掴んだ。

彼女が(いぶか)しげに振り返ったので、我に返って彼は硬直した。


「…あ、いやその。ほら、城は反対方向だぞ、と」

「ん?お城が目的だったっけ?」

「いや、ち、違うけど…だって、一番怪しそうじゃないか」

「私達が此処で探すのは、人よ。剣の仲間。あの人なら…そうね、音の剣なら持ってそうじゃない?」

「にしても…うん、そうだ、あの人だかりじゃ近付けない。夜まで待つべきだよ」

「あぁ…それもそうね。じゃ、ちょっと観光しましょうか」

「そうそう」

「ところで、どうしてそんなに必死なの?」

「ん?何の事だ?」

(天然でやってるんだ、この人…)

サンリアはこっそり呆れ返った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ