公爵令嬢は夢を追う
「君を愛してる。ほかの誰よりも。そして、これからもずっと君だけを愛し続けることをここに誓うよ。」
金色の細い髪に、金色の瞳。しかしどこか恥ずかしそうな優しい色を含んだ彼は笑う。
まるで神話の一場面のよう。
沈んでいく夕日に、美しい城下町。
彼がここをプロポーズの場所に選んだのは、上に立つものとして私に夢を持たせるとともにその責を自分と一緒に負ってほしいという彼の無言の問いかけのようにも思える。
二人だけの空間で、彼は緊張した面持ちで私をうかがう。
返事をくれ、彼の瞳が告げている。
私は薄く笑った。
「謹んでお断りいたしますわ王太子殿下。」
◇◆◇◆◇
この国に5つだけの公爵家、そのうちの一つが私の実家であるエルドリー公爵家だ。
王家に次ぐ歴史と財力を持つうちは、ずっと財界の重役として重宝されてきた。もちろん長女の私も周りに丁寧に、恭しく扱われてきた。
私も家にふさわしいようにあろうとまあ、かなり努力をしていた覚えがある。
そのかいあってか顔も、体も、教養も、ある程度は仕上がっていると自負している。
「今日もヴィオレッタさまは大変お美しくあられますわね。」
女に話しかけられる。
侯爵家の、たしか同い年の令嬢だ。今はお茶会だったのをすっかり忘れていた。
「まあ。レイディ様にはかないませんわ。本日のドレスも結もお似合いです。」
貴族特有の、うわべだけのお世辞。何の生産性もない言葉。
まあみんな思ってることは同じだがやめる必要性も感じないので、伝統に身をゆだねたい。
笑みをはりつけて定型文をつらつら話しているとひときわ大きいラッパの音が響く。
「王太子殿下のご到着-!」
うわ。
がやがやしていた会場内が一斉に静まり返り、視線が一点に集まる。優雅に王太子が現れた。
にこりともしない私に気が付くとなぜか照れたように笑った。
どこに照れるポイントがあるのかわからない。鳥肌が立つのを感じた。
となりにいる女にうらやましそうな視線で見られる。
「さすが公爵家のヴァイオレッタ様。もう殿下の婚約者は決まったようなものだといわれているのをご存じで?」
知っている。うるさい女。
隠そうともしない突き刺さった視線にうんざりしてすべて無視することにした。
そこに主催者への挨拶を済ませた王太子が向かってくる。寄るな。
私は目線を合わせずにすっと避けようとするが「エルドリー公爵令嬢」名前を呼ばれる。
いかにも今気づいたかのように振り返り、いつも通り、何年も前から一ミリのぶれない鉄壁の笑みを張り付ける。
「ご機嫌麗しゅう王太子殿下」
「どこかに行こうとしていたのに悪かったね、君は目を離すとすぐにどこかに行ってしまうから、、。」
そりゃああなたに話しかけられないようにしてましたもの。
ほほを染めていとしい人に話しかけているような様子は、普段の様子からは想像もできない。
この態度が婚約者が私に決まっているという噂の根源なのだ。
通常、王太子との婚約は世の女性にとってこれ以上ない名誉。
だれもがその座を狙っていて、婚約者に決まってからも命を狙われた王太子妃がいたらしい。
「それより、この前の話だけど、もう一度考え直してはくれないだろうか?
男として情けない話だとは思うけれどどうしても君のことをあきらめきれない。」
ここがどこか分かっているのだろうか。
周りが気をつかってというかどこか近寄りがたいといった様子で離れてくれているとはいえ、公の場で言うような話じゃない。
あなたが勝手に落ちぶれるのは結構だけれど、私のことまで巻き込まないでいただきたい。
「王太子殿下、場所を考えてくださいまし。
それにそのお話はもう終わったことにございます。」
「ヴァイオレッタ、、、。僕に至らないところがあるなら努力するよ。だから、、、チャンスをくれないか?」
言葉が通じない男と話すことほど時間を無駄にするものはない。
笑うこともやめて騎士に帰ることを告げる。
王太子は悲しそうな眼をしていたが知ったこっちゃない。
王太子だからともてはやされてきたんだろうが、人の気持ちまで操れると思ったら大間違いだ。
せいぜい身の丈に合った品行方正で良妻賢母になる人を選んでほしいと思う。
「お嬢様、王太子殿下のことを嫌ってらっしゃるのですか?というか立派な不敬罪ですよ」
「あなたまでその話?うんざりだわ周りも親も本人も。」
帰りの馬車で護衛の騎士に話しかけられる。暗いので表情は察することはできないがいつもの、小ばかにしたような憎たらしい笑みを浮かべていることだろう。いつも口げんかしている彼だが、能力に不足はないのと空気を読むことができるので仕方なしに護衛に置いている。
「すみませんだって、あんな物言い、誰にもしたことがないじゃないですか。」
「、、、。」
めんどくさい。
その一言に尽きた。
彼の熱い視線も、歯が浮くような言葉も、令嬢からの嫉妬と羨望のまなざしも、すべてがめんどくさい。
私がきれいな見た目をしてるのは王太子のためじゃない。
言い寄られて正直気持ちが悪い。
「まあ、あんなに言ったんだからもう話しかけられることもないでしょう。早く寝たいわ疲れた。」
◆◇◆◇◆
「おめでとうヴィオレ!」
「どうして言ってくれなかったんだ!」
朝起きて朝食を食べに両親に会うと、これまで見たこともないくらい満面の笑みで祝福された。
「ええと、、覚えがないのですが、いったいどういうことでしょう?」
「照れなくたっていいのよヴィオレ!昨日、異例の求婚が届いたのよ。
王太子殿下は、ヴィオレを驚かせて動揺させてしまったと聞謝罪されたのよ。昨夜の様子にも納得したわ。」
「王太子殿下は気をつかってヴィオレを起こさないでくれたんだ。
私たちが承認しておいたから安心してくれ。」
「は?は?」
「ふふっ。王太子殿下はね、異例ではあるけれどはやくヴィオレと婚約者として過ごしたいんですって。
本人を前にしない承認はあまり気が進まないとおっしゃっていたから、私たちが親として責任を持つと言っておいたわよ。」
「なかなか縁談を決めようとしないヴィオレを私たちも心配していたんだ。
王太子妃なんてチャンスがあるときになっておくにこしたことはないだろう?
しかも愛されていると来たら、これ以上ないことじゃないか!よかったなヴィオレ!」
なるほど。
納得してきた。
あのクソ男が何か手を打ってきたらしい。
なびかないから、外堀を埋めてやると??
なんて稚拙な作戦かしらこれじゃあ国の未来も危ぶまれるというところだわ。
「、、、どうするんですお嬢様。」
両親が歓喜に沸いているところを横目に騎士が言う。
「馬鹿ね、どうもしないわよ。王族の婚姻で相手がいない承認なんてありえない。親がどんなに喜んでいようと私の意志に何ら関係もないしね。」
それに、と言いかけたところで門番が王家からの使者が来たといいに来た。
今何時だと思ってるんだ。
王家からの使者?
どうやら王太子はずいぶんお暇らしい。
「まあヴィオレ!何かしらね!!」
母がニマニマにしながらこちらを見てくるが無視する。
この親たちはもともと私の意志を確認しない人たちだ。あなたはまだ幼いから、年月が経ったらこの道を選んでよかったと思うようになる、
私が反抗するといつもそればかり言う。
いままではそれほど強く反抗したこともなかったが、私には夢があった。
結婚するわけにはいかないのだ。
「王命です!」
使者が告げる。
場が静まり返る。
私の額を、一筋の汗が滑る。
ぞわりと、悪寒に襲われるが使者はこの場から離れることを許さない。
「ヴァイオレッタ・エルドリー公爵令嬢。
この度王命で、あなたと王太子殿下の婚約が決まりました。
王宮に来ていただきたいとのことです。」
王命。
なにをいってるこの使者は。
王命、だって?
王家は絶対。王命は絶対。
この国に生きるものならばそれを侵しては生きられない。
「へえ、、、。ずいぶん、面白いことするのね。」
つぶやくように言った私の声は誰にも聞こえることはない。
親は騒ぎ、メイドは慌て、執事は涙ぐみ、私だけがひどく不愉快な気持ちでいっぱいだった。
「来たねヴィオレ。」
「名前で呼ぶことを許可した覚えはありませんわ。」
「つれないなあ。婚約した仲なのに。」
馬鹿にするように、心からこの状況を楽しむような王太子の声に私は黙って彼をにらみ上げる。
「睨まないでよヴィオレ。王命は絶対だろ?将来の王と王妃なんだよ?
もう決まった以上、腹を割っていこうよ」
「馬鹿にしないでくださる?」
「、、、ん?」
「私を、馬鹿にするなと言っているのよ。」
立ち上がって叫ぶように言う。
「あなたのその目も髪も声も、すべての発言が私の気に障るの。
生理的に受け付けないわ。いままでどんなに自由に生きてきたか知らないけれど、私の未来を縛る力があなたにあるものとうぬぼれないことですわね。」
暗い目をした王太子がのろのろと立ち上がり、私に近づいてくる。
ようやく言えたわこの気持ち。
間一髪で彼の手をよけて部屋の外に滑りでる。
見張りが驚いたような眼をしているが、私は顔を青くしてその人にもたれかかる。
「ごめんなさい、、。嬉しさのあまり気分が高揚してしまって、、、。
少し、、、頭が、、、。」
部屋の外に待機していたメイドや騎士が慌ててしゃがみ込んだ私に駆けよる。
将来の王妃に、何かあったら大変だ、と。
「殿下、、、。後日になさったほうがよろしいかもしれません。」
騎士が申し訳なさそうに言うが見上げた彼の顔には何の表情も浮かんでいなかった。
暗くしかし這うような熱を含んだ瞳が私をじっと見つめている。
「王命だよ、、、?」
それだけ言うと彼はマントを翻して去っていった。
王命王命、結局はそれだけが頼みの綱のくせに。
◇◆◇◆◇
両親のもう少し王家と話していくから、先に帰ってゆっくり休みなさいといわれた私は、
家への道を馬車に揺られながら過ごしていた。
ここあたりは砂利道で、普通の道に比べてずいぶん体が揺れるし音も大きくなる。
「騎士。」
「え、、俺ですか?もしかして名前覚えられてない?
え、5年くらい専属騎士をさせていただいてた気がするんですが。」
「覚えてるわ、、、、騎士。」
「、、、、、。」
「とにかく、長い間世話になったわ。
私は今から失踪する。専属騎士のおまえにも何かしらの罰が下るかもしれないわ。
情があるからあなたが今後どうするかも聞いておいてあげるわ。このままエルドリーに仕えるのならやむを得ない状況、を作れないこともないわ。」
「、、、、は?は?」
「早くして。時間がないわけじゃないけど、早く決めることにこしたことないの。」
「え?待ってください、失踪?」
「なに。」
「失踪するとか、聞いてないんですけど。そんなに王太子との婚約が嫌なんですか?」
「私はね、夢があるの。時が来たらこうすることは決めてたわ。というか、あんまり話を聞くとあなた共犯者になるわよ。王家反逆罪の。」
「はんぎゃく、、、。は、。」
「それで、どうするの?無駄話してる暇はないのだけど。」
「ついていきます。」
「はあ?」
「俺はヴァイオレッタ様の専属騎士なんですから、ついていきますよ、どこへでも。」
私は騎士の目の前で手をたたく。
瞬間、私の手から出た青い光がはじかれたように広がって彼の意識が落ちるのを確認する。
すっかり暗くなってきた外に、覚悟を決めて飛び降りる。
受け身を取り反動を逃がせたおかげで音はほとんどしない。
御者には気づかれなかったようだ。
さあ、失踪するとするか。
翌日。
王家に激震が走った。
王太子の婚約者になったばかりの令嬢が城から家に帰る途中で何者かにさらわれたというのだ。
相当に腕の立つ騎士がついていたのだが、気を失っており直前の記憶が全くないということ。御者は人が襲ってきたような揺れも、叫び声も、何一つ感じなかったと言っていること、
既にかなりの範囲を捜索しているが形跡すらも見つかっていないことから、彼女を襲ったのはかなりの高位術者であることが予想された。
彼女を好意的に見ていた王や王妃は、無理な王命を願ってくるほど彼女を愛していた息子を心配していた。
彼は以前の社交的で明るく知的だった様子から別人のように暗くなっている。
周りはまだいなくなって一日だからと彼を必死に慰めるが、聞く耳を持っていないように思われた。
半年後。
さんざん悲劇の令嬢として話題だった彼女の話はもう飽きられたようだった。
王は王太子に品行方正で良妻賢母になるような女性をすすめ彼を必死に慰めているという。
彼女の言葉に聞く耳を持たなかった彼も最近は心を開きかけているようだ。
彼女の実家のエルドリー公爵家もかなり傷心の様子で母親に関しては体調を崩しかけたともいわれていたが、もうすぐで成人する彼女の弟の、跡継ぎとしての準備に追われていなくなった娘の捜索どころではないらしい。先日、彼女の妹の縁談を作ろうとする夫妻が社交界に参加する様子が見られた。
しかし、だれも彼らをひどいというものはいない。
半年も前の話なのだから。
彼女はこれをめんどくさいと言っていたのだろうか。
20年も生きてきて、半年で存在がなかったことのようにされるのを感じていたのだろうか。
いや、彼女のことだから深くは考えていないのだろう。
夢というのが何のことか見当もつかないが幸せに暮らしていることを祈ろう。
騎士はそんなことを考えてふっと笑った。
そよそよ。
風が揺れる。花が香る。
今日も素晴らしい天気だ。
全裸で芝生に寝転ぶことほど楽しいことはない。
ふう、、、。
なんてすばらしい人生だろう。
読んでくださってありがとうございました。
勢いで書いてしまって、設定の粗があったらすみません土下座




