プランBはうまくいかなかった。そして夜会のせいでさらに襲われる
その時、沢山の憲兵がダンスホールに入ってきた。
「何者かが会場を取り囲んでいます。皆さんは避難できるように非常口近くに移動してください!」
と叫んだ。
会場は一気にパニック寸前になり、皆、出口の方に向かって走る。
憲兵は戦闘態勢に入っている。入口や窓の方を見ている。
魔力を持った敵が来る!
これって、プランB!
私達が立てた、混乱作戦。
この高位貴族ばかりの会場で、人知れず魔力を使ったら、敵が攻めてきて、うまくいけば衛兵や憲兵が捕まえてくれるんじゃないかという誘き寄せ作戦だ。
こういった会場には沢山の憲兵や衛兵が見えない所に配置されているはずだ。
私達もすぐに逃げられるように壁側に移動する。
入口から突破してくるのかとおもっていたら、突然、ガラス張りの天井が割れた!
ガラスを突き破って何かが降ってきた。
人だ!
その人は覆面の男性で一直線にグラッドさんに切り掛かった。
グラッドさんはそれを避け、壁を蹴る瞬間に、側にいた憲兵の脇刀を勝手に抜いて応戦する。
刀を抜かれた憲兵は一瞬の出来事に混乱している。
中年男性とグラッドさんは魔力を使いながら戦っているので、生身の人間の目には何が起きているかわからない。
招待客の間をすり抜けて来たのか、敵の数は増えていた。
グラッドさんに複数の男達が襲い掛かる。
敵は全部で5人!
皆、特徴ある覆面をしている。額に何かの紋章が入っている!
劣勢に立たされたグラッドさんは押され気味に後退してくる。
ホールの真ん中まで押し返された時、天井から、網が降ってきた。
危ない!私は咄嗟にエドモンド王子をグラッドさん向けて押した。
網にはエドモンド王子がかかり、グラッドさんはなんとか逃れる。
網から逃げたグラッドさんは襲い掛かる人の背中を蹴り、剣を弾き飛ばした。
それが私の足元に飛んできた。
その剣の柄頭には覆面と同じ紋章が入っていた。
真ん中では網にかかった王子がただもがいている。
この騒ぎで武装した憲兵が沢山ホールに入ってきた。
全員正装の中で、犯人達は私服だ。
「あの私服の奴らが犯人よ!」
私の声で、武装した憲兵達がそちらを向いたので、襲撃班達は、そこにいた全員を飛び越えて入り口から出て行った。
この混乱でパーティーはぐちゃぐちゃになっている。
エドモンド王子に言いたいことは、私が色々と言う前にアンジェリカ王女が言ってしまったけど、私がいうよりも酷いことを言ってくれた!
そして、プランBはうまくいかずに、奴らを1人も捕まえる事ができなかった。
思いの外、襲撃班の人数が多かった。
これは不発だっけど、最高の気分だ。
私達もこの混乱に乗じてパウダールームから荷物を出して、従業員通用口から街中の人混みに紛れた。
グラッドさんと2人で、してやったりと笑いながら手を繋ぎ、人混みに紛れながらパーティー会場から遠くまで来た。
今まで隠れる事や、逃げる事ばかり考えていたけど、今日は違う。
私達なりの抵抗だ。
やられてばかりじゃない。何とか抗って、グラッドさんとオースブリング国に行かなきゃいけない。
高揚した気分が落ち着いてきたので、握った手を眺めて、もう一度笑った。
きっと大丈夫。
そう思いながら人の波に押されて歩いていると、みんなの動きが止まった。
少し高台にやってきたようだ。
すると、花火が上がった。
花火をもっと良く見ようとする人に押されて、私達は向かい合わせになってしまった。
私とグラッドさんはお互いの瞳を見た。
大勢の人がいるはずなのに、喧騒が気にならない。
みんな花火を見ているせいかもしれない。
さらに押されて密着する形になってしまった。
自然と私の視線がグラッドさんの唇に向いた。
グラッドさんは私の瞳をじっと見た。
徐々に唇が近づいだけど、私達はお互いの目を見て、笑って離れた。
そして、急に恥ずかしくなってきた。
「すごい人だね。でも、なんとか帰ろう」
そう言われて、私は足元を見る。
「ええ、そうね」
私達が宿屋に戻ったのは、それからかなり遅くだった。
星まつりは夜通し続くらしく、宿の前も沢山の人で賑わっていた。
ドレスで宿屋に出入りできないので、コートを羽織り、帽子をかぶって戻ってきた。
髪飾りやネックレスは人混みに入る前に胸に隠していたので盗まれずに済んだ。
部屋に戻ると、髪を解き、ドレスを脱いだ。
今日はコルセットの綿を解いてしまったので、もう一度コルセットのお腹の部分を作り直すために、コルセットも脱ぐ。
疲れていて、コルセットをしたままでは眠れないからだ。
グラッドさんはタキシードを脱ぎもうベッドに横になっている。
久々に魔力を使って戦ったせいでつかれているのかもしれない。
私はその空きスペースに横になった。
すると、ぐっと抱き寄せられた。
「コルセットがないとコニーの体は柔らかいな」
寝ぼけた声でそう呟くと、もうグラッドさんから寝息が聞こえていた。
私は、抱き寄せられた腕からグラッドさんの体温が伝わり、何故かドキドキして眠れなかった。
いよいよ、船に乗船する当日。
朝起きると、もうグラッドさんは目を覚ましていた。
私が動かないとグラッドさんは動くことができないので、じっと待っていてくれたようだ。
「おはようございます」
グラッドさんの視線に気がついて目を開けた。
「おはよう、コニー。本当に綺麗な髪だね。バーリエル国の武器屋で見た歌う幽霊は君だったんだね。本当に美しくて、私は幽霊を見たのと本気で思っていたよ」
そう言って髪の毛を撫でる。
「今日は鎧が無いからびっくりするくらい抱き心地がいい」
「鎧って!コルセットの事?」
思わず赤くなってしまう。
「そう、それ!それがないからずっと抱きしめていたい」
そう言われて、ぐっと腰の辺りを掴まれる。
「もう!お遊びはおしまい。今日は船に乗るんだから、その準備をしないと」
そう言って私はまた髪を染めた。
グラッドさんはそのままがいいと言ったけど、私の髪の色のせいでグラッドさんが見つかっては困る。
それから、もう一度、綿を丸めてお腹の位置に縫い付けた。
もちろん、綿の中にイヤリングとネックレスを隠した。
これで準備は完了した。
今から15日間の船旅をする。
リネハン公国から船でバクストン国に入国するのだ。
鞄の中を確認する。昨日のドレスが一番上で、その他に昨日買った服を鞄の上の方に入れて、古いドレスは下の方に隠す。
乗船時に持ち物のチェックがあるが、古い服ばかりだと乗船券を盗んだんじゃないかと疑われる可能性がある。
パーティードレスなどを1番上にするのは、それが理由。
そして、男性用の服も同じような順番でグラッドさんのカバンに入れてもらう。多めに買ってある髪を染める染料も忘れずに入れた。
今日着る服は、昨日買った最近のデザインのドレス。
グラッドさんにも昨日買った服を着てもらった。
今まで着ていた服で二等客室には行けない。
これからの事を考えながら宿屋を出た。
第一関門は船に乗る時だ。
きっと詳しい検査があるはずだ。
港まで歩いている時だった。
馬車が急に私の横に停まり、いきなり手を掴まれて私は馬車に引き込まれ、馬車は走り去る。
すごい力で私を拘束しようとしてくる!
暴れて振り返ると、エドモンド第二王子がそこにいた。
その時、ものすごい音がして、馬車の扉が大破した。
あまりの事に、御者の悲鳴が聞こえて馬車が停まり、御者が逃げていくのが見える。
そこにいたのはグラッドさんだった。
「コニー!大丈夫か?」
グラッドさんは馬車に乗り込み、私の手を掴んでいるエドモンド第二王子を私から引き離して思いっきり殴った後、拘束した。
「カロリーヌと婚約者に戻れれば俺は皇太子になれるんだ!はなせ!俺は一番皇太子の椅子に近いと言われていたんだ」
殴られても尚、そう言ってグラッドさんの手を振り解こうとする。
「バカを言わないで。婚約破棄したのはそっちよ」
グラッドさんはどこからか紐を出してきて、エドモンド王子を縛っていると、馬車にまるで雹が降るように何かが当たっている音と衝撃が響く。
「奴らに見つかった!」
そう言ってグラッドさんはエドモンド王子の腰に刺さった刀を抜くと、壊れた馬車のドアから外を確認しながら出て、御者席に移動した。
馬に鞭を入れて、馬車を走らせる。
私も外に出ようとすると、
「コニーはくるな!」
と言われる。
扉のない馬車からは、同じスピードで並走する馬車から矢が放たれるのが見えた。
数人の覆面の男がそれぞれ矢を放つ。放たれた矢は、それが数十本に増えて御者座席を狙って飛んでくる。
グラッドさんは、その矢を刀を使って全て切り落としていく。
その激しい刀捌きで矢が切り落とされていく音が馬車内にも聞こえるが、外れた矢が馬車の車体に当たり、時折馬車が揺れる。
「あいつらを止めて!」
私はエドモンド王子に向かっていうが、大笑いをして私を見る。
「無理だよ。奴らの狙いあの男。俺の狙いはおまえだ」
そう言って、エドモンド王子は、縛られたままこちらに向かってくる。
「あいつらと仲間だったの?」
私は狭い馬車の中で壁に背中をつける。
「そうだよ。将来国王になれるならなんでもする」
その話の途中から急に馬車が激しく揺れた。
私は馬車の椅子にしがみつく。
外の景色を見ると、細い路地に入ったようだ。
「俺も多少、魔力があるんだよ。でも、世界を手に入れたいとか思っていない、手に入れたところで何があるんだ。それよりも、俺は国王になって、金は使い放題、側室は持ち放題のラクをするんだ。」
笑いながらエドモンド王子が馬車を揺らしている。
私が落ちるのを待っているのか、それとも馬車を壊したいのか。
違う……魔力を使うと奴らが追いかけてくるからわざと使っているんだ!
そうやって私達のいる場所を知らせているんだわ。
何とか辞めさせないと。
周りの景色を見る限り、馬車は細い路地から住宅街に入ってきた。
真横に並走できないので攻撃が一時的に止んでいる。
しかし、家を挟んで隣の道を並走しているようで、道が交差する場所では攻撃を受けるが、家が影になって一瞬攻撃が止む瞬間がある。
逃げるなら今しかない!
私は揺れる馬車の中立ち上がり、思いっきりエドモンド王子に肘打ちをくらわせた。
「なんだ!強いつもりか?男には敵うまい」
そんな言葉を無視して腹部に蹴りを入れる。
それから頭部を蹴り、腹部を殴る。
「ぐわっ!やめろ!俺を誰だと思ってるんだ」
やっとヤバいと気がついたのだろうけど、もう遅い。
「バカ王子」
と答えて後ろから脚で首を絞めて、ものの数秒で気を失わせた。
これでエドモンド王子はもう魔法を使えない。
私は座学で他の王子の妃候補から群を抜いていると言われていたかもしれないけれど、運動神経も、群を抜いていた。
オモリを背負っての訓練など負荷をかけるものは苦手だったから、重いコルセットに苦労したけど、これだけ毎日つけていたから、今は慣れてきて多少動ける。
本当はもっと身軽なのに……。
でも、今はそれどころではない。
逃げなくちゃ!
ドアがあった淵に捕まり外を見て「グラッドさん!手を掴んで」と呼んだ。
這い出ようとしている私に手を伸ばしてくれる。私も左手を伸ばす。
グラッドさんが左手を掴んだ瞬間、私もグラッドさんの手を掴み、思いっきり引っ張った。
そして外に体重をかける。
私の体重の重みで、御者席からグラッドさんが傾いたので、私もそのまま更に体重をかけて、二人で馬車から転がり落ちた。
気絶したエドモンド王子だけを乗せた馬車はそのまま走っていった。
きっと奴らはその馬車を追いかけるだろう。
なんとか逃げられたが、荷物を失ってしまった。
しかもここがどこかわからない。
「チケットはあるから何とか港に向かおう」
グラッドさんの言葉で私は立ち上がる。
幸い、コルセットに隠したお金と、宝石、そして短剣は手元にある。
どうしよう。
着替えの服はない。
新しい服を買いに行こうにも時間もない。
その時、目の前に見えたのがファレル商会だった。
知らない街で、知っている人のいる場所を見て、なんだか涙が溢れた。
自分は強い、なんて思っているけど、長旅で弱っていたのかもしれない。
そんな私の肩をグラッドさんは何も言わず抱いてくれて、一緒にファレル商会に向かって歩いてくれた。
もう一度、会頭への面会を求める。
すると、すぐに出てきてくれた。
「港に向かう途中で、強盗にあい、荷物を持っていかれた上に、揉み合って服が……。大変申し訳ないお願いなのですが、お金を払うので安い鞄と服を調達いただけないでしょうか。もう店を回る時間も元気もないんです」
私達の服装を見た会頭は、驚いている。
破けていて、しかも血が滲んで、髪も乱れている。
「酷い目に遭ったな。可哀想に……。街中でそんな事があるのか」
私達の話を聞いて、服を詰めたトランクを10分で用意してくれた。
「服の好みはわからんから適当だ。あとサイズもな。多少デカくても我慢してくれ。これはシーズン落ちの商品だから売り物ではない。だから金はいらんよ」
そう言って会頭は笑った。
そして傷の手当てをしてくれて、着替えを用意してくれた上に、馬車まで出してくれた。
「元気でな。怖い思いをしたかもしれんが、ここはいい街だから、また戻っておいで」
そう言って馬車を見送ってくれた。
会頭の用意してくれた馬車は窓にカーテンが付いていて、港まではスムーズにたどり着けた。
御者にお礼を言って、乗船の順番をついた。
よかった、間に合った。
次にここが難関。
手荷物検査の後、やはり杖の魔力検査があった。
私が貧血で倒れそうになる演技をして、そんな私を支えるために二人で杖を握る。
何度も行ってきた演技だ。
今回も魔力の反応があったが今までと違い何故か小さかったので、なんとか乗船できた。
不思議に思いながらも、ホッと胸を撫で下ろし、二等客室に行行った。