こんなところにまで似ていない指名手配の似顔絵が!
次の日、なんとか急いで街に向かった。
小さな街に入る時に検査があるようだ。
私達は結婚証明書と、ファレル伯爵の、書いてくれた手紙を用意した。
この街が実質の入国検査だ。
2日間、ずっと山道だった。
そしてここで気がつく。
皆、何かを握らされている!
魔力検査だ……私はグラッドさんを見ると、気がついているようだった。
それは、杖のような物だった。
司教様に教わった通り、私が貧血のふりをして2人で握る。
すると止められた。
「アンタ魔力がある。なら検査しないと」
そう言われてグラッドさんは、ゴーグルをつけさせられた。しかし、すぐに外して、私もゴーグルを付けさせられた。
どうも、何かの検査だったようで、無反応だった。
「って事は、生まれてくる子供に魔力があるのか!行ってよし」
私達は胸を撫で下ろした。
グラッドさんは小さな声で『司教様に壁の取り払い方を習っておいてよかった』と呟いた。
あのゴーグルの検査を通過できたのは司教様のおかげなのね。
やっぱりあの方はすごいわ。
街は中規模で、ファレル商会について聞くと、街にある商会の場所を教えてくれた。
しかし、行ってみると、そこは小さな支店で会頭はここにはいないと言われた。
手紙を見せると、会頭はストールリバという港街にいると教えてくれた。
それってバクストン国行きの船が出る街だ!
目的地は一つだった。
なるべく早く港に辿り着きたいが大きい街はそれだけ魔力検査を受ける事が多くなる。
だから、遠回りでも小さい街を選んで進む事にした。
そう話し合った後、食べ物を買いに市場に行った。
小さな街でも活気があってワクワクする。
この街では、市場に来るのは女性の役目のようで私1人で買い物をしていた。
すると、何故か宝石泥棒として判別がつかないくらい別人の似顔絵が貼ってある!
「あの宝石泥棒の似顔絵ってなんですか?」
私の質問に、市場のおばさんは笑う。
「あれね。あの人を見つけたらバーリエル国の王室から大金がもらえるらしいわ。なんでも王子様の宝石を盗んだらしいわ」
「へぇ!って事は賞金首ね」
そう言うとおばさんは大笑いした。
私が賞金首になっている……。
これはグラッドさんに言ったほうがいいのかな?
すごく悩んで、私は、言わない事にした。
そのかわり、今持っている古着に合う帽子を買った。
何かあったら顔を隠さないといけない。
その横に男性用の皮の手袋が売られていた。
ゴア市の武器屋さんを思い出して思わず買ってしまった。
私が宿屋に戻ると、グラッドさんは部屋で剣術の練習をしていた。短剣でも訓練は必要だもの。
「びっくりさせたね。私は国にいる時は剣術も語学も、何もかもまともには学ばなかった。でも、皆んなの力を借りてなんとかここまで来れた」
「私は逆に勉強しかしなかったの。だから、知らない人に話しかけたり、旅をしたり。みんな司教様のおかげです」
なんだか気恥ずかしくて笑った。
ここから、話し合った通り小さい街を通ってストールリバを目指した。
何度か魔力検査があったけど、最初と同じようにしてごまかした。
だんだん旅にも慣れてくると、2人での旅も悪くない物だと思えてきた。
色々な景色を見たり、食べたことのない物を食べたり。
一つのベッドで寝るのは慣れないけれど、他はかなり快適だった。
こうやって対等に話し合っていけるのはいい。
いよいよ明日、ストールリバに着く。
夕食を済ませて、部屋に入る。
ベッドはここ数日で1番小さい。
流石に左右からベッドに入る事はできなくなった。
これは一緒にベッドに倒れ込むか、又は、グラッドさんが横になって、空いているスペースに私が入り込むしかない。
「左右から入れないから、一緒に倒れ込んで寝るしかないけど、ベッドが壊れたら弁償できないわ」
私の言葉にグラッドさんは笑いを堪える。
「コニー……そんな可愛いことを言わないでくれ」
この時、名前を呼ばれて、更に恥ずかしくなった。
「なんでこのタイミングで名前を!」
私は両手で顔を覆う。
なんでこのタイミングで初めて名前を呼ぶのよ!
「グラッドさんが先に寝てよ。私は空いているスペースに寝るわ」
「わかった」
グラッドさんは狭いベッドになるべく端に寄って寝転がってくれた。
私は空いている場所になんとか寝転がる。
朝目が覚めると、グラッドさんとほぼ密着していた。
恥ずかしくて飛び起きる。
それから急いで身支度をした。
私達は夫婦になって2ヶ月も経つのに、本当に何もない。
誓いのキスすらもない。
グラッドさんは私より年上だけど、以前『姉』のようだと言われたから異性として見られていないのは知っている。
私も、兄弟だと思って接している。
だからこそ、同じベッドで眠るのもいつの間にか平気になったのかもしれない。
宿屋を出て、ストールバリ市までの乗合馬車の切符を買っている時だった。
何故か遠くに、見覚えのある馬車がある。
エドモンド第二王子の馬車だ!
あの紋章は絶対にそうだ。
でも何故こんな小さな街に?
「この辺りでお祭りとかあるんですか?」
私が聞くと、商会の受付の人が笑顔になった。
「ストールバリでもうすぐ星まつりがあるんです」
それを聞いてグラッドさんと顔を見合わせた。
だから切符売り場がこんなに混んでいるんだ!
「お祭りがあったりすると臨時便が出たりする。船が出るかもしれないから早く街に入ろう」
グラッドさんに言われてなるべく早い馬車に乗る。
ここから何か悪い事が起きませんように。
そう願って馬車に乗り込んだ。
ストールバリに着くと、やはり街に入るために検査があった。
今回はかなり厳重で、握らされる杖にメモリが付いている。
私が握ろうとすると、いつものようにグラッドさんが手を添えた。
すると、大きくメモリが動いたのだ。
「お前達は魔力があるな?」
そう言われて検査所から別の所に連れて行かれた。
そこには水晶が置いてある。
一番まずいパターンだ!
まず、グラッドさんが水晶触るように言われた。
躊躇しながらもグラッドさんが触ろうとした時だった。
検査官が誰かに呼ばれた。
緊急だったようで私達はこの場で待つように言われた。
私達は部屋に閉じ込められたままだ。
この部屋は建物の中だが、簡易的で、すぐに外に出られる。
なんとかしないと!
今の間に誤魔化す方法を……。
「これを着て」
そう言って着替えをわたし、自分も着替える。
それなら検査を免除できる方法はないかと考えたが、これしか思いつかなかった。
私は修道女の格好をして、グラッドさんは司祭様の格好をした。先日買った皮の手袋をはめてもらって聖書を手に持つ。
もしかしたら手袋の上からなら大丈夫かもしれない。
それに、もしも検査結果のためにどこかに連れて行かれても聖職者なら酷い目には遭わされないかもしれない。
神に祈る気持ちで待っていると、先程とは違う検査官が来た。
「若い夫婦を検査しろと言われたが、聖職者か!」
この国ではあまり教会がないと聞いているが、信仰がないわけではないと信じている。
すると、検査官はグラッドさんの聖書を見た。
古ぼけた聖書だ。
「ずっとそうやって旅をしているのか。この街には小さいが教会はある」
そう言って検査官は私達を解放してくれた。
危なかった……。
物陰で聖職者の服を脱ぎ、商会へと向かった。
会頭に面会を求めると、すぐに会えた。
そしてファレル伯爵の手紙を渡す。
「兄からの手紙を持ってきてくれてありがとう!君達の目的地はどこだ?」
「バクストン国です。港から船が出ていると聞いてここまで来ました」
「確かに1ヶ月に一回出ているな。もうすぐ出港の時期だ。せっかく故郷のバーリエル国から来たんだ。ここに滞在してはどうだ?」
「いえ。そんな気遣い大丈夫です。でも、もしよかったら……」
喜んでくれた会頭は、このままここに滞在するように提案してくれたが、私達は辞退して、そのかわり港に近い安い宿を探してもらった。
お祭りが近いのに、ファレル商会の会頭のおかげでなんとか宿が確保できた。
宿の部屋に入ったが、まず旅券を買いに行った方がいいはずだ。
「金貨を出すので見ないでください」
そうお願いをして服を脱ぎ、交易船の切符を買うために、コルセットから金貨を外した。
そしてグラッドさんに渡す。
すると突然、グラッドさんは私を抱きしめた。
「ここまでありがとう。もうきっと大丈夫だ。交易船には私一人で乗るよ。君にこれ以上迷惑はかけられない」
そう言っておでこにキスをくれた。
「私はここで夫に捨てられるの?」
「そんなつもりでは……」
「形だけの夫婦だけど、偽装じゃなくて本当に結婚しているのよ?私は知らない港街で夫に捨てられるの?」
私は真剣な目でグラッドさんを見た。
「でも、君はコニーなのに、証明書にはカロリーヌと書いてある」
「コニーは修道女の名前。本名はカロリーヌなの」
「では、君は嘘を書いたわけではないのか……。このストールリバに入る時に気がついたんだ。署名の名前が違うことに。だとしたら、この証明書は無効だし、君には迷惑をかけられないと思って」
グラッドさんは私の返事を聞いてホッとしたような表情を浮かべた。
「あの時、ちゃんと本当の名前を書いたわ。まず、私の本名は司教様は知っていたからウソをいたら受理されてないわ。だから、証明書を見てください」
グラッドさんは証明書を開いた。
「私のところには、カロリーヌ・メイスンと書いてあります。これが私の本名です」
そう言って私は笑った。
「実は私も、いつも書いていた署名を書いてしまった」
そう言って見せられた文字は崩しすぎて読めない。
「なんて書いてあるんですか?」
「グラッドストン・コペル」
そう言ってグラッドさんは屈託のない表情で笑った。
「コリーはカロリーヌって名前なんだな。君にぴったりの名前だよ。子供の頃の君の愛称はキャロルだったかな?」
「いえ。誰も愛称で呼んでくれなかったわ」
「キャロルって呼ぶ事を許してくれたら教えてほしい」
「無事にあなたの故郷のオースブリング国に着いたら許すわ」
そう答えると、私をベッドに座らせてグラッドさんは私の横に座った。
「コニー。本当に私についてきてくれるのか?」
「当たり前じゃない。修道女になろうとした私が結婚するのよ?よっぽどの覚悟がないとできないわ」
「でも、ここまで白い結婚だ。教会に行けば撤回できるはずだ。私は誓いのキスすらしていない」
「私はあなたの妻です。ほら、妊娠もしているし」
そう言ってお腹を指差したらグラッドさんは笑った。
「ありがとう。船旅は辛いよ?」
「聞いたことあるけど、なんとかなるわ」
そう答えて、2人で立ち上がった。
「旅券を買いに行きましょう」
私達は船着場まで歩いた。
港街とあって、異国情緒あふれる街並みはいろんな文化がミックスしていて楽しい。
地図をただ見ているのとは違う。
途中でレモネードを飲んで、船着場まで来た。
旅券売り場に行く。
「バクストン国に渡る交易船はいつ出ますか?」
「星まつりの臨時便があるよ。星まつりが終わってから出るから2日後だよ」
「じゃあ、2等客船2枚ありますか?」
オジサンは私達を値踏みする。
「3等じゃなくて2等かい?」
通常1等は貴族や富豪、2等は通常客室、3等はあまりお金のない人で移民を希望する人がチケットを求める。
3等になると部屋は相部屋で、清潔さも期待できない。
だからグラッドさんは2等を希望してくれてるんだ。
お金がないと思われたのだろう。
「私が身重なので、主人が心配してくれて…」
その言葉でオジサンは私のお腹を見た。
「まあ仕方ないか。なら1人金貨5枚」
グラッドさんはポケットから金貨10枚を出した。
オジサンは渋々と言った感じでチケットを2枚くれる。
私達はオジサンにお礼を言って宿に戻った。
「チケットを盗まれないようにしないと」
「それもそうだけど、私達ボロボロだから、もう少しマシな服を買わないといけないかも」
今までの旅を振り返ると、いつも狭い部屋しか通してもらえなかったのは服装のせいかもしれない。
でも、ここで服にお金をかけるのは……。
「ねえ、私達、だいぶん髪の色が薄くなってきたわ。明日染め直しましょう?」
「そうだな」
乗船券売り場のおじさんの反応からも、服も買い替えないといけない。
お互いに見た目を気にするのは明日にしようと話し合った。
外が暗くなってきたので、星まつりに向けてお祭りムードに覆われている街を見に行く事にした。
宿屋を出てすぐに通りの斜向かいに、朝見たエドモンド王子の馬車が停まっている事に気がついた!
何故、私達の宿とこんなに近いのよ!
出入りしている侍従も見覚えがある。
私は顔が見えないように下を向く。
でも、これだけ暗くなっているんだもの。きっとわからないわ。それにあのゴテゴテのメイクもしていないし。
そう思っても、やはり嫌な汗が出てくる。
たまたま道路を渡る人で混み合っており先に進めない。
見つかったらどうしよう。
私は生きた心地がしない。
もしも捕まったら……。
「大丈夫?」
何も知らないグラッドさんは優しく笑いかけてくれる。
人の波はそんな私達を広場へと押しやった。
あの場から離れたのでなんとなく安堵する。
今日は前夜祭で、大広場でお祭りが開催しているらしい。
「お祭りを見ていこうよ」
グラッドさんが誘ってくれたので私は笑顔で頷いた。
屋台でジュースを買い、焼いたお肉を歩きながら食べた。
それから大道芸人を見て笑ったり、手品などもあった。
「2人で旅するのは楽しい」
そう言われて嬉しくなった。
「ありがとうございます。だから私と最後まで旅を続けてくださいね」
私の言葉にグラッドさんは眉を下げる。
「先程はごめん。だからその敬語はやめてほしい」
そう言われて私は笑う。
侯爵令嬢だった時、旅は義務だった。
視察と言う名前で、日程が細かく決められており、楽しむ余裕なんてなかった。
馬車の中では外を見ずに、書類に目を通し、そして現地では決められた通りに歩き、そして返事をする。
あれは私じゃなくても人形でもよかったんじゃないのか。
そう考えると、今の旅の方が楽しい。
「私も一緒に旅するのは楽しいわ」
そう答えた時、アコーディオンが響き、周りでダンスが始まった。
社交ダンス以外踊ったことがないから、どうしていいかわからない。
みんな楽しそうに踊り出したのに、自分は上手く踊れなくてなんだかもどかしい。
「奥さん、リズムに乗るだけでいいのよ。ほら旦那さんもリードして」
知らないおばさんに言われて、私達は顔を見合わせて赤くなって笑った。
それから言われた通りリズムに乗って踊った。
人にぶつかりそうになると、グラッドさんが気をつかってくれる。
一曲が終わると、周りの人が自分のパートナーと抱き合っているのを見て、グラッドさんが抱きしめてくれた。
楽しくて幸せだ。
こんな楽しい事を経験せずに私は過ごしてきたんだ。
その後も、楽しくて、周りに合わせて踊った。
グラッドさんも楽しそうに踊ってくれる。
ダンスの輪の中でくるくると踊っていると、横にいるカップルと目が合った。
それは、エドモンド様の侍従と侍女だった。
この侍女は私の素顔を知っている!
まずい!
私は咄嗟にグラッドさんの手を引っ張った。
「どうしたんだ?」
グラッドさんは笑いながら私を見る。
「見つかった!まずいわ」
私はそう呟いて、とりあえず屋台の裏に逃げ込んだ。
「誰に見つかったんだ?」
「私を指名手配した人の侍従」
とだけ答えた。
あれだけの人がいたらわからないかしら?
でも相手は一国の王子の侍従だ。
しばらくじっと様子を伺っていると、数名の侍従が私を探している。
人の波に紛れて、なんとか宿屋に戻った。
宿屋に入る時、聞こえてきた。
「カロリーヌ・メイスン侯爵令嬢を見た。クラリッサ嬢に悟られないように、エドモンド王子に報告しろ」
と、騎士達が話している声だった。
「外見は?」
「髪色はやはりピンクよ。粗末な服を着ているけど絶対にそうだわ」
この言葉をグラッドさんも聞いていたようだ。
宿屋に戻ると、部屋の明かりをつけた。
たしかに髪色がかなり落ちている。
「コニー。君は侯爵令嬢だったんだな。しかも、君を探しているのは王子!何があったんだ?」
「昔、私はエドモンド王子の婚約者だったんだけど、ある夜会で婚約破棄されたの。未来が無くなった私は、置き手紙を置いて修道女になったの。その王子は私と婚約破棄して、すぐに子爵令嬢と婚約したから私を探す意味なんてないのに」
そして、私はみんなから探されている事を説明した。
司教様は、私に絶対に捕まるなと言っていることも併せて伝えた。