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すごい速さの婚姻の儀

司教様は辺境伯を見た。

『辺境伯、君の魔力は戦いに向いているが、先読みはイマイチだね。先読みとして言う。彼をここから逃すんだ。逃す時期は、1ヶ月後。それまでは追手が彼を探すので、彼が死んだと思わせないといけない。もしも彼がまた捕まり生贄になったら、戦火の世になるだろう』


辺境伯は無言だ。


『だからといってここにいる修道女と結婚はできない』

そう苦々しい顔で言うグラッドさんを司教様は睨んだ。


『妊婦を偽装してもらうのはここにいるコニーでなくてもいい。ただ、君と意思疎通を図れて、君のお願いを聞いてくれる女性を君はどうやって探すのだ?』


グラッドさんはその言葉を聞いて、悩むように床を見つめている。


『グラッドくん。コニーは君のために他国に行く決断をするんだ。コニーは人生をかけてくれるんだ』


グラッドさんは司教様に言われてもまだ迷っていたが、しばらくしてから顔を上げた。


『わかりました……彼女以外にいないのなら』

低い声でそう答えた。

渋々返事をしたといった感じだ。

私以外の女性だと言葉の壁があるのは確かだけど、嫌々結婚されるのはやはり悲しい。


『おいおい。そんな態度取っていいのか?ここにいる修道女は、自分の信仰心を捨てて見知らぬ人間に一生を預けようとしてるんだ。それは失礼にもほどかある』

目に余る態度に辺境伯が苦言を呈した。


するとグラッドさんは、私の前に来た。

そして膝を突き、私の手を握った。


『先程は失礼な態度をすいません。私の妻になってください。そして、申し訳ありませんが、国に帰る協力をしてもらえませんか?』


私はそっと息を呑んだ。

『わかりました』

平静を装った声で返事をしたが、内心は少し嬉しかった。

契約結婚だというのはよくわかっている。書面の手続きだけで済む物事だ。

それなのに、ちゃんと結婚を申し込んでくれた。

グラッドさんはこんなに美しいから、女性は選び放題だっただろうに。


握られた手は、修道女の仕事であかぎれだらけなので少し恥ずかしかった。


私が返事をしてすぐ、司教様は一歩前に出て私達を見た。

『では、早速だが、ここに私という司教がいる。ここで婚姻の儀を執り行う。羊皮紙をここに』


その言葉で辺境伯はすぐに羊皮紙を持って来させた。


『コニーはまだ修道女になって数ヶ月だ。一年経たないと本当の修道女として認められない。だからまだ結婚は出来る』

そう言いながら司教様は5分ほどで婚姻証明書を作成していった。


『2人は私の前に立ちなさい』

そう言われて司教様の前に立った。


『では婚姻の儀を行う』

突然始まった!心の準備をする暇がない。

結婚の決断をしてから、誓いの言葉を述べるまでものの数分。

そして、もう結婚式が終わろうとしている。

あまりのスピードについていけない。

司祭様の勢いに押されて、署名まで終えてしまった。


気がつけばもう手続きは完了していた。

私は先程と変わらず修道女の服のまま。

立会人として、辺境伯と、騎士であるラウルさんが署名してくれた。


『この瞬間から2人は夫婦となった』

司教様の宣言をもって、婚姻の儀は終了した。

私が返事をしてから10分も経たずに終わってしまった。


自分の結婚式なのに……。

これで本当に結婚したんだろうか?


カロリーヌとして生きていた時も、結婚に夢など見ていなかった。

ただ、王都の大聖堂で沢山の群衆に見守られて結婚式をあげるんだろうと漠然とした想像はあった。


でも現実は、修道女の服を着て、辺境伯の無骨な城で、急ごしらえの婚姻の書類にサインするだけだった。

私はベールの下で苦笑いをした。


『では騎士達にグラッドくんの死の偽装をお願いしましょう』

司教様はそういうとラウルさんを見た。

騎士達にはバクストン語は通じないので、通常通りの言葉で話す。


「グラッド君の死の偽装のため、この檻を二度と使えないように壊してしまいましょう。封印の魔法のをかけた檻を再利用されてはたまりません。壊したら、川に捨ててください。これでグラッド君は川に落ちて溺死したと思ってくれるでしょう」


「わかりました。ご指示頂いた通りにいたします」


「私の先読みの力が、グラッドくんを国に帰さないと戦乱の世に戻ると告げています。この檻を作ったのは組織的な物ですからね。だから死の偽装をするためにお願いしますよ」

そうラウルさんに念を押した。



「コニーは領民の手前、修道女が結婚したとバレてはまずい。だから出発の日までは今まで通り過ごしなさい」


ここからバクストン語になった。

『辺境伯、1ヶ月間、グラッドくんに剣術と語学を教えてください。乗りかかった船だ。最後まで役割を果たしましょう』


そしてグラッドさんを見た。

『その長い髪を切って、髪を染めてほしい。君の死を偽装するんだ。そのままの髪型ではすぐに見つかる』


そう司教様は言って、私と共に帰路についた。

戻りの馬車の中で私は気になった事を聞いた。


「私について、何故、長年高位貴族に仕えたと説明したんですか?」


「コニーは、第二王子の婚約者として5歳からずっと、王室の言うがままだったわけだろ?仕事と同じだよ。子供なのにプライベートもなかったろうに。これを仕えたと言わずしてなんと言うんだ?」


「そう言ってくださってなんだか救われた思いです」


「それよりも。さっきベールを取らなくて私はホッとした。もしもベールを取っていたら君は捕まっていた。君の似顔絵が宝石泥棒として、この国に出回っているんだよ」


私はびっくりした。

「何故ですか?」


「第二王子のところに出入りしている占い師が、『婚約破棄のせいで皇太子候補から第二王子が外された』と言ったんだ。まあそれは事実だが、『元の婚約者に戻れれば皇太子になれる』とも言ったんだ。それで賞金首として似顔絵をばら撒いたらしい。君を捕まえても、決して婚約者には戻れないのに」

そう言って笑った。


たしかに、あの時、国王陛下は『元には戻れない』と言ったもの。

私も確かに聞いた。


「司教様は先読みだけでなく、過去の出来事もわかるんですか?」


「過去の事はわからない。今、話している事は貴族籍のある友人から聞いた事だ」


辺境伯の叔父という事は司教様は貴族だったのだろう。だから、友人がいるのね。

今日は驚く事ばかりだ。


「貴族は賞金首の話を誰も相手にしていない。貴族の間の噂話によると、君ほどなんでもできた高位貴族はいないから、婚約者に沢山の貴族が名乗りをあげているそうだ。その中に、ワイアット第五王子の名前もあるそうだ。あの王子も皇太子候補から外れるギリギリのラインなんだ」


「そんな事になってるんですね」


ワイアット第五王子って公式行事でしかお会いした事がないけれど、平凡な顔立ちのエドモンド第二王子と違って、すごく綺麗な顔立ちの王子だったことしか記憶にない。


「君の人生だから修道女にならずに侯爵家でじっとしている選択もあった。そうなるとワイアット第五王子が今の婚約者と婚約破棄して、カロリーヌ嬢に求愛するという修羅場になり、他の高位貴族を交えて決闘騒ぎにまで発展したかもしれんな」


「それは避けたい未来でした。避けれてよかったです。それに私は修道女になって辺境伯領に来た事は後悔していません。……結婚は後悔するかどうかわかりませんが」


「君が後悔しない未来を掴む手伝いはしたい。結婚は悪くない選択だと思うよ。あっそうだ。君の両親は、カロリーヌ嬢は心労で伏せっていると発表している」


エドモンド第二王子の妄言もさることながら、両親が私の不在を偽装している事に驚いた。



「両親はどうしているのでしょうか?」

私はあまりにも驚いて質問した。


「君を心配して探しているよ。その行動がバレて、第二王子が手っ取り早く君を探すために『宝石泥棒』として似顔絵をばら撒いているんだ」


私は苦笑いをした。第二王子は婚約者で、婚約期間は10年を超えるけど、こんなに変な人だったのね。


「君の両親も含めて、君を探している人が大勢いる。だから、ベールを脱がなくてよかったよ。これを守ってもらえなかったら、色々な事が最悪の方に傾いた」


私にしたら小さな選択だけど、それがこんなに大きな分かれ道だったんだ。私は唇をぎゅっと結んだ。


「今日は疲れただろう。明日から大変だから、ゆっくり休みなさい」



その言葉通り、忙しくなった。

まず、長旅の準備を誰にも悟られる事なく進める事。


私達で調達できない物は辺境伯にお願いをした。


まず、それなりに使い込んだコルセット。

これは旅行中私がつける物にするとの事だった。

妊婦が真新しいコルセットをつけて旅行するなんて有り得ないからだ。


これは辺境伯に仕える侍女に頼んで手に入れたそうだが、色々と訝しがられて大変だったようだ。


そのコルセットには、お腹の部分に入れる詰め物を縫い付ける。

その時、詰め物は外せるようにして縫い付け、コルセットには金貨を入れる袋を作り、1枚入れては縫い付けて、後で一枚ずつ取り出せるようにした。


この金貨は私のネックレスとイヤリングを売ったお金だと司教様は教えてくれた。

宝石を売ったお金だったから、こんな大金なのね。

沢山縫い付けたからコルセットはかなりの重さだ。


教会の資金ではなくてよかった。

領民の方の寄付金を私が使うわけにはいかないもの。


教会に来るみんなに悟られないようにする為に、日中はいつも通り教会の仕事をした。


そして夜になると、準備を少しずつ進めていく。


グラッドさんは、長い髪を切り、茶色に染めて。日々辺境伯の騎士に混ざって訓練を始めたそうだ。

王都の騎士と違って、いつ隣国から攻められるかわからない辺境伯領の騎士の本気度は違う。

だから訓練は本当に大変だろうと思う。


何度か訓練所の側を通ったが、グラッドさんはいつも騎士に混ざって剣を振るっている。

そして下級剣士と一緒の部屋で寝泊まりしていると聞いた。


あれ以来、グラッドさんと私は交流がない。

私達は書面上の夫婦だからこんなものなのかもしれないが、なんとか会話が出来る様にならないと、会話もないまま長旅は難しい。

当面の私の目標はグラッドさんと会話をするという事にした。


そんな時だった。


「状況が変わって来た。明日出発する」

3月の終わりに、司教様が言った。

あと数日で、あの結婚した日から1ヶ月になる時だった。


「何かあったんですか?」

私の質問に司教様は苦々しい顔をした。


「君の似顔絵が思ったより出回っている。これ以上広まると出国までにコニー、君が捕まってしまう。そうなったら君の未来も含め、全てが最悪の方向に動く」

そう言われて息を呑んだ。


急いで出発の準備をするように言われた。

私は指示されたように妊婦を装った平民の服を着て、その上から修道着を着た。

修道着の上からだと、ぽっこりお腹の修道女に見えるだけだ。


部屋をノックする音が聞こえて、部屋の外から司教様が話しかけてくる。

「コニー、準備はできた?ドアを開けてもいいか?」


私はドアを開けて司教様に挨拶をした。


「コニー、君は何があっても彼を国に送り届けなければいけない。彼が生贄になると、世界がまた戦乱の世になる。そんな重い使命を背負わせてしまってすまない。私が辺境伯領にきたのは、戦乱の世になるのを防ぐ使命があっからなんだ」


そう言って鞄を渡された。中を開けると、修道院に入る時に渡した私の私物と、ネックレスとイヤリングのセットが2つ!


「君の財産だよ。もしもの時、君を助けてくれるかもしれない。まだわからないけどな。これを、お腹の綿の中に入れて、隠すんだ。あと、鞄はもしもの時のために二重底になっているよ」


「ありがとうございます!」


もう一度コルセットに縫い付けた綿を開いた。そしてネックレスとイヤリングを入れると、綿を詰め直し、もう一度縫い付けた。

司教様が手放したネックレスとイヤリングのセットは1つだけだったんだ。

渡された中にお気に入りのエメラルドのネックレスがあった事に安堵する。


私は全て捨てて修道女になったたつもりで、物への執着があった事に気づかされた。


渡された鞄に着替えなどの必要最低限の物を詰めた。


準備ができると辺境伯の元に向かった。

グラッドさんは髪を、この国では1番多いチョコレート色に染めていた。


『グラッド君は私の着古した司祭服を着て。司教の服と違って上着に余裕があるから、その下にいつでも逃げれるように普通の服を着るんだ』


そう指示されて着替えを済ませたようだ。

短く切り揃えたチョコレート色の髪を自然に流し、グラッドさんは司祭様の服を着て、分厚いメガネをかけている。

確かにメガネのせいで、瞳は濃い青に見える。



私達3人は出発の挨拶のために辺境伯の元に向かった。


辺境伯が先日と同じ椅子にどっかりと腰掛けると、司教様が話出した。


「情勢が変わって急に出発する事になった」


「先読みの力を持ってしても、一瞬で未来が変わるのだな」

辺境伯は考え込むように言った。


「そうだ。こんなに目まぐるしく変わるのは良くない兆候だから、もう出発しようと思う」

司教様が立ちあがろうとすると、グラッドさんが一歩前に出た。


『プラウドフット辺境伯。私は今まで、剣術を真面目に習わなかった。それは魔力があるからだ。しかし、ここで、魔力があっても本当の騎士には敵わないと知った。しかも、何もできない私を皆と同じように扱い、育ててくれた。その上、給料まで頂いた。この恩は一生かかっても返しきれない』


その言葉を聞いて辺境伯が笑った。


『いつか返してもらおう』

そ言うと、辺境伯は笑って戻っていった。



私は辺境伯の座っていた椅子を見つめた。

なんて懐が深い人なんだろうか。王都にこんなに大きな器の人はいない。だから、辺境伯は一目置かれているんだ


呆然としていると、急ぐように促された。


『婚姻証明書はちゃんと持ってきました』

そう言ってグラッドさんは胸ポケットを叩いた。


『ここ、辺境伯領を出たら、まず、第二都市のゴア市を目指す。当面は馬小屋での寝泊まりだ』

司教様は地図を見ながら説明する。


「わかった」

グラッドさんはバーリエル語で返事をした。


『そしてゴア市には夜入る。闇に紛れてエクダルという武器屋に行く。もしも私とはぐれたら、武器屋に直行するんだ。その為にこれを渡しておく』

そう言って司教様は手紙をグラッドさんに預けた。


『襲われる事は今のところないと思っているが、刻々と変化していて、わからない。時間の流れが渦を巻いていて……』


そう司教様は言うと眉を顰めた。


『時間の流れが早い時は、こちらも早く移動しないと、流れを掴み損ねる。だから、一時間後に出発する』

司教様は、鞄を持った。


『今から行商人と共に移動する。グラッドは病のため最後の旅を希望する司祭の振りをしろ。そうすれば、言葉が不自由な理由になるかもしれない』



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